第14話 浄霊(2)

バーンは再び立ち上がった。

綾那のそばに歩いていきながら、両手で右眼のあるものを取り外した。

その状態で綾那を見つめた。

左眼は透けるような蒼色、右眼は金色。

これが彼本来の両眼の色だった。

最も嫌う自分の姿。

「劔地……」

「オッド先生」

「大丈夫。…心配するな」

そう言いながらしゃがんで、ソファで横になっている彼女の髪を撫でた。

綾那は彼の右眼を見つめた。

「バーン先生?」

「………」

「やっぱり右眼、金色…だったんですね…」

「知ってたのか…?」

バーンは彼女の一言に驚いた。

こくんと綾那はうなずいた。

「祥香の事件の時に…気づいて…ました」

「………」

綾那の一言にバーンは苦しそうに黙り込んだ。

昔を思い出していた。

この事を知ると人は掌を返したように態度を変える。

今まで笑顔を向けていた人すら、彼には畏怖の目を向けるようになった。

そうやって自分はひとりになった。

そのことを。

「…先生?」

沈黙を守るバーンに、どうしたんだろうと思い綾那が声をかけた。

固く結ばれていた口がゆっくり開いた。

「怖いだろう?」

バーンの顔は表情を表さない。

自分から視線を外しながらたずねるバーンの姿に少しいたたまれなくなった。

「ううん、不思議と…怖くないですよ。冷たい色じゃなくて…どこか温かい色に見える」

ちょっと微笑みながら綾那が言った。

その一言にバーンは愕然とした。

彼女の姿がラティに重なった。

彼女が生きてそこにいるような錯覚に陥った。

かつてラティも、今、綾那が言ったことを彼に告げていた。

自分を受け入れてくれた初めての女性(ひと)。

「………」

「隠さない…で。私たちは何とも…思わないですよ…」

突然、綾那は苦しそうに胸を押さえた。

呼吸が途切れ途切れになっている。

「…私、どう……なるんですか?」

青い顔をして綾那が彼を見ていた。

バーンは手を彼女の額にゆっくり置き、下へと動かしていった。

「何も心配しなくていい。…次に目覚める時には全て終わってる」

静かな口調で語りながら、反対の手では彼女の手を握り胸の上に置いた。

綾那の身体から少しずつ力が抜けていった。

「何もかも…」

「…あ…」

「だから、眠れ…」

綾那はバーンの言葉に導かれるように目を閉じた。

まるで魔法だ。

あんなに苦しがっていたのに静かな寝息をたてている。

「綾!?」

臣人が調理室から戻って美咲の隣に立っていた。

「心配あらへん。右眼で催眠暗示かけただけや」

「催眠暗示?」

「浄霊中に暴れられても困るさかい。深催眠状態にしてあるんや」

これがバーンの『魅了眼』の力。

彼の黄金の瞳に見据えられてあがなえる者はいない。

「でも、」

いくら説明されても、何をされたのか心配で心配で仕方がないといったふうだ。

「本条院、疑り深いなぁ。わいら、プロやって言ったよな」

困った顔で頭をかいていた。

「綾に何かあったら許しませんわよ」

美咲が臣人を睨んだ。

「そうならないようにわいらがいることを忘れんでや」

ニヤリと臣人が笑った。

美咲はそれでも信じていなかった。

「こんなこと許さないわ!あなた達、一体どういうつもりでこんなっ!」

急に、入り口の扉の前で動けなくなっていた榊が悲鳴のような声を上げた。

「…榊先生。」

バーンはただ静かに彼女の名を呼んだ。

彼女の方は見なかった。

綾那を見たまま、榊には背中を向けたまま話していた。

顔が見えない。

そのことが彼女にもの凄い圧迫感を与えていた。

「!?」

「俺たちのことを許せないとか、いかがわしいとか思うのも勝手だ。信じられないのなら信じなくていい」

「………」

榊は言葉を失った。

バーンの持つ雰囲気にけおされていた。

「だけど、…今ここに俺たちの『力』でしか解決できないことが起きてる。榊先生(あんた)の『力』ではどうにもならないことが……」

いつも口数の少ないバーンにしてはよく喋っていた。

自ら話しかける様子に臣人は驚いていた。

「だから…俺たちは俺たちの仕事をするだけだ。劔地はあんたの部の生徒であると同時に俺たちの生徒でもあるんだ。生徒が瀕死の時に講師も正教員もないんじゃないのか」

このまま放って置いたら命に関わる。

バーンはそう言いたかった。

憑依は体力を消耗する。

もちろん綾那自身の精神的な体力も。

「この学院から追い出したいのなら…そうすればいい」

「!」

「これ以上邪魔するなら、…本当に劔地の命もあんたの命の保証もできない」

半ば脅しながら、バーンは淡々と続けた。

「それと、俺たちは校長の命令で動いている」

「………」

校長という言葉に彼女はもう何も言えなくなってしまった。

自分がどうのこうの言っても無駄だと思った。

「そこから動くな…何があっても」

バーンは一瞬だけ彼女の方に振り返った。

榊も彼の右眼を見た。

輝く黄金の瞳をほんの一瞬だけ。

それと同時にやはり体が重くなっていた。

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