コトダマ

アオピーナ

『言霊は存在する』


 私達は常日頃から、当たり前のように言葉を発して生活しています。 

 当たり前だからこそ、その責任に鈍感になっていることは、多くの人は否定し切れないでしょう。  

 この話は、ある一人の青年が、言葉の重みに気付かされたお話です。……そして、彼は恐らく後悔していることでしょう。

 自分が発した言葉に、責任が持てなかったことを──。


 *

 

 葛西慎一は、ようやく一つの夢を実現させた。

 そう、小説家だ。新人賞のミステリー部門で大賞を授かり、憧れの専業作家になることが出来たのだ。


 彼は、ただひたすら書き続けた。

 熱が出た時も、彼女に振られた時も、ただひたすら……。

 そして、読み漁った。

 資料として、自分が手がけるジャンルに近しい小説を読み、研究し、咀嚼し、血肉として吸収していった。

 努力を重ね、センスを磨き、己自身と、己が生み出したキャラクター達と向き合い、彼らが歩む物語に胸を馳せ、前へ突き進んでいった。


 けれど、もう一つ──彼はおまじないをしていた。

 テレビの天気占いのように信憑性が不明瞭なジンクスだ。

 しかし、彼はこのおまじないにも、創作と同等の信頼を置いていた。


 そのおまじないというのが、『コトダマ』というアプリだ。

 内容はツイッターと殆ど変わらないが、肝心なのは『その後』の心情に起きる変化だ。

 彼は、小説を書く前にいつも、『ノルマをこなす』という宣言をこのアプリで呟いていた。


 創作中は孤独な戦いだ。

 ウェブ小説に載せないようものなら、冗談抜きでの孤独──たった一人、果てしない道の上を駆け抜けなければならない。

 だから、彼は仲間に縋り、反応に胸を高鳴らせ、孤独を紛らわした。何より、やりたいことを呟いたあと、本当にそれを成すことが出来るという事実に、自信が湧いたのだ。

 ある種の強迫観念が働き掛けたに過ぎないないのかもしれないが、それでも、繋がりやノルマ達成という甘い蜜は、彼のモチベーションを極限まで高めていった。


 そうして、彼は小説を書き上げた。

 一行ごと、一言一句を記出来るようになるまで読み返し、添削を重ねた。

 応募直前、彼は初めて『コトダマ』で祈りの言の葉を紡いだ。

 紡いだのだった──。

 


 葛西慎一は、名の知れた有名作家となった。プロデビューしてからも数々の賞を受賞し、様々なメディアミックスを展開し、中には映画の脚本を手掛けたこともあった。

 

 葛西慎一は、名の知れた有名作家

 彼が自分のジンクスを公表すると同時に、『コトダマ』の存在も大きく知れ渡った。

 だから、彼が死去する直前に投稿されていた文面も、大衆は大いに注目していた。

 

 葛西慎一は、名の知れた有名作家──だったのかもしれない。

 疑問に続く疑問。それに答えられる者はもう居ない。だからこそ、葛西慎一は死後も尚、至るところで語り継がれているのかもしれない。

 それだけ、『コトダマ』が彼に与えた甘い蜜は、美味たるものだったのだろう。

 そして今日もまた、彼の名前と彼に纏わるニュースが報道される。

 ニュースの名は、『言葉はこうして実現した。言霊の存在に詳しく迫る──!』……というものだ。 

   

 *


 今日もまた、どこかで様々な言葉が飛び交い、記され、誰かの下へと飛んでいく。

 そんな中で、果たしてどれほどの者が、己が発した言葉に責任を持てているだろうか。

 誰が、自分は決して彼のような末路を辿りはしないと断言出来るだろうか。


 私はここに、『コトダマ』と葛西慎一が生み出した、『言葉の重大さ、そして尊大さ』について記した。

 最後に一つ、皆様にお見せしよう。

 これは、葛西慎一が死を迎える直前に投稿した呟きである。



『僕が今のように作家として成功することが出来たのも、応援して下さる皆様のお陰です。僕は本当に幸せ者です。ああ、今なら僕──死んでもいい』


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