白の皇子は願う。 5
朱衣が目を醒ますと、窓から柔らかな朝陽が射し込んで、隣で眠る夜伽を包んでいた。
今は閉じられている、金の目を縁取っている長い睫毛が、朝陽に照らされて頬に影を落としている。
水の流れのように寝台に広がる、夜伽の長くて鮮やかな夕陽色の髪。
絵画のように美しい光景に、手を伸ばして触れようとしたところで、今更ながら部屋の明るさに気付いた。
――うそ、わたしこんなに寝ちゃったの!?
すっかり太陽は上がって顔を出している。
寝坊はするし、雨戸も閉め忘れているし……と頭を抱えて落ち込みそうになるものの、最近感じていた倦怠感がないことに気付いた。
朱衣はすっきりとした気持ちのいい目覚めに、上体を起こしてから、腕を上げて思いっきり背中を伸ばしてみる。
まだ、白麗は待っているだろうか。
いっそ待たずにいてくれたほうが罪悪感はないのだけれど、白麗のことだから待っている可能性のほうが高い。
いつもは朱衣より早く起きているはずの夜伽も、珍しく今日は眠っている。
朱衣は夜伽を起こさないように、忍び足で寝台を抜け出て、朝の支度を始めた。
やはり待っていてくれた白麗への挨拶を済ませて部屋へ戻ると、未だ夜伽が眠っていた。
――疲れているのかな?
顔を覗き込むと、背中に手を添えられ体を倒された。夜伽の大きく肌蹴ている胸に抱かれる。
「……夜伽?」
「おはよう、朱衣」
「お、おはよう。ねえ、もしかして、さっきから起きてた?」
「ううん、起きたのは今だよ。朱衣の視線感じたから」
夜伽は大きな欠伸をしながら、朱衣を抱き締めて離そうとしない。
「珍しいね、夜伽がこんな時間まで起きないなんて」
「僕も、こんなに寝たの久しぶりかもしれない。僕達の一族は元々あまり眠らないから」
僕達の一族、という言葉を聞いて、朱衣は昨夜のことを思い出した。
「ごめんね、夜伽。わたし、夜伽にお話してって言っておきながら寝ちゃった」
夜伽は小さく笑って、朱衣の頭を撫でる。
白麗の撫で方とは少し違い、夜伽はくしゃくしゃと撫でる。
くすぐったいのに、もっと撫でて欲しくて、朱衣はされるがままにしていた。
一方夜伽は朱衣の頭を撫でながら、お団子は左右で形が違ってしまっているのに気付いた。余程慌てて支度をしたのだろうか。
一日くらい白麗への挨拶を休んだところで、誰も咎めたりしないだろうに。
朱衣の真面目さに思わず笑みが零れる。
「いいよ。朱衣が望むならいつでも、何度でも聞かせてあげるから」
「……うん」
そうして暫く微睡んでいると、勢いよく扉が開かれた。
「おはよう、朱衣と夜伽! ……って、なに朝からベタベタしてんだ!」
碧英が足を踏み鳴らしながら入ってきて、夜伽から朱衣を引き剥がす。
夜伽の舌打ちが部屋中に響く。
――兄弟喧嘩してるみたい。
朱衣が笑っていると、碧英は眉根を寄せた。
「何が面白いんだよ」
「仲いいなぁって」
夜伽と碧英は声を合わせて「良くない」と否定した。
「息ぴったりだね」
朱衣がさらに口を押さえて笑う。
夜伽と碧英は互いに顔を見合わせて、そっぽを向いた。
「それより朱衣。朝餉は行ったのか?」
「それが、まだ行ってないの。今日、寝坊しちゃって」
「朱衣が寝坊?」
「そう。びっくりしちゃった」
碧英は物珍しそうに朱衣の顔を覗き込んだ。
「風邪とか引いてないよな」
「ただの寝坊だよ。きっと昨日碧英と夜伽に手伝って貰えたから、書庫の掃除を張り切りすぎて疲れちゃったんだと思うわ」
碧英はまだ納得いっていないようだったけれど、「ふーん」ととりあえず引き下がった。
「夜伽、朝餉に行こうか」
朱衣が籠を持って誘うと、夜伽は首を振った。
「僕は待っているよ」
「え?」
夜伽が白麗の部屋から出て朱衣の部屋に来てからというもの、朝餉も夕餉も、お風呂さえ自分から付いてきた。待っている、と言ったのは初めてだ。
「そう? じゃあ、行ってくるね」
寂しくないと言えば嘘になるけれど、夜伽にもなにか都合があるのかもしれない。
朱衣は籠を仕舞うと、上衣をしっかりと羽織った。
「うん、気をつけてね」
碧英の冷たい視線を感じながらも朱衣の頬に口付けると、部屋から送り出した。
「お前なぁ!」
「羨ましいからって僕に突っ掛かってくるなよ」
碧英が夜伽の襟を掴み、獣のように鋭い眼光で睨む。碧英のほうが身長が高いので、見下ろされる形だ。
夜伽が面倒くさそうに溜息を吐いたところで、
「人の部屋でなぁにしてんの」
少し気の抜けた、穏やかな声が響いた。
視線を向けると、扉に寄りかかるようにして、紅晶が笑いを堪えていた。
「なに笑ってるんだよ、紅晶
「兄弟喧嘩を見ているみたいだなぁと思ってね」
「紅晶兄皇子まで!」
夜伽は不機嫌になっていく碧英から、掴まれている襟を振り解く。
「……丁度よかった。お前が早く来てくれればいいと思っていたんだ、紅晶」
夜伽の声色が静かで深いものへと変わると、二人の表情が怪訝そうに歪んだ。
「俺を?」
「そうだ。二人に話がある」
今まで見たことのないような夜伽の真剣な表情に、紅晶も碧英も茶化すことなく耳を貸す。
「……とりあえず、座ろうか。長い話なんだろう?」
「ああ」
三人は円を描くように座ると、夜伽は二人の顔を見比べて息を吸った。
そして――
「朱衣が病に侵されている」
そう告げると、二人の目が大きく見開かれた。
「嘘だろ、何言ってんだよ」
「碧英。……夜伽、本当なのか?」
今にも掴みかかりそうな碧英を諌めて、紅晶が先を促す。
夜伽も話し辛そうに、床の一点を見詰めながら口を開いた。
「ああ。僕には死のにおいが判る。その人物が死に直面しているときに感じるにおいだ」
「朱衣から、死のにおいがするってこと?」
夜伽は一度、深く頷いた。
その表情に、声に、微塵も偽りを感じない。
それでも、紅晶も碧英もその事実を受け止められずにいる。
受け止めたくない、と思っている。
「間違いである可能性は?」
「昨夜、確かめた。花弁のような赤い痣が胸にまで広がっている。恐らく背中や腰から、少しずつ広がってきたのだろう」
「それって……」
紅晶と、碧英は息を呑んだ。
「朱夏先生と同じ、じゃないか」
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