白の皇子は願う。 8



 ――毒を打ち消す薬を作れ。



 夜伽の言っていたことは事実だった。

 白麗は毒を飲んでいるようだ。

 菫凛きんりんの師である茜彗せいすいは、今でこそ白麗を中心に診ているものの、皇家の専属の医生いしゃなので、皇ともちかしい人物だ。

 茜彗を通さずに、菫凛に直接頼んだということは、内々に事を運びたいということだったのだろう。

 それにしても、毒を打ち消すような薬を菫凛に頼んだということが本当であるならば、白麗が自ら毒を用意し飲んでいるとは考えられない。

 わざわざ菫凛に薬を頼まずとも、毒を飲まずにいればいいことだ。

 薬を用意させたということは、毒を飲まなくてはいけない環境なのだろうか。

 しかし、白麗は一国の皇子だ。もし何かの異変に気付けば、兵や侍従を動かして犯人を捕まえることも容易いはずだ。

 それがないということは……。


 ――誰かに毒を盛られていて、それを知ってて飲んでいる?


 なんでまたそんなことを……。

 白麗の考えが全くと言うほど読めない。

 碧英が頭を抱えていると、菫凛が碧英の袖を掴んで見上げた。

「お願いです、碧英様。白麗様をお救いください」

 菫凛の曇りのないまっすぐな瞳に心打たれる。

 白麗に頼まれてから、ずっと一人で抱えて苦しんでいたのではないか。それを思うと胸が痛い。


「勿論だ。白麗兄皇子アニキを絶対死なせたりしない」


 中庭を横切り、四阿あずまやに向かって碧英の侍従が駆け寄ってくるのが見えた。

「碧英様、お見えになっていらっしゃいますよ」

「すぐに行く。すまないが、菫凛が体調を崩したみたいなんだ。部屋まで連れて行ってやってくれないか」

「はい」

「碧英様」

 心配そうに見上げてくる菫凛の手を取り、碧英は笑いかけた。

「大丈夫だ。お前が口にしたってことを絶対に口外したりしない。約束する」

「……はい」 

「ああ、勿論だ。……それじゃあ、頼む」

 菫凛を侍従に任せて、約束した商人の待つ応接の間へ急ぐ。

 脳内は白麗の奇行のことで埋め尽くされていたけれど、振り払うように歩みを速めた。


 


「ねえ、朱衣。兄皇子にいさんの書庫を見せて貰ってもいいかな」

 碧英が去ってから、三人は華札を片付けたところだった。

「うん。紅晶なら、白麗もいいって言うと思うわ」

 紅晶は部屋の置くの扉を開けて、薄暗い書庫へと踏み込んだ。

 朱衣が手持ちの燭台に火をともして、後を付いて来る。

 そして朱衣の後ろには、例に漏れず夜伽がぴったりと付いて来ていた。


「まるで朱衣は親鳥のようだな」


「黙れ、紅晶」

 小さく笑う紅晶に、夜伽が朱衣越しに睨んでいるのが見える。

「いやぁ、雛だって考えるとこの憎まれ口も可愛いなと思ってね。

 朱衣、白麗兄皇子の書の中で一番最近仕舞うよう頼まれた本はどれ?」

「えっと……」

 最も近い日を考えると、あの春画の表紙に変えられた呪符の書だが……。

 紅晶に伝えていいものか悩んで、次に新しく入ってきた書を取り出し二冊差し出す。

「へぇ、東の国の書か。どちらも昔話とか伝説の書かれたもののようだね」

「わたしもまだ中は開いてないの」

 紅晶は朱衣の手から一冊手に取ると、開いて中身に目を通し始めた。

 異国の文字をすらすらと読み解いている姿は、朱衣の目から見ても格好いい。


「これは、夜伽のことかな」


 ある一頁を開いて、紅晶は二人に見せる。

 そこには夜の一族と書かれていた。

「『精気』を吸い生きる妖、不老不死」

「不老ではあるけれど、不死ではないな。僕達は人よりも長く生きるだけだ」

「なるほど。観測者が死んでいなくなれば、確かに不死と言われるだろうな。

 それから、美しい容姿で人を魅了し、破滅させる」

 夜伽は自嘲するかのように、引き攣った笑みを浮かべた。

「……破滅、ね」

 紅晶は夜伽に読んでいた書を手渡すと、もう一冊の書を手に取る。

「こっちも同じ、夜の一族について書かれているな。さっきの書よりも細かく書かれている気がする」

 夜伽は一族のことを良く書かれていないであろう書に眉を顰めて、書庫を出て行ってしまった。

「……ねえ、紅晶」

 朱衣は紅晶の開いた頁を覗く。

「うん?」

「まるで、白麗は夜伽のことを調べているみたいね」

「うーん……、そうだね。そうかもしれない」

 朱衣はふと、あの呪符の書の存在を思い出した。

 白麗は立て続けに夜の一族のことについて書かれた書を収めている。

 夜伽のことを調べた上で、呪符の書を読んでいたのではないのだろうか。

「一体何を考えているのかしら」

「血が繋がっている弟な筈だけど、こればっかりは俺にもわからないな。昔から人間離れした人だったけれど、ここ最近は本当によくわからない」

「白麗、大丈夫かな」

 朱衣の呟いた小さな声を聞いて、紅晶は微笑んだ。

「大丈夫さ。朱衣にそんな顔をさせていると知ったら、あの人も気が気じゃないだろうし、変なことはするまいよ」

「……うん」

「さて、この書はどこに戻せばいいかな」

 朱衣は紅晶から書を受け取ると、目線より少し高い棚に手を伸ばした。

 紅晶の手が朱衣の腕を伝って、手を覆う。

 すぐ背後に紅晶の温もりを感じて、朱衣は胸を跳ねさせた。

「……本当はこのまま、君を不安にさせているくらいなら、皇宮を捨てて出てしまってもいいんだけれど」

「こう、しょう……?」

 紅晶が話す度に、耳に熱い息が吹きかかってくすぐったい。

「最近、朱夏先生のように、先生になるのもいいなって思っていてね。朱衣を娶って、慎ましくていいから、温かな家庭が作れたらなって」

「紅晶なら、いい先生になれそうね」


「後半のお願いは? 叶えてくれないの?」


 その問いに、朱衣は困った表情を浮かべるだけだった。

「これも冗談、ってことにしておこうか。朱衣、祭りのときに白麗兄皇子が剣舞を披露することになってるんだ。楽しみにしていてよ」

「うん!」




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