白の皇子は願う。 6


 重苦しい沈黙が、夜伽、紅晶、碧英の三人を包み込んでいる。

 七年程前に朱衣の父親である朱夏が、同じような病を患って亡くなっている。

 その事実があったから、二人に一層鮮明に朱衣の死を現実的に感じさせる。

 皇子達の脳裏には、辛く悲しい記憶が蘇ってきた。

 朱夏は最期、起き上がることも出来ずに、ずっと病床で過ごし、奥方の啜り泣く声が部屋中に響いていた。

 あの頃朱衣は、まだ十になったばかりの幼子で、必死に涙を堪えて、感情を押し殺していた。

 本当は自分も辛いのに、泣く事を我慢して、母の背を擦ってあげていた。

 今度は、その朱衣を病が蝕んでいるなんて――。


「……朱夏先生の腕に、赤い痣あったよな」

 碧英が今にも泣きそうなほど、張り詰めた声で呟いた。

「ああ……最近朱衣が虚ろにしてるのも、倒れる前の朱夏先生と重なる」

 紅晶は唇を噛み締めた。そうして確認すればするほど、嫌な予感は大きく膨らんでいく。


「なあ、まだ症状が重くないのなら、茜彗せいすい医生せんせいに診てもらうのはどうだ?」


 名案とばかりに碧英が発言するも、夜伽と紅晶の表情は晴れない。

「……昔、朱夏先生が、医生に診て貰ったけれど治す薬がない、と言っていたと聞いたことがある。

 勿論朱衣のことは診てもらうつもりだが、そう簡単に治るのものなのかは安心できないな」

 紅晶の言葉に、夜伽が言葉を重ねる。

「朱衣の症状は決して軽くないと思う。昨日今日で発症したとは思えない。僕も、この病の特効薬があるとは聞いたことがない」


 再び重苦しい沈黙が降りる。


「……じゃあさ、とりあえず白麗兄皇子に相談しようぜ。何かいい案があるかもしれない」

 碧英の案に、紅晶が首を振った。

「いや、兄皇子にいさんには今は祭事の準備に打ち込んで貰わないと困る。もう今日を入れて四日しかないんだ。兄皇子が抜けたら大きな騒ぎになる。

 兄皇子のことだ、朱衣の状況を知れば祭りどころじゃないだろう。……だが、国民に信頼される皇になる為にも、今回の祭りを疎かにしては駄目だ」

「……そう、だな」

 今回、白麗は舞台に上がり舞を踊ることになっている。

 多くの国民が集まるこの祭りは、白麗は次期皇としての顔見せをする場になることだろう。

 そう易易と降板する訳にいかない。


 その後も三人は、朱衣を助けたい一心で、必死に考えを巡らせたけれど、一向にいい案が浮かばない。

 白麗が居れば、こうしたときに瞬時に判断できるのではないかと思うと、自分たちの無力さを思い知った。

「なあ、夜伽。死のにおいがわかるというなら、何故もっと早くに気付かなかったんだ」

 碧英の一言に、紅晶の視線も夜伽の方へ向けられる。


 ――隠すまでもないだろう、な。


 夜伽は一度目を瞑り心を整えると、金の目を開いて真っ直ぐに二人を見据えた。


「この皇宮内にもう一人、死のにおいを放っている者がいるんだ。

 ……第一皇子、白麗。

 僕は、死のにおいは、白麗から放たれたものだと思っていた。だから、朱衣のにおいに気付くのに遅れたんだ」


 まるで最後の望みを絶たれたかのように、二人の顔から表情が消える。一度に大切な人二人が死に直面しているという事実に、感情が追いつけないのかもしれない。

「兄皇子が……?」

「そんな、白麗兄皇子も病だって言うのかよ」

「……いや、白麗は病ではなく、毒でも飲んでいるんだと思う」

 夜伽の言葉に、二人は言葉を失った。

 それこそ、なんの為に毒なんて……。

 そう顔に書いてあるのがわかる。

「どういう経緯かはわからないが、白麗はそれが毒であることを知っていて摂取しているのだと思う。

 出会ったときから死のにおいがしていたが、日に日に酷くなっていく。どう考えても自殺行為をしているとしか思えない」

「そんな……なんで……」

 二人にとって兄皇子の白麗は、憧れであり、尊敬している相手だ。

 動揺している二人に掛けてやる言葉が見付からない。

「……白麗に関しては、毒を摂取させるのを辞めさせるしかないだろう。

 それよりも、僕は朱衣を助けたい。一応、助けられる方法はあるが、それは最後の手段だと思っている」

「何故?」

「……その方法は、朱衣が受け入れてくれなければ出来ないからだ」





 朱衣は朝餉を終えて、部屋に戻る道中だった。

 今日は陽射しはあるのに随分と冷える。食後なのでお腹の周りは温かいけれど、露出している顔や手はどうしても冷たくなってしまう。

 両手に息を吐いて温めていると、中庭に一人の女性が立っているのに気付いた。

 顔に見覚えがある。彼女はゆっくりと朱衣の元へ近付いてきて、頭を下げた。

 朱衣は外廊下に居るため、必然的に彼女を見下ろす形になる。朱衣も、慌てて頭を下げて応えた。

 碧英のところの侍女……柳詩りゅうしと言っただろうか。

 猫目とくっきりとした面立ち。日の光の中佇む姿は、天女のように美しく、幻想的に見える。

「こんにちは、朱衣さん」

 その笑顔には、以前碧英の前で見せた敵意のようなものは感じられない。

 朱衣も肩に入れていた力をふっと抜いた。

「こんにちは」

「ふふ……ふふふっ」

 柳詩は突然笑いだしたかと思うと、冷たい目で朱衣を見上げた。

 艷やかな赤い唇が大きく弧を描いて笑う。

 美しい笑顔のはずが、今は不気味で恐ろしい。


「酷いにおい」

「え?」

「このままじゃ、時間の問題ね」


 困惑している朱衣を置いて、柳詩は踊るように軽やかな足取りで去っていく。


 ――このままじゃ、時間の問題ね。


 一体なんのことだろうか。

 彼女の声が、笑顔が、耳や目の裏にこびりついて消えないでいる。

 朱衣はどくどくと暴れる心臓を抑えるように、胸に手を当てた。






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