第19話 攻防(3)

頭をかきながら背後の二人を見ていた。

「相変わらず、かわいくないやっちゃな~」

「別に、臣人先生にかわいいなんて思っていただかなくても結構です。」

綾那以外は眼中にないといったふうだ。

「さ、綾。」

美咲が綾那をボックス席へと促した。

買い物袋を持った綾那は促されるまま、進んでいった。

何を思ったか美咲が急にカウンターへ近づいてきた。

バーンのそばに来ると耳元でこうつぶやいた。

「先生。綾は、もう…」

あの稲荷の件はどうなったのか心配で聞きたかったのだ。

榊は聞こえないふりをしながらも、美咲の言った言葉は聞こえてしまった。

昨日のことを思い出した。

信じられない出来事を。

目の前で起こった超常現象を。

まさか自分がそれに立ち会うハメになるとは思いもしなかった。

そのことも相まってこの男達ひとたちに興味を持ってしまった経緯もあるのだが。

バーンも美咲の気持ちを察したのか、短い言葉でこう告げた。

「…大丈夫。もう…何も起こらない」

バーンは彼女の方は見なかった。

ただ、前を向いていつもの調子で答えていた。

「はい。」

納得したのか美咲はすっとその場から綾那の方へ向かって歩きはじめた。

その様子を首を傾げながら綾那が見ていた。

美咲はそんな彼女を見て少し、元気づけるように微笑んだ。

そんな彼女の足元を小さな黒猫がどこからともなくやって来て横切った。

「にゃっ」

リリスが綾那達の座ったテーブルにケーキセットを運ぶのとアニスがバーンの足元に辿り着くのはほぼ同時だった。

「あらぁ~、戻ってきましたわねぇ~」

「リリスさん、あの猫ちゃん、ホントにバーン先生が飼ってるんですか?」

不思議そうに綾那がたずねた。

「ええ~、まあ~」

「気持ち悪いくらいなついてますわね」

荷物を傍らに置いた美咲が言った。

「それは~、マスターには忠実ですから~」

当たり障りなく説明するしかなかった。

「へえ」

「ごゆっくり~」

そう言い残すとリリスはテペテペとカウンターに戻った。

足元でじゃれつく子猫にバーンは手を差しのべた。

アニスは意気揚々と彼の肩に登って、髪の毛にすり寄っている。

「にゃあにゃあ~」

臣人はその様子に少し心配になった。

「バーン?」

「ん?」

臣人の言いたいことはわかっていた。

アニスが彼女らの前でボロを出してしまわないかと心配していた。

使い魔としてはまだまだ半人前なのだ。

「そのへんはアニスこいつも心得ている…よ」

「にゃっ!」

得意そうに胸を張っていた。

「かわいい子猫ね」

「榊先生は、動物好きかいな?」

彼女の好みを知ろうと臣人はあらゆる角度から話題を振ろうとしていた。

まだ、諦めていないことがうかがえる。

「私ですか?そうねぇ、こういう子猫ちゃんだったら平気かな」

彼の肩に手を差しのべようとした。

するとアニスは総毛立たせて牙を剥き、榊を威嚇した。

「アニス…」

静かにバーンは彼女の名を呼んだ。

するとアニスはちょっとうなだれ、威嚇行動を止めてしまった。

「嫌われてるのかしら?」

「別に榊先生だけがって訳やないから、な?」

「にゃっ!」

近づいてきた臣人の顔、それも鼻の頭をアニスが瞬時に鋭い爪で引っかいた。

「ってえっ!何でわいがお前に引っかかれなあかんのやぁ!アニスっ!!」

臣人がこぶしを振り上げた。

「にゃあ~~~」

アニスは憎たらしそうに臣人に向かって鳴いた。

そんなドタバタをしている最中、ちょうどミキシンググラスを手に持ったリリスが3人の真ん中に立った。

ウォッカ、ライムジュース、ジンジャー・ビアを入れステアし始めた。

それを長細いコリンズグラスに注ぎ、スライスしたライムを添えた。

「は~い~。モスコミュールでも飲んでぇ~、喉の渇きを潤してくださいぃ~」

臣人、バーン、榊の目の前に差し出した。

「おっ!グッドタイミングや。リリー」

すかさず臣人がガブついた。

榊もあまりにもいいタイミングで出されたカクテルに思わず手が伸びてしまった。

それとは対照的に、バーンはアニスを大きな手で撫でていた。

自分の置かれたこの状況を非常に不思議に思いながら。

榊の方を見、綾那達の方を見てちょっと考え込んだ。

普段は自分たちしかいないこの静かな店内に、これほどの人が集まっているということに驚きながら。

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