白の皇子は願う。 3
「朱衣、ご飯も行く?」
「そうね。そろそろ食堂も空いてきたかな」
「うん、行こう」
夜伽の声が僅かに弾んでいる気がする。
ずっと白麗か朱衣の部屋に居たから、他の場所を巡るのが楽しいのかもしれない。
朱衣も夜伽と行動出来るのは楽しいと思っていた。
皇子達が皇宮内を歩けば、他の者達に気を遣わせてしまうが、その点夜伽は身を隠せるので安心だ。
本当は人の姿のときに歩かせてあげたいけれど、夜伽は特別目を引く存在だ。
妖が皇宮内を闊歩してるとなれば、皇や皇子達にも迷惑がかかってしまうかもしれない。
――いつか、皇宮の外に連れて行ってあげたいな。
そして自分も、久しぶりに皇宮の外を歩いてみたい。
食堂は案の定空いてきていて、朱衣がよく利用する奥の席が空いていた。
先に、座ろうと思っている奥の席に、夜伽の入っている籠を壁側へと置く。
「ちょっと待っててね。……今日は何にしようかなぁ」
朱衣は魚の煮付けをおかずに選んで、女中から受け取ると、夜伽に陣取って貰っている奥の席に座った。
今日の朱衣の夕餉は、ご飯、味噌汁、魚の煮付けとあっさりしたものだ。
背もたれも特にない普通の長椅子なので、座り心地はあまりよくない。ただ、夜伽を連れ歩くようになってから、籠を置いてもあまりとやかく言われないのはいいところだ。
六人がけの大きな
ここを使っているのは寮に住んでいる者だけではない。皇宮で食べてから帰るという人もいるので、夕餉の時刻もよく混み合っている。
籠の布を避けてあげると、夜伽が首を上げた。
鮮やかな金の瞳が煌めく。
「夜伽はお魚とか食べられるの?」
「基本的には何でも食べるよ」
「少し食べてみる?」
味付けされた白身魚の身を箸で崩して、夜伽の嘴のところへ運んでみる。
夜伽は大きく口を明けて、朱衣から貰った魚を啄んだ。
「好き嫌いはあるの?」
「好みはあるよ。でも、そもそも人と違って食べ物から栄養を摂っている訳じゃないから、あまり頓着はしていないかな」
「そうなのね」
「朱衣は? 好き嫌いあるの?」
朱衣はぎこちなく首を動かして、白米を口に含んだ。
そして咀嚼をして、ごくりと飲み込む。
あるんだな、と夜伽が推察していると、朱衣は恥ずかしそうに小さく呟いた。
「……お茄子が、嫌い」
「へぇ」
まるで幼子のように言うものだから、夜伽は気付かれないよう小さく笑った。
「内緒だからね?」
口許に人差し指を当てて、朱衣は夜伽に念押しする。
夜伽は力強く頷いた。
「うん、僕と朱衣の秘密だ」
「お願いね。白麗達も知らないんだから。
はい、あーん」
今まで一人でひっそりと食べていたのもあって、夜伽と一緒に食べるご飯は朱衣の楽しみになっていた。
二人でゆっくりとご飯を平らげると、部屋へと戻ることにした。
白麗の部屋の前を通り過ぎるときに、部屋から薄らと明かりが漏れ出ていることに気付いた。
「まだ、お仕事してるのかな」
「……白麗のこと、心配?」
「そう、だね」
朱衣は自分の部屋に入ると、夜伽の入った籠を床に下ろして、布を外してあげた。
夜伽は籠から飛び出ると、衣を脱ぐかのように人の形へと変化する。夕陽の色の髪が流れて、金銀を散りばめた毛先が煌めく。
何度見ても見慣れない光景だ。人と鳥の形は似ても似つかないのに、夜伽はいとも容易く
じっと見ていると、気付いた夜伽がはにかんだので、朱衣は頬を染めて視線を逸した。
朱衣が明かりを点している間に夜伽は火鉢に火を入れた。水を入れた薬缶を火鉢の上にかけて、お湯が出来るのを待つ。
まだ寒い部屋の中で、朱衣は夜伽と寄り添って暖を取ることにした。
上衣は十分着込んでいるけれど、今夜はよく冷える。
夜伽は相変わらず薄い異国の着物を着ているけれど、本人は寒くないと断言していたのでそのままだ。
朱衣は部屋を明るく染める燭台の炎を見詰めながら、白麗を思い出していた。
「白麗とわたしって似てると思うの」
「どこが?」
夜伽が心底嫌そうに顔を歪める。
「似てるんだよ。きっとね、心の深いところが。
だから、放って置けないの」
「……朱衣は、あんな屑じゃない」
「もう。夜伽はどうして白麗のことをそんなに嫌ってるのかな」
夜伽は理由を口にしようと、口を開くものの、少し考えてから口を閉ざしてしまった。
何か二人の間にあったのかもしれない。
「でも、そうね。夜伽と白麗も似ているかも」
「ん?」
「ううん、なんでもない。お湯沸いたみたいだからお茶にしようか」
朱衣は問い詰めるつもりもなかったので、適当に話を濁すことにした。
「うん」
夜伽が来てからはもう
肝心の白麗が何も語ってくれないので、詳しい事情は誰も知らない。
今までも白麗が独断で決めてしまうことは多々あったけれど、ここまで背景が読み取れないことは初めてだった。
夜伽が傍に居ることは不思議と苦ではない。
むしろ、長く一緒に時を過ごした皇子達と居る時と変わらないくらい、心安らかに過ごしていると言ってもいいくらいだ。
唯一違うとすれば、夜伽の『食事』くらいだろうか。
「朱衣」
朱衣を包むように背中から抱き締めて、夜伽が頬を擦り寄せてくる。
夜伽の甘くて熱い声が、耳朶を刺激する。
名前を呼ばれるだけで、体の内が痺れてくる。
朱衣は深く息を吐き出して、頷いた。
夜伽はそれ以上踏み込んでこないため、朱衣も『食事』を赦していた。
他の誰にも話していない。話せそうにない。
朱衣と夜伽だけの秘密だ。
二人の間に雪のように積もっていく秘密。
朱衣は甘い目眩の中で、緑寧の言っていたことを思い出して自嘲した。
こうなることを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。
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