第13話 浄霊(1)
調理準備室は蛍光灯の明かりがつけられていた。
入り口の扉を開け、臣人に抱きかかえられた綾那が準備室へと運ばれた。
続いてバーン、美咲、榊がなだれ込んだ。
バーンはソファを準備室の中央へと移動した。
そこへ臣人が綾那を寝かした。
ソファに横たえた身体は硬直していた。
心配そうに美咲が付き添うが、どうしたらよいのかわからない状態だ。
榊も中に入ったものの、扉のそばから動けずに立っていた。
「苦しいんですか?綾?」
この場所は祥香の一件以来、臣人が重度の結界を3重にして張ってある。
いわば浄化された場所だ。
憑き物がある人間には、きれいすぎるのだろう。
「…大丈……夫。お水…頂戴」
そう言われて、美咲はコップに水を汲んで口元まで持っていった。
ほんの一口、二口、口をつけると綾那は苦しそうに横を向いた。
身体が異常に熱くなっている。
汗が吹き出て流れていく。
美咲が介抱している間に臣人とバーンはある準備に追われていた。
テーブルを窓際に持ってきてその上に陶器でできた新しい
白い皿を何枚も準備し、その上には油揚げや御神酒、穀物など古式にのっとった供物を準備した。
それも一通り終わると臣人は調理室で別の準備を始めた。
バーンはアニスを呼んだ。
足元にきた子猫に、バーンはしゃがんである指示を出した。
「アニス、…頼むぞ」
「にゃぁ」
そういうとアニスは臣人のそばに行き、彼が持っていた数珠から何かをくわえて戻ろうとした。
榊はアニスと呼ばれたその猫の様子を目で追っていた。
こんな小さな子猫がここにいることが不思議であった。
それ以上に何か得体の知れない恐怖のようなものをこの猫から感じていた。
この猫はただの猫ではない。
自分の第6感がそう言っていた。
アニスは何か目に見えない透明なものをくわえていた。
榊の目には見えない何か。
自分がどうしてそう考えるのか不思議だった。
この猫は何かを力でねじ伏せたまま、バーンのそばへ連れて行っているのだ。
何を?何のために?
頭が混乱していた。
榊の横をゆっくりとアニスが通っていった。
ふと、何を思ったのかアニスが足を止めた。
真っ赤な目で榊を見上げていた。
口を開いたまま。
まるで、笑っているように見える。
開いた口の端から白い牙が見えた。
背中に寒気が走った。
アニスが喋った気がした。
『知らない方が幸せなことだってあるのよ。好きこのんでこんな所に来て、ご愁傷様』
そんなことを言われたような気がした。
アニスは榊を一瞥すると、再び歩きはじめバーンの足元へ戻った。
トトンっとテーブルの上にのり、
と、その小さな扉の方を向いて座り込んだ。
アニスの口から白い影のようなものが放たれた。
それは小さな霧のようにすぐに
それ以上は何も見えなかった。
ここは十分な明るさがあるにもかかわらずである。
クルッと向きを変えると今度は
まるで何かがそこから出てこないよう封印しているように。
そして、再び短く鳴いた。
(いまこの猫は何をしたのだろう?この
そう思っていても言葉にならなかった。
バーンはテーブルのそばから心配そうに綾那に付き添っている美咲のそばに歩み寄った。
「本条院…」
「オッド先生。綾は?綾は?」
いつも冷静沈着な彼女からは考えられない動揺した顔で見上げていた。
彼はしゃがみ込み、美咲の目線で話をした。
「ここからは俺たちの領分だ。劔地から聞いているかもしれないが、…これが俺たちの仕事だ」
バーンは『魅了眼』の力を使っていた。
右眼のコンタクトは外さない状態で、力を弱めて美咲に術をかけていた。
美咲を促すように立たせ、ソファから遠ざけ、反対側の壁際に連れて行った。
「初めて目にすることだから驚くかもしれない。…何が起こっても、ここから動くんじゃない。…いいな」
「は…い」
返事をするつもりはなかった。
しかし、自分の思いとは裏腹に口が勝手に動いていた。
そして身体も動かなくなっていることに気がついた。
手も足も異様に重くなっていた。
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