白の皇子は願う。

白の皇子は願う。 1


 ――夢を見ていた。

 昔、お父さんと初めて皇宮に来たときのことを。



 わたしの両親は大陸の出身だった。

 お父さんは大陸で子供達に読み書きを教える塾の先生をしていて、五歳年下のお母さんとはお見合いで知り合ったと聞いていた。

 両親は本当に仲睦まじくて、人目を憚らずに手を繋いで歩くような人達だった


 そんな両親が華羅から国に来ることになった転機は、お父さんが勤め先の塾で危険思想を流布していると疑われたことだった。

 お父さんは危険な思想を広めようとしたことは一度もなかったし、微塵も思っていなかったと思う。

 子供達の未来が明るくなれば、という信念で、お父さんは先生という職を選んだと言っていた。

 けれども、お父さんの信念など大陸の暴君の元では通じず、疑われたらもう牢に入れられてしまうようなもので、弁明の余地がなかった。

 警察が来る前に、人の伝手を使って命からがら逃げ出した両親は、華羅国に亡命することを選んだ。

 まだ、わたしが乳飲み子の頃の話だ。


 それから、頼れる親族も友人もいないまま、両親は華羅国で暮らすことになった。

 平穏ではあったけれど、常に貧しさと隣り合わせの生活だった。

 たしかに、幼い頃はひもじい思いをした記憶がある。

 でも、それを不自由とは思わせないくらいに、両親が愛情を注いでくれていた。

 ――わたしはそれだけで幸せだった。

 

 その生活が一変したのは、お父さんが皇宮で働くことになってからだった。


 鄙びた塾を一人経営していたお父さんに、皇宮から緋色のパオを着た使者が訪れて、こう言った。

「我が国の三人の皇子達にご指導頂けないでしょうか」

 三人の皇子は、すでに二人の先生を辞めさせていて皇宮としても困っている。

 塾を経営されている貴方ならば、皇子達に指導することも難しくないのではないか、そう言って白羽の矢が立った形だった。

 お父さんは再び誰かの先生になれることを喜んだし、お母さんもそんなお父さんを見て喜んでいた。

 暗がりの中に光が差し込んできたかのようだった。



 お父さんは皇宮に行く際に、わたしを連れていくことにした。

 わたしの人見知りを治すことと、皇子達の輪へわたしを入れることで、大人お父さんに対しての不信感を減らすということを目的にしていたのだと思う。

 

「……朱衣です。はじめまして」

「うちの子、可愛いでしょう」

「はぁ……」


 お父さんの足を盾にして、皇子達を覗き見た。

 きらきらして、宝石のような男の子達に目が眩む。

 この子達の誰かがいつか皇様になるのか、と思うと腑に落ちた。

 貧しいわたしとは、生きている世界も違えば、生き物としても違うのかもしれない。 

 そう思っていた気がする。 


 三人の皇子は、わたしとあまり年が変わらないこともあって、人見知りの酷かったわたしも少しずつ心を開いていくことができた。

 特に碧英は人懐っこくて、活発だったので、一緒に駆け回って遊ぶことが多かった。

 紅晶はわたしと同い年だけど大人びていて、あまり自分から遊びに加わることはなかった。

 大体休み時間は、自習して過ごしていることの方が多い。

 でも、腕を引いて誘えば、仕方ないな、と付き合ってくれる。素直じゃないな、と子供ながらに思っていた。



 白麗は――。

 白麗は、いつも遠巻きにわたし達を見ていた。

 雪のように白くて、儚くて、いつか消えてしまいそうな第一皇子。

 何故だか、わたしは白麗から目が逸らせなかった。




「白麗、紅晶、碧英。三人が纏まれば、きっとこの国はもっと良くなるよ」


 初めての授業の日。

 お父さんが皇宮からの帰り道に、わたしの手を引きながらそう言った。

 それから何度もその言葉を繰り返していたから、本当にそう思っていたのだろう。

 


 ねぇ、お父さん。

 お父さんの目に、今の皇子達はどう見える?





 

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