今宵の夜伽は、君に捧げる。 2


 ――夢を見ていた。

 お父さんが死んだ後のこと。



 お父さんは死ぬ前に、「朱衣は強い子だから、母さんを頼むな」って言っていた。

 本当は死なないでって言いたかった。

 泣いて縋りたかった。お父さん、置いていかないでって。

 でも、泣いてばかりのお母さんの代わりにしっかりしなきゃって思ったから、わたしは力強く頷いた。


「朱衣、いい子だ」


 お父さんは、そう言い残して翌日の朝に亡くなった。

 冬の、高くて澄んだ青空と、春を訪れを思わせる暖かい日だった。

 近所の人達が手伝ってくれて、至色山ししきさんのよく見える丘に埋めてもらった。

 葬儀をするつもりはなかったけれど、白麗達が来て一緒に最期をお見送りしてくれた。

 お父さんは最期の最期まで、先生で居られて幸せだったんじゃないかと思う。


 それから、お母さんと二人きりの生活が始まった。

 元々郊外に建てられたボロ家だったから、お父さんのいないだけで、世界の全てが音を失ってしまったようだった。

 わたしには、時折、紅晶と碧英がこっそりと遊びに来てくれたけれど、お母さんは人付き合いを断つようになってしまい、どんどん一人で過ごすことが増えていった。

 次第に家事もしなくなっていって、外に出ることもなくなり……。

 どうにかしたかったけれど、子供のわたしには難しかった。

 毎日窓を開けてあげて、声をかけて、心配するので精一杯だった。

 けれど、お母さんにとっては、外の空気も光も、わたしの声すらも疎ましくなってしまったのかもしれない。

 そして、ある日、お母さんは家の梁で首を吊って亡くなった。

 

 お父さんの死から半年も経っていなかった。



 お父さんもお母さんも、家族と離れてこの華羅国にやってきたから、他に親族なんていない。

 わたしは一人で、このボロ家で暮らすことになった。

 料理も裁縫も、記憶を紐解きながらなんとかやっていたけれど、日に日にお父さんの残してくれた蓄えが無くなっていった。

 食べる回数を減らし、食べ物を減らし……そうしていく中で、ふと、なんで生きているのか疑問に思った。

 病で死んでしまったお父さんはともかく、お母さんはわたしが居てもあんなに簡単に命を捨ててしまった。

 それなのにわたしは一人ぼっちで、どうして生きていかなきゃいけないのか。


 紅晶が久しぶりに遊びに来たとき、わたしは人とは思えないような風貌をして、声を失っていた。



 その後、皇子達の計らいで、皇宮で働けることになった。

 皇の紫恭様も、朱夏先生には恩があるから、と気前よく受け入れてくれたと聞く。

 でも、声も出せないから会話ができないし、不器用で仕事もまともにできない。


 そして出来た苦肉の策が、白麗の書庫の整理をする仕事だった。



「私達は似ているな」

 

 ある日、白麗にそう言われた。

 似ているだろうか。

 性別も違えば、身分も容姿も性格だって、とても似ているところがないように思う。

 首を傾げると、白麗は苦々しく笑った。


「私も、朱衣も、孤独だ」


 白麗はずっと次期皇だと期待されていたのと、体が弱かったこともあって、子供らしいことは何一つ出来なかった。

 そして、次期皇と期待されるが故に、誰にも心を開くことが出来ずにいた。……弱音を吐けば、失望されるから、と白麗は言っていた。

 対してわたしは、家族を失って、何も知らないまま放り出されて生きていかなくてはならなくなった。


 ――孤独。


 わたしと白麗は、傷を舐めあうように、次第に仲良くなっていった。

 ゆっくりと時間をかけて、少しずつわたし心の傷は癒えてきた。皇宮に来てから二年の後、やっと声を発せられるようになった。

 紅晶と碧英が、すごく喜んでくれたのを覚えている。


 年を重ねていくと、今度は皇子の傍にいるわたしを疎ましく思う者が増えてきた。

 暴言だけでなく、水を掛けられるようなこともあった。

 でも、わたしは皇子達の傍にいられるだけで幸せだった。

 この場所で生きていたかった。

 もう孤独になんて、なりたくなかった。

 だから、嫉妬にも、虐めにも耐えていこうと思っていた。


 でも、それでも、いくら耐えていたとしても、いずれは皇宮を出なければならない。

 わたしも気付けば十七歳になってしまった。

 いつまで皇宮の庇護下に居させて貰えるのだろうか。

 どんな形であれ、別れは必ず来るって、わかっていたはずだったのに、迫ってくる別れの時に、ずっと、ずっと恐怖心を抱いていた。


 そんなときに現れたのが、夜伽だった。

 妖である夜伽を傍に置いていたのは、わたしの我儘だ。

 皇宮に関わりのない存在。

 もし、ここを出ていくことになっても、夜伽だけは傍に居てくれるのではないか。

 わたしはただ孤独にならないために、夜伽に『甘露』を渡し続けた。


 

 彼はわたしにとってたった一つの、よすがだ。




 

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