白の皇子は願う。 11


 紅晶と碧英は祭典の準備に向かい、朱衣と夜伽は皇家の専用観覧席――櫓のように高く組まれた建造物の隣に立っていた。

 会場は民で埋め尽くされている。最初はこの場所もお断りしていたけれど、今となっては白麗に場所を用意していて貰えてよかったと思う。

 身長のある夜伽はこの観衆の中でもまだ見えるだろうけれど、朱衣は人波に埋もれてしまって舞台が見えないことだろう。

 傍で見ると高いと思っていた舞台だけれど、いざ人が集まるとそうでもないのかもしれない。

 おまけに皇家と一緒の席にしない心遣いが、白麗らしい。朱衣が特別扱いされれば、また何かの火種になりかねない。

 今居るところは、少し離れてはいるものの舞台の全景がよく見える。

 すぐ横の櫓のような建造物を見上げる。大人を二人、縦に並べた高さはあるだろうか。

 朱衣が顔を上げるのと丁度同じ瞬間で、紅晶と碧英が顔を覗かせていた。二人に向かって手を振る。

 祭典ということもあって、紅晶達もいつもと違う鮮やかな刺繍の施された袍を着て、冠を被っている。

 ――こうしていると、どこからどう見ても皇子様、だなぁ。


 現皇の紫恭しきょう皇が挨拶のために舞台に上がった。

 堂々たる立ち居振る舞いに、観衆の誰もが息を呑んでいた。

 皇は特別大きな体躯をしている訳ではないのに、存在感で大きく感じさせ、圧倒させる。 


「私も二年後には四十を迎え、皇権を手放す次期に差し掛かってきた。

 皇子達の誰が一番皇に相応しいのか、民の声に寄り添っていきたいと私は思う。

 華羅国がこの先も輝いていけるよう、みなの力を貸して欲しい。今日はありがとう。皆楽しんでいってくれ」



 わっと観衆が沸く。

 朱衣も感極まって、皇の姿が舞台を降りて見えなくなるまで、ずっと拍手を送り続けた。

 拍手が疎らになって、人々の話し声が大きくなる。

「あ、白麗様だー」

 小さな子供の声に、皆が舞台へと視線を戻した。


 白く輝く日の光の中、白のパオを着た白麗が舞台の上に上がると、人々は目を奪われた。

 ただ佇んでいるだけなのに、神々しささえ感じる。

 白麗は舞台の中心に立つと、祭事の時にだけ使われる、皇家に伝わるという神器、金剛石で出来た透明な剣を鞘から引き抜いた。

 笛や笙の音が会場に響き渡り、先程までの祭りの熱気は一気に静まり返る。

 白麗が舞い、一振り、一振りと剣が、空を斬る度に、金剛石の剣が、音が聞こえてきそうなほど、眩い光を撒いている。

 白麗が、魂を込めて踊っていることがわかる。

 朱衣はちらりと横を見ると、夜伽も珍しく静かに白麗の姿を見詰めていた。

 いつも対立し合う仲だけれど、夜伽もどこかで白麗のことを認めているのかもしれない。


 ――そうだと、いいな。


 どこか一箇所でも、お互いに尊敬出来る部分があれば、きっと二人は仲良くなれることだろう。

 白麗が舞台を踏みしめ、爆ぜるような音が辺りに響いて、顔を上げた。

 その真剣な表情に、瞳に、鳥肌が立つ。


 ――綺麗。


 たった数分の剣舞だった。

 それでも、誰もがその舞に目を奪われ、心を震えさせた。

 鳴り止まない拍手に、白麗は一礼してから舞台を降りていく。

 朱衣もその背中に拍手を送り、隣の夜伽を見上げた。

「白麗に会いに行こうか、夜伽」

「……うん」

 頷いてはいるものの、夜伽の表情は曇っていた。


 朱衣達が舞台裏へ行くと、怒号が飛び交って騒然としていた。

 何が起こっているのかわからず、辺りを見回していると、紅晶を見かけて、朱衣が慌てて駆け寄る。

「紅晶!」

「朱衣……っ」

 いつも、余裕を感じさせる紅晶が、目を白黒させている。

「どうしたの!?」

 言葉を発せられない紅晶に、良からぬことがあったのだと瞬時に察した。

 そして、朱衣は侍従や兵士を掻き分けて、事態の中心へと突き進む。

「待って! 行くな、朱衣!」

 紅晶の呼び止める声が聞こえる。 

「朱衣っ!」

 夜伽の止めようとした指先をすり抜けて、ついに中心に辿り着くと、朱衣は目の前の光景に絶句した。



 先程まで、舞台で舞っていた白麗が、血に濡れて倒れていた。



 ――なんで、なんでなんでっ!?


「白麗っ!」

 駆け寄ろうとする朱衣を、周りにいた者が腕を伸ばして止めようとする。

 朱衣はその腕を跳ね除けながら、白麗の体に縋り寄った。

「白麗! 何があったの!?」

 朱衣の悲痛な叫びが響く。

「おい、離れろ!」

 兵士が朱衣の腕を掴んで、無理矢理引き離そうとした。

 朱衣は掴まれた腕を振り回して、抵抗する。

「嫌だ! やめて、放して!」

「頼む、朱衣から手を放してやってくれ」

 碧英の冷静な声で、兵士は手を放した。


「白麗……白麗、起きて」


 白麗の緩く開かれた口から、血が溢れる。

 朱衣は涙を溢しながら、言葉にならない言葉を発して、白麗の体に縋りついていた。

「朱衣」

 夜伽が宥めようと、朱衣の肩をそっと抱き寄せる。

「夜伽……白麗が、白麗が……」

「大丈夫、まだ息はある」

「お願い、白麗を助けて」

「……朱衣?」

「お願い、夜伽」

 朱衣の声が小さくなっていく。

 目は虚ろになり、呂律が回らないのか、言葉が零れ落ちていく。

「朱衣? 朱衣、しっかりして、朱衣!」

 立ち籠める死のにおい。


医生いしゃはまだか!」

「早くしろ!」

「白麗様!」

「朱衣!」


 色んな声が混ざる混乱の中、朱衣は白麗に覆い被さるようにして目を閉じた。

 夜伽と碧英と紅晶の声が聞こえてくる。

 何度も、朱衣の名を呼んでいる。



 ――ごめんね、みんな。



 暗闇の向こうに、朱夏と見た夕焼けが見えた。




 




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