白の皇子は願う。 10



 きょうに揺られて街に着くと、すでにあちこちに屋台が建ち並んでいた。

 東や西の国から集められた民芸品の屋台、饅頭まんとうや団子、果物など食べ物の屋台。個性的で色とりどりの屋台が並ぶ姿を見ると、心が弾む。

 朱衣と同じようにお祭りに心弾ませている人々が、どの屋台にも集まって賑わっている。

「あれ美味うまそう!」

 碧英の声がいつになく弾んでいる。彼が後ろに居るから表情は見えないけれど、きっと目を輝かせているのだと思う。

「朱衣はどれが食べたい?」

「んー……色々あって迷うね」

「いっそ全部食べるか」

 冗談だとは思うけれど、食べ盛りの碧英なら本当に全部の屋台を制覇してしまいそうだ。

「紅晶様、碧英様」

 声を掛けてきたのは、祭典の警備に当たっている兵士だった。

 碧英は顔見知りなのか、「よう」と気軽に挨拶をしている。

「ここからは徒歩になりますので、こちらで馬を預かります」

「ああ、頼む」

 朱衣は碧英に手伝って貰って梗から降りると、一気に喧騒に飲み込まれる。

 祭りの雰囲気に、血が沸く感じがする。

「朱衣、先に舞台の方に行こうか」

 朱衣より先に馬から降りていた紅晶が、朱衣の元へと歩み寄って来た。

「白麗が剣舞を舞うところ?」

「そう。舞台も結構凝っているから、見ておいて損はないよ。祭りが終われば解体されてしまうからね」

「そっか。うん、じゃあ行こう」

 皇位継承は二年後になるので、実際皇が誰になるかは来年まではわからない。

 けれど、今回のこの祭典で剣舞を踊ることは、白麗が一番次期皇として期待されていることの現れでもあった。

 行き先を決めたところで鳥に変化してきた夜伽が、人目に付かないところから現れた。

 事前に、紅晶が夜伽に目立たないところで変化するように伝えていたようだ。

「ああ、そうだ。夜伽、君は髪も目立つからこれを被るといい」

 紅晶が渡したのは、旅人の被りそうな藁の笠だった。

 夜伽は差し出された瞬間、紅晶を睨み付けた。

「やだ」

 紅晶だけでは夜伽を説得できないだろう、と朱衣が紅晶の横に立って夜伽を見上げた。

 確かにこの人混みにあっても夜伽の髪は目立つだろう。

「夜伽、似合うと思うよ?」

「じゃあ、被る」

「……ったく、朱衣の言うことには素直だな」

 朱衣も手伝い、夜伽の長い髪を纏めて、笠で隠した。

「お待たせ」

 碧英が来たところで、四人は移動することにした。

 出店の活気ある声と雑踏の中を歩いていると、みんなの身分が同じもののように感じられる。

 皇子である紅晶と碧英は、本来であれば近くに護衛を付けて歩かなければいけない身分だし、夜伽は人ではなく妖だ。

 それでも、民のごった返す中を四人で肩を並べて歩いている。

 ――いつまでも、こうしていられたらいいんだけどな。

 朱衣は、ここに居ない人を思い出して、憂いた。

 白麗は、この温かさを知らないまま皇になるのだろうか。



 街の中心、開けたところに舞台が設置されていた。

 日の光がまっすぐに射し込んで、舞台を照らしている。

 近付いてみると、舞台は結構大きく、朱衣の目線の高さまである。遠くの人が見えるようにとの配慮だろうが、ここで踊るのは少し怖そうだ。 

 舞台の脚や柵には白麗の着ていたパオ同じように、細部まで丁寧に龍が掘られている。

 風が吹くと、白木で作られた舞台から、新しい木の香りが漂ってきた。

「白麗、ここで踊るんだね」

「そうだね。俺達も舞台で舞を踊ったことはあるけれど、今年のは一味違うな」

「ああ。踊りも激しいみたいだしな。紅晶の母さんががっつり教えてたみたいだし」

 舞台を見ながら、話が弾んでいる最中、紅晶が遠くを見て表情を変えた。

「ごめん、俺ちょっと挨拶に行ってくるよ。先に屋台でも回っていて」

「おー」

「気をつけてね!」

 紅晶が駆けていく。追うということは、待ち合わせではないのだろうか。

「行こうぜ、あっちにいい匂いの店あるからさ」

「……うん」

 後ろ髪を引かれながらも、碧英に手を引かれて、朱衣は反対の屋台の方へと向かった。




柑惺かんせいっ!」


 紅晶が声を掛けると、前を歩く女性が一人振り向いた。

 久しぶりに見る彼女は、日に焼けて別人のようだった。

「紅晶様」

 少し息を切らせている紅晶に、柑惺は口許を押さえて笑った。

「そんなに急がずとも、逃げたりしませんわ」

 柑惺は改めて拱手をして挨拶をした。

「お元気でいらっしゃいましたか?」

「ああ、俺達は変わらずだ。柑惺も元気だった?」

「ええ」

 少し痩せただろうか。日焼けのせいで痩せて見えるのかもしれない。その中で、笑顔は以前よりも明るくなったように感じる。

「……そういえば、紅晶様のお耳に入れておきたいことがあったのです」

「俺に?」

 柑惺は神妙な面持ちで頷くと、一言一言丁寧に語り始めた。



「おかえり、紅晶」

 紅晶が舞台の方へ戻ってくると、朱衣達がそれぞれ屋台で買った物を口にしていた。

「おふぁえり」

 口一杯に頬張りながら、碧英はさらに両手に食べ物を持っている。

「食いしん坊」

「美味い物って無限に食べれるんだよ」

「今はいいけどその内太るぞ」

 食べ物に夢中な碧英と対照的に、夜伽は飾り気のない髪留めを嬉しそうに眺めている。

「夜伽のそれは?」

 紅晶が訊ねると、夜伽は紅晶に見せまいと両手で蓋った。

「わたしが髪留めを買ってあげたの。夜伽、髪がすごい長いでしょう? 前だけでも留めたら、邪魔にならないかなって」

「ああ、なるほど」

 夜伽は子供のように目を輝かせながら、朱衣に貰った髪留めを見詰めている。

「紅晶も分もって少し買ってきたんだけど、どうかしら」

「ありがとう、朱衣」


 紅晶は受け取った蜜柑の皮を剥くと、一房口に入れた。

 まだ、酸味の強い蜜柑に、「しっかりしろ」と頬を引っ叩かれたような気持ちがした。






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