第18話 攻防(2)

「いらっしゃいませぇ~」

「リリスさん、ケーキセット2つ、お願いします。紅茶で」

入って来るなりオーダーをした。

女の子の声だった。

しかも、バーン達には聞き覚えのある声だった。

「かしこまりましたぁ~~」

リリスは微笑みながら了承した。

彼女は席に着こうと思ったが、ふと、カウンターに視線を向けた。

座っている3人を視認した。

見慣れたバーンと臣人の後ろ姿にちょっと嬉しくなった。

しかし、事態は急展開する。

ここはバーンと臣人の行きつけの店。

この二人がいることはよしとしよう。

だが、バーンにしなだれかかっているこの女性ひとは?

「あれ?」

その声に、背後にいたもう一人の少女も声を上げた。

「榊先生!?」

あまりの姿に驚いたように声を上げた。

自分たちの部活の鬼顧問には見えなかった。

「何してるんですかっ、オッド先生に!」

榊は自分の背後で何が起こっているのかわからず、思わず辺りをきょろきょろと見回した。

それでもバーンの腕を放そうとはしなかった。

ようやく辺りの雰囲気の異常を察知して、自分の背後に立つ2人に少女に視線を向けた。

彼女の顔がほーっとした顔から、生気を帯びた顔に戻っていく。

「あ。」

ハッとしたように手元にあった眼鏡をかけ直した。

顔つきが元へと、テルミヌスへ入ってきた時の顔に戻った。

「いやだわ。とんだところを…」

恥ずかしそうに頬を押さえた。

そんな榊に綾那も美咲もちょっと冷たい視線を送っていた。

眼鏡をしている彼女と取った状態の彼女は明らかに違う人物のようにうつった。

「学校におる時と全然ちゃうなぁ」

ちょっと嫌味っぽく言ってみた。

「そういう葛巻先生だって、違うじゃないですか!」

恥ずかしさを隠すように榊も負けじと反論する。

バーンを真ん中にして、臣人と榊の口論がはじまってしまった。

「そうか~?」

「そうですよ」

「わいはどこも変わらんと思うけど。どこいらへんがかいな?」

ニヤニヤしながら臣人がたずねた。

「オッド先生と一緒にいる時の葛巻先生って…」

「て?」

「誰といるよりも楽しそう。傍目で見ても危なげですよ」

「わいらはホモかっ!」

臣人は怒ったような素振りで2杯目のマティーニを流し込んだ。

「違うんですか?」

さらに彼女が突っ込んだ。

「れっきとしたノーマルやっ!」

「どうだか」

「そんな冷たい事言わんとわいにも優しくしてほしいなぁ」

榊はぷいっと横を向いた。

「ホンマに好みでっせ。先生」

「私は髪の毛がない人はそれだけで嫌いなの!!」

「ぐわっ!そんな傷つくひとことをはっきりとw」

臣人はガクッと首をうなだれた。

榊の顔が女の顔から、教師の顔に変わっていく。

キリリとした表情で、後ろに立つ綾那と美咲に厳しい視線を送った。

「ところで、あなた達、何でこんな所にいるの!?」

詰問するような口調でたずねるが、相変わらずバーンの腕は放そうとはしない。

バーンもどうしていいのかわからず戸惑っていた。

こんな時、臣人ならどうするだろうと思いながら。

「それはこちらの台詞のような気がしますけど。」

美咲は教師がここで何をやっていたと言わんばかりだ。

綾那は、たまらずバーンと榊の間に割って入った。

「先生。バーン先生が嫌がってるじゃないですか。離れてください!」

力尽くで絡んでいた腕をはずした。

榊はバツが悪そうに、バーンの隣の席から元の席に移った。

臣人はそんな4人の様子をちょっと意地悪な、いたずらっ子の顔でどうなることかと見守っていた。

いわゆる局所的修羅場である。

「そんなことより、聞いていたのは私よ」

「今日は外出日だったので、買い物をして寮へ帰る途中です。まだ、7時ですし。門限までには帰ります」

少しムスッとしながら綾那が答えた。

いつも厳しい指導をしてくれていた榊先生ではない。

ただヒステリックになっているように見え、幻滅していた。

そんな綾那の様子を美咲も察していた。

「その前にお茶でもしようとして寄ったらこの有様だったわけですわね。」

横を向いて、ふっと美咲はため息をついた。

嫌味を言うようにちらっとだけ榊を見た。

「………」

彼女は黙り込んだ。

これ以上、突っ込んでも分が悪いことには違いない。

生徒の、ここにいるこの二人だけならともかく他の合唱部員の信用までも失墜させるわけにはいかないと思った。

臣人もそろそろ助け船を出してやろうか、という感じで口を開いた。

まだまだ榊にちょっかいを出すのを諦めたわけではなかった。

「ま、劔地達も座れや。わいの横が空いてるでぇ」

「いいえ、綾と一緒に奥のテーブルに行きますから、ご心配なく」

美咲は臣人の言葉に間髪を置かずに自分の言葉を冷たく挟んだ。

「みっさ。」

あっけにとられながら、綾那がそれを止めた。

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