第3話 初めてのキス、そして……

 ──風呂上がりの彼女と合言葉を言い合った夜から3ヶ月後。

 つまり僕らが出会ってから(正確に言うと再会してから)9ヶ月。

 夏休みに入っても、毎日毎朝毎晩欠かさず顔を合わせて合言葉を言い合っていた。

 たまにネガティブな気持ちになることもあって、もしかしたらハルカが突然もう僕なんかどうでも良くなって、夜の公園に来てくれないんじゃないか……なんて不安に襲われたりもしたけど、そんな夜は1度も来なかった。

 

 それどころか、学校が休みだと朝と夕方の合言葉タイムにただ会って別れるのもアレだな……ってことで、ほぼ毎日のように2人でどこかに遊びに行ったりする毎日。

 映画館に行ったり。

 遊園地に行ったり。

 水族館に行ったり動物園に行ったり……ってもうこれ、デートじゃね!?

 そんな風に思ったり……って正直に言うと、僕はもう完全にハルカの事が好きだ!

 好きで好きでたまらない!

 だから今夜、この公園で思いきって告白しようと思ってる。

 いつも大体僕の方が先に着いて待ってるんだけど、今日は気持ちがはやりすぎて時計の針はまだ10時30分。

 まあ、どういうセリフで告白しようかとか考えることは山ほどあるから、30分なんてあっという間に過ぎ──。


「……えっ!?」


 公園の入口に女の子の姿。

 思わず驚きが口から漏れつつ目を凝らして見ると、それは間違い無くハルカだった。

 ゆっくりと近づいてくる彼女の顔もまた、僕と同じく驚きに満ちていた。


「……来るの早くない?」


 告白の準備もままならず、頭が真っ白なままボソッと呟いた。


「……それ、私のセリフ!」


 ハルカはいつものようにフフッと笑いながら言った。


「……だな」


 と返すのが精一杯でもうドキがムネムネ状態だ。

 何となくだけど、ハルカもどことなく落ち着かない様子に見えるような……。

 

「ねえ、ヒナタ君」

「ん? な、なに……?」


 ……おや?

 こ、これってもしかして……!?


「実は、言っておきたいことがあって……」

「う、うん……」


 ゴクリ、と静かな公園に響き渡るぐらい思いきり唾を飲み込みながら、続く言葉を待った。

 これはある……もしかしてがある……!


「……ネコメロンソーダ!」

「えっ?」

「えっ、じゃないよ! これ言っとかないとダメでしょ!」

「あっ、う、うん。ネコメロンソーダ」


 僕は微妙に肩を落としながら合言葉を呟いた。

 すると、ハルカがおもむろに口を開いた。


「実はね……私、手術を受けるの」

「……えっ?」


 想像だにしなかった一言に、心臓が止まりそうになった。

 

「……ごめんね。突然過ぎてビックリしちゃったよね!」


 ハルカはいつものようにフフッと笑う。

 けど、どこかいつもとは違って見えた。


「い、いや、ごめん、こっちこそ驚いちゃって」

「ううん、当たり前だよ。そんなこと言われたら驚くのが普通だし、普通だったらこんな風にサラッと言うことじゃないし……あっ、でもね。大したことないの! うん、ホントに! でも、ヒナタ君には知っておいて欲しくて……」


 と、ハルカは事の経緯を説明してくれた。

 実は、小さい頃から少し心臓が悪かったこと。

 このところ何年もずっと調子が良くて、特に生活に支障がきたすことは無かったこと。

 でも、1週間ぐらい前に貧血で倒れて病院に行ったこと。

 そして、検査の結果が出て、すぐにでも手術しなければいけなくなったこと……。


「もしかして、僕が色んな所に連れ回しちゃったから……」

「違う! それは違うよ! 私はヒナタ君と一緒の時間が1番楽しくて1番……好きなんだから!」

「……えっ!? あ、ど、どーも……」


 何言ってんだおい!

 心の中で自分にツッコミを入れながらも、ドキドキが止まらず顔がホカホカしてきた。


「フフッ、それだけ……?」

「ええっ!? あっ、えっと、その……僕も好き! 好きだハルカ!!」


 ……いやいや、それは走りすぎじゃないか!?

 勢い余って追い抜き過ぎちゃってないかこれ!?

 と、恐る恐るハルカの顔に目をやると……。


「えっ、ウソ、今のって……告白!?」

「あっ、いや……って、いやじゃなくて、そうっていうか……ああ、そうだよ。僕はハルカの事が好きだ」


 駆け抜けちゃったものは仕方が無い。

 それに、元々それを言うつもりでここに来たんだ。

 たとえ結果がどうなろうと──。


「うん。私も好き。ヒナタ君の事が大好き!」

「そっか。やっぱりそうだよね……えええっ!? マ、マジ!?」

「うん、マジマジ! 大大大大大好きだよ!! ……って、恥ずかしいねこれ」


 ハルカの顔が真っ赤になっていた。

 しかし、それを冗談めかしてツッコミを入れる余裕は無い。

 なんてったって……まさかまさかの、告白大成功なんだから!

 それに……。


「ねえ、手術っていつなの? ごめん……やっぱどうしても頭から離れなくて」

「ううん、私も同じだから。って、これから本当に悪い事した時以外、謝るの禁止! だって私たち……恋人同士でしょ?」

「……だな」

「うん! あっ、手術は1週間後だよ」

「うわっ、本当にすぐだね」

「そうそう。でも、それさえ上手く行けばもう完全に治るって!」

「そっか。それなら絶対受けなきゃな。何も知らない僕が言うことじゃないけど……絶対上手く行くと思うから頑張って」


 何も知らないからこそ、僕にはこうして応援することしか出来なかった。


「うん、私も専門的な事はなにも分からないけど、絶対上手く行くと思ってるし、頑張って元気になる! せっかく素敵な彼氏が出来たんだから……フフッ!」

「お、おう……」


 僕の心の中は驚きと喜びと不安と……とにかく色んな感情が渦巻いていた。

 アメリカの映画とか見てると「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞く?」みたいなセリフがよくあるけど、まさにそれ状態。

 しかも、そのどっちもが桁外れで──。


「ねえ、ヒナタ君」

「ん?」


 完全に油断してた。

 気がつくと、ハルカがすぐ目の前まで来ていて、少し背伸びをして、そして……。


 チュッ。


 突然のキス。

 そして、僕にとって……。


「ファーストキス……だよ」

「……えっ!? 知ってた!?」

「ん? 私のだけど……あっ、もしかして……??」

「……あっ、しまった」

「フフッ、一緒だね」


 ハルカはクルッと背中を向けた。

 僕はもう、何も考える余裕が無く、夜の公園でただ呆然と立ち尽くしていた。

 手術という大きな不安はあるけど、パッと見こんなに元気なハルカなら絶対に上手く行くはず──。


「ねえ、大事なこと言い忘れてた」


 ハルカはクルッと回ってこっちを向きながら囁くように言った。


「大事なこと……?」

「うん、私が受ける手術ね、最低でも10時間はかかるんだって」

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