今宵の夜伽は、君に捧げる。

第六夜 希望


 祭りの後。白麗に覆いかぶさるかのようにして倒れた朱衣は、高熱を出して丸一日目覚めなかった。今も、昨日よりは下がったようだけれど、まだ熱があって油断できない。

 茜彗せいすいが隣の部屋の白麗と朱衣を交互に様子を診ながら、弟子の菫凛きんりんに朱衣を任せた。

 菫凛は手厚く朱衣を看病しながら、時折白麗の部屋を見詰めている。


 あっちは、朱衣とは反対に死のにおいは薄まってきているように感じる。

 毒は残っても、直に消えていくことだろう。


 紅晶と碧英が茜彗と一緒に朱衣の様子を見に来たところで、茜彗は皆に座るように言った。

「さて、朱衣殿は散華症さんげしょう。今も治る薬は無い病じゃ」

「散華症……」

「朱夏先生と同じ病、だよな」

 碧英の質問に、茜彗髭に触れながら頷いた。

「ですが、どういう経緯で発症する病なのか、未だに誰もわかっておりません。

 朱夏殿が病だったから、朱衣殿もこの病に罹ったのかとは言えないところでしてなぁ」

「他の人からうつる病気とかでは?」

「それもないでしょう。第一朱衣殿はあまり人と接点がないはずで、この皇宮内で同じ病の者もいない。そもそもうつるというのであれば、我々も疾うに罹っているでしょうしな」

 僕は茜彗の話を聞きながら、朱衣に降りかかってきた皮肉な運命を呪った。

 茜彗は白麗の様子を診に、部屋を後にした。

 一気に静まった部屋の中で、碧英が僕に向き合った。

「なあ、夜伽。お前、前に朱衣を救えるって言ったよな」

「うん」

「本当に、救えるのか」

「救えるよ。ただし、無理にしたくはない」

「……朱衣の気持ち次第ってやつ?」

「うん」


 僕は一度朱衣と同じ『甘露』の持ち主、霞を見送っている。

 彼女は命があることよりも、死に希望を抱いていた。

 救いがどこにあるかなんて、人それぞれだ。

 ただ、やっぱり死ぬことを選んで欲しくない。

 僕が人よりも長く生きるからかもしれないけれど、人の一生はあっという間だ。

 出来ることならば、生にしがみ付いて欲しい。


「夜伽、朱衣のことを頼むよ。俺達は白麗兄皇子にいさんの分も仕事をしないと」

「……そうだな」

「わかった」

 朱衣の額と頬に口付けをして、紅晶と碧英の二人は部屋から出て行った。



「夜伽様」

 菫凛に声を掛けられて、振り向く。

 僕にまで敬うことはないのだけれど、菫凛は何故か丁寧に接してくれる。

「薬を取りに少し席を立たせて頂きます。なにかありましたら、隣の部屋に師の茜彗がいらっしゃいますのでお声をお掛けください」

「わかった」


 菫凛が部屋を出て暫くすると、朱衣がゆるゆると目を醒ました。


「夜伽……?」


 熱に浮かされていることもあって、朱衣の大きな目はいっぱいに涙を浮かべていて、頬は紅潮している。

 こんな状況じゃなければ、胸が高鳴る瞬間だろうけれど……。


「朱衣」


 髪を撫でると、朱衣は少しだけ笑顔を見せた。

「少しだけ、おまじないをしてあげる」

 僕は朱衣の額の髪をそっと避けて、その指を顎の先へと持っていった。

 そして、朱衣の小さな顎を持ち上げる。


「夜伽?」


 朱衣は不思議そうに見詰めてくる。

 僕達夜の一族は口唇が体のどこかに接触していれば『精気』を貰うことが出来るけれど、人間はそういう訳にはいかない。

 朱衣に口付けをすると、朱衣は首を振って小さく抵抗をした。

 その度に涙がぼろぼろと零れていく。


「朱衣、僕を信じて」


 今は、生きて欲しいという僕の我侭かもしれないけれど、朱衣に時間をあげれる方法はこれしかない。

 朱衣は、全てを受け入れてくれた訳ではなさそうだけれど、僕のことを信じてくれたようだった。


 もう一度口付けをする。

 朱衣からの抵抗はない。

 僕は今まで朱衣に貰った『甘露』の蓄えを朱衣に返した。


 こくり、と喉が鳴り、朱衣の顔色が目に見えてよくなっていく。

 それでもこれは一時凌ぎだ。

 体を蝕んでいる病を止められるわけじゃない。


 『精気』を渡した後の酷い眠気と、空腹。

 鏡に映る僕の髪の金と銀に輝いていた部分は、黒く染まっていた。

 それでも、朱衣のためなら構わない。



 もう、誰かを失いたくない。






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