第5話 稲荷(2)

少しのあいだ言葉が途切れた。

「さぁてっ…と」

「………」

「どっから始めるないな、バーン?」

臣人はさっきまでの軽い口調をやめた。

ここからは本業仕事だからと自分に気合いを入れるように眼差しが変わった。

その言葉にバーンも表情が変わった。

「まず稲荷の祠を確かめるか?」

「ああ。」

二人は旧校舎に外壁に沿って歩きはじめた。

彼らがいた所から数メートルほど行った所に、小さい茶色の陶器でできたやしろを発見した。

そのやしろは旧校舎と同じく時代に忘れ去られたように無惨な姿をさらしていた。

本来あるべき鳥居も中に奉られているべき稲荷もなく、朽ちたやしろがそこにあった。

臣人はしゃがみ込みながら、その中を覗いた。

「あ~らら。これじゃ、出るわなぁ。お狐さんも怒るでぇ」

その様子を一瞥するや臣人がつぶやいた。

「………」

バーンは不思議そうな顔をした。

「何かしたんか?」

「…いや。」

「? もしかして、キリスト教の学校にお稲荷さんがあるつう矛盾か?」

バーンはうなずいた。

臣人はどう説明したら、外国人のバーンにわかりやすいのか考え込んだ。

「日本は変わった国やからなぁ。うーん。歴史的なもんや。神仏習合と神仏分離の名残とでもいおうか。」

「しんぶつしゅうごう」「しんぶつぶんり」という聞き慣れない言葉にバーンはさらに混乱した。

臣人は頭をかきながら、困った顔だ。

「昔な、この国は神の国いうて神道が幅きかせとったんや。天皇家は国事を神道これでやってきてた。」

「………」

「そのあとに仏教が入ってきたんや。そうしたら日本はどうしたと思う?」

「?」

首を傾げた。

「折衷したんや。神道と仏教を融合調和させた。それが神仏習合」

日本の歴史をあまり知らないバーンにはかなり難易度の高い話だった。

「ほしたらな、それから千数百年後に今度は神道と仏教を分離させようとした。国の政策としてな。それが神仏分離」

臣人が簡単に説明しようとすればするほど、難しくなっていくような気がした。

バーンの頭の周辺には?マークが乱立して見えそうだ。

「神道を仏教より優位に立たせようとしてなぁ。そのまんま戦争に突入や。天皇のために命ぃ捧げぇってな。」

「どの宗教にも寛容な分、どんな宗教でもいいとこどりするんが日本のいい所でもあり、悪い所でもあるんや。」

「………」

「その一例や。OK?」

「…少し。」

「ま、もっとわかりやすく言うとなクリスマスとお盆が一緒に来たみたいな感じかなぁ」

「?」

もうバーンには例えをされてもわからない状態になっていた。

ふうっと短いため息をついた。

「臣人…」

「さて、始めるか?」

走査スキャン追跡トレースを同時にする。状況把握を最優先に、それから説得しよう…」

「了解。お稲荷さん、野狐になってないとええな」

こくっと臣人を見て、うなずいた。

そして、彼から視線を外すと精神を集中させるように眼を閉じた。

しばらく身動きすらせず、そのままの体勢で瞑想をするようにしていた。

そして、瞼を開けると小さな声でつぶやき始めた。

右眼は陶器のほこらを凝視したままになった。

「Ol Sonuf Vaorsagi Goho Iada Balata. …Lexarph, …Comanan,.. Tabitom. Zodakara, eka; zodakare oz zodamram. Odo kikleqaa, piape piaomoel od vaoan….」

バーンの詠唱が始まると同時に、臣人も両手で印を結ぶとバーンの周りに結界を張った。

霊視している間、バーンは無防備になる。

その隙をつかれないようにするためである。

それでなくてもバーンの周りには霊が寄り憑きやすいからだ。

「ナウマク・サラバタターギャテイビヤク・サラバボッケイビヤク・・・」

臣人の真言もゆっくりと流れていた。

バーンの右眼が何かを映し始めていた。

と、その時。

「だれっ!?」

暗闇の中、甲高い女性の声が彼らのすぐそばで響いた。

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