第3話 噂(3)
その臣人と話す様子を見ながらバーンは自分の母親の姿を思い出していた。
長い金髪、自分を抱きしめるやさしい手、語りかける懐かしい声、母の腕に包まれながら思っていたことを。
ただ、自分はそんな母親の愛に答えようとはしなかった。
答えられなかった。
答えてしまうことによって、母にすがることによって『あのこと』が現実になるのではないかと怖れていた。
(母さん……)
黙り込むバーンを見て、臣人が声をかけた。
「バーン? どないした?」
「………」
「里心でもついたかいな?」
意地悪でもするように質問してきた。
「…いや。」
「ホンマ、かわいくないなぁ」
「お前に言われたくない…」
ちょっと睨みつけるようにバーンが言った。
臣人は、今度はジンフィズに切り替えて飲み始めていた。
バーンもようやく1杯目のギムレットを飲み干した。
いつもBGMはない。
だが今日は何ともいえないアコースティックな曲が後ろから聞こえてくる。
ピアノの調べは何となくセンチメンタルな気分にさせるから不思議だ。
その雰囲気に後押しされるように、臣人は珍しい話題をバーンに振ってきた。
「な、
隣にいるバーンを見ていた。
「………」
ちょっとバーンの顔がこわばった。
臣人が知っているバーンの両親の話といえば、職業と事故で亡くなったことだけだった。
この話もラティからの又聞きだった。
目の前にいる
「別に言いたくないなら、無理強いはせんが」
選択の余地を残しつつ、臣人は彼から視線を外した。
バーンは軽くため息をついた。そして、
「顔は…おふくろ似だと思うよ。目元や輪郭が似てると…言われた」
「ふーん。写真かなんかもっとらんのかいな?見てみたいな、お前のおふくろさん」
お、聞いてはみるもんだ!という顔で、話し始めたバーンを横目でちらっと見た。
「ない」
「なんでぇ?」
「…好きじゃないんだ…写真」
「それは、お前がやろ?別におふくろさんが写ってる写真持ってたっておかしくないでぇ」
臣人は黙り込むバーンを見ながら、SFから出国した時のことを思い出していた。
逃げるようにとは言わないが、ほとんど着の身着のままでSFをあとにしたバーン。
今までの彼の行動からいっても何か『物』にこだわっているのは見たことがなかった。
物欲に薄いとでも言おうか。
今度はバーンが臣人の方を何か言いたげに見つめていた。
「なんや。眼で訴えるのやめてぇな。…言いたいことは言葉で言えや、言葉でぇ」
そんなことお構いなしにバーンは臣人に無言で訴え続けた。
今度はわいの番か、とちょっとため息をつく。
「わいは、親父似らしいで。切れ長の一重の目も。この美貌もなぁ」
にかっと臣人は笑った。
(らしい…?)
「付き合いが長いはずなのに…一度も会ったことがないな」
「ん?」
「
日本に来て、しばらく円照寺に仮住まいをして時期があった。
その時も寺では國充以外の人間には会わなかった。
時折、掃除や何かでやってくる若い坊さんとは会っても、臣人の両親の姿を見かけたことはないのを思い出した。
「ああ。そりゃ、会えんわな」
「?」
首を傾げながら、臣人がこう言った。
「わいは養子やさかい。ホンマの両親は別な県に住んどる」
(養子!?)
その言葉にバーンは目を丸くした。
國充と血縁関係にあると思っていた臣人が養子だったとは。
「元気だとは思うが、もう、随分と会ってへんからなぁ」
遠くを見ているようにしながら、グラスを持つ手が止まった。
「…臣人」
バーンはさらっと言ってのける臣人の言葉にいたたまれなくなった。
たずねてはならないことを聞いてしまった気がした。
そんなバーンの様子を察したのか、臣人は元気づけるように笑った。
「別に謝らんでもええ。そんな深刻なことやないさかい」
「………」
そう言われても、バーンの表情は暗かった。
「らしくないでぇ、バーン」
臣人が笑いながら彼の肩をこぶしで小突いた。
そんな二人のやりとりをリリスはカウンターの中で複雑な面持ちで聞いていた。
「それはそうと、リリー」
「はぁい?」
「今日の呼び出しの理由を聞いてへんでぇ」
「あら~、すっかり忘れていましたわぁ~~~」
グラスを拭く手を止めた。
麻布を手放し、磨いていたグラスを上のホルダーに引っかけた。
「ボケ始まったかい?」
にやにやしながら臣人がリリスをからかった。
「失礼ですわねぇー」
その一言に、困った様子のリリスだった。
「お仕事の依頼が来てましたぁ」
両手を頬の横で合わせながら嬉しそうにつぶやいた。
「場所は?」
あくまで冷静にバーンがたずねた。
「何とタイムリーなことにお二人のお勤め場所からですぅ~」
「は?」
臣人は我が耳を疑った。
「メサ・ヴェルデ高校の校長先生からですぅ」
念を押すようにリリスが言った。
「うわ~っ。ごっつ、嫌な依頼やな~」
臣人は如実に嫌な顔をした。
「………」
それとは対照的にバーンは何の表情も出さなかった。
リリスは二人がそういう反応をすることがわかっていたのか、こう付け加えた。
「そうおっしゃると思って~、一応依頼は受けたんですけれどもぉ、誰を派遣するか名前は伏せておきましたぁ。のでぇ、速やかにお仕事を完了させてくださいね~」
今はその学校を職場にしている二人を気遣って、あえて名前を出さなかったというのだ。
「なんや、結局やるんかいな。わいはてっきり」
「てっきり何ですのぉ?」
リリスが鋭く突っ込んだ。
「いや、なんでもあらへん」
面倒くさいなと思いながらもあきらめて口をつぐんだ。
「仕事の内容は?」
そんなやりとりを聞きながら、バーンは事務的に話を進めていった。
リリスは臣人には棘のある言い方だが、バーンには穏やかだ。
「旧校舎にあるお稲荷さんの移動ですぅ」
稲荷といえば、管轄は神社。
つまり、神道だ。
臣人はリリスがやった方がいいのではないかと思っていた。
「ああ、今、在校生の間で噂になっとる、あれか」
臣人は休み時間に生徒の間でまことしやかに語られているあの話のことだと思った。
今、聖メサ・ヴェルデ学院はオカルトブーム真っ只中にあるのだ。
臣人の言葉を聞いてバーンは黙り込んだ。
「………」
「資料も準備していましたけどぉ、ご覧になりますかぁ?」
カウンターの下から茶封筒がすっと出てきた。
「鬼火の目撃情報やポルターガイスト現象以外に目新しい情報はないんやろ?」
「ええ、まあ~」
「なら、いらんよな、バーン?」
一応確認を取った。
バーンは臣人の顔を見ながらうなずいた。
歴史的な背景や場所、怪現象の回数や種類などが書いてある資料は必要ないと判断した。
「少なくとも自分たちの職場やさかいな。」
リリスは依頼人の意図だけでも説明しようと口を開いた。
「何でも、新しい校舎を建てるにあたって、」
が、その言葉を臣人は途中で遮った。
「変な噂がたっとるから心配になったって言うんやろ?あの校長の言いそうなこっちゃ」
ちょっとおもしろくなさそうに言う臣人をバーンが促した。
「…臣人。」
彼は席を立ち、出かける準備をしていた。
「お? おお」
「…早いほうがいい。行こう」
「んじゃ、行ってくるわ」
続いて臣人も席を立ち、バーンのあとを追った。
「お気をつけてぇ」
店をあとにする二人の後ろ姿を見送りながら、リリスは肩の力を抜いた。
國充のことを思い出していた。
(やっぱり、言えませんわねぇ~・・・
リリスは、すぐ手元にあったウィスキーの瓶を手に取り、蓋を取るとグラスに注いだ。
それをキュウ~ッと一気に飲み干した。
飲み終えると同時に深いため息をついた。
(私にもぉ、まだ『女』としての部分が残っていたんですわねぇ~・・・)
空いてしまったグラスをもてあそびながら、そんなことを思っていた。
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