碧の皇子が望む。 2


「ああ。三人も察している通り、あれのことについてだ」

 あれ、というのは夜伽のことらしい。

 視線が夜伽の方に向かう。

 二人の皇子は、怪訝そうな顔をしている。

「この国にはいない容姿をしてますね。どこから拾ってきたんです。異国人? それとも、バケモノ?」

「後者だ。おまけに不法入国」

 迷う素振りもなく一刀両断する白麗に、夜伽からは乾いた笑いしか出なかった。わかってはいることだが、白麗には相当嫌われている。

「へぇ……。また随分美しいバケモノ、だね」

 紅晶は夜伽に近付くと、まじまじと顔を覗きこんだ。兵士の一人が慌てて声をかける。

「紅晶様、危険です。あまりお近付きになりませんよう」

「平気さ。男の容姿をしているということは、男色でもない限り女を誑かすものだろう?」

 紅晶は槍の隙間から、畳まれた扇子の先で夜伽の顎を上げさせる。

 そして、宝石でも鑑定するかのように、夜伽を色んな角度から観察した。


「鮮やかな朱の髪に、金の目。朱衣のところに居たという怪鳥けちょうかな」


 夜伽は返事をする代わりに妖しく笑った。

「はじめまして。第二皇子は柔軟で賢くていらっしゃる。気が合いそうだ」

「バケモノに好かれるのは、褒められたことではないな。でもまあ、ありがとう」

 呑気に夜伽と話始めた紅晶と違い、碧英は今にも掴みかかりそうなほど目を血走らせている。

 まるで、野生に暮らす獣のようだ。


「白麗兄皇子、なんでバケモノってわかってて殺さないんだ! 朱衣のところにいたあの鳥ってことは、朱衣を付け狙っているってことだろ!?」


 白麗は薄く笑みを浮かべるものの、碧英の問いに答えを返さない。

 白麗の隣に居る朱衣が、表情を歪めた。

 目には涙が浮かんで見える。

「碧英、殺すなんて言わないで。わたし、何かされた訳じゃないし、悪い人じゃないと思う」

「朱衣……」

 朱衣が熱心に看病していた姿を見ていた碧英は、胸に小さな痛みを感じた。

 振り返ると、夜伽は槍の檻の中で朱衣を見詰めていた。その視線に籠っている熱に、碧英は苛立ち、焦る。

「せめて檻に入れるべきだ!」

「碧英、檻では意味を持たない。あれは形を変えれるのだから」

 白麗は淡々と、冷静に答える。

 しかし、その態度が今の碧英には気に食わない。火に油を注いだように、怒りが増幅する。

「じゃあアイツを野放しにするつもりか!?」

 紅晶が立ち上がり、碧英を宥めようと背を撫でた。

「碧英、落ち着いて。白麗兄皇子は考えがあって」

 しかし、怒りに狂った碧英の耳に、紅晶の言葉は届いていないようだ。

 背を撫でる紅晶の腕から逃れるようにして、白麗を支える朱衣の元へ大股で歩く。


「朱衣、行くぞ!」


 そして朱衣の腕を掴むと、強引に引っ張った。

 朱衣は小さく悲鳴を上げて、たたらを踏みながらも、碧英に半ば引き摺られるようにしてついて行く。

「碧英っ! どこに行くつもりだ!」

 白麗が朱衣へと腕を伸ばすけれど、体の自由が利かずに寝台から落ちそうになる。

「白麗っ」

「白麗兄皇子」

 紅晶が慌てて、落ちそうになった白麗の体を支えてやる。

 碧英は、止めようとする兵士の壁を一睨みして退かせた。

 そして、部屋を出る前に振り返ると、

「兄皇子達には任せておけない。朱衣は俺が守る」

 と堂々と宣言をして、足音を立てながら出て行ってしまった。


「やれやれ、末の皇子は短気だなぁ」


 夜伽は右膝を抱えると、そこに頭を乗せて目を閉じた。




「待って、碧英」

 碧英は長い足で先へ先へと、早足に進む。

 息を切らしながらも付いてきた朱衣は限界を迎えて、足を縺れさせて前のめりに倒れてきた。

 碧英は抱きしめるように受け止めると、そのまま軽々と横抱きにして歩き出す。

 ついに碧英はくつを履いて、外へ出てしまった。

「碧英、どこに行くの?」

「さあ」

 まだ苛立っているのだろうか。

 下から見上げる顔は、どこまでも真っ直ぐ前を見ていて、視線すら交じ合わない。

 碧英は朱衣を抱いたまま厩に赴くと、愛馬のきょうの前で、藁の上に朱衣を一度下ろした。

 乾いた藁から、いっぱいに浴びた日の匂いがする。

 碧英は何も語らずに、慣れた手付きで梗の背に鞍や轡、鐙を付けていく。

 そして厩の壁にかけてあった弓矢を背負い、外套を纏うと、朱衣にも着せた。


 ――一体、どこまで行くつもりなんだろう。


 朱衣を先に馬に乗せてから、碧英も朱衣を抱えるようにして乗る。梗は嬉しそうに嘶くと、颯爽と駆け出した。

 外套を着ていても、入り込んでくる風が冷たい。

 口から吐き出された息は真白で、風に乗って流されていく。

 朱衣達を乗せた梗は王宮を抜け、しばらく街道を走ったあと、脇道へと入っていった。

 それからどのくらい走っただろう。

 自然が多くなってきて、今まで遠く望んでいた山が近く感じる。人とすれ違うことも無くなってきた。

 朱衣は見たことのない風景に、周囲を見回している。碧英にはその姿が小動物のように見えて、吹き出した。

「もう、笑い事じゃないのよ! 碧英ってばどこに行こうとしてるのか教えてくれないんだもの」

「どこかに行こうって決めてた訳じゃないんだけどな」

 そう言いつつも、迷っているようには見えない。

 梗も道を真っ直ぐ突き進んでいく。

 どこか一つの場所を目指しているとしか思えなかった。


 やがて道は人が通っていないであろう、草花の生い茂る獣道になり、背の高い木々が視界を占めるようになってきた。

 下生えの植物達と違い、頭上に枝を伸ばす木々は葉を落としていて寒々しさを感じる。

 朱衣は、幼い頃に皇宮でお世話になることになってから、あまり皇宮の外に出ることはなかった。

 華羅から国は小さな島国だ。昔白麗達は馬と、のんびり二日かけて島を周ったことがあると言っていた。

 のんびりで二日なのだから、駆ければ一日もかからないのだろう。

 それでも、朱衣が知っているのはその小さな島国の極一部なのだと思い知る。


 やがて、枝の屋根から抜けると、一気に視界が開けた。

「わぁ……」

 思わず、感嘆の声が漏れた。


 そこは木々が開けて、ぽっかりと丸く切り抜かれた空間だった。

 冬の薄く澄んだ青空。聖なる山とされている、至色ししきさんが間近に見えて、圧倒される。

「そう言えば、朱衣のくつを忘れたな」

 碧英は軽い身のこなしで梗から降りると、着ていた外套を脱いで敷いた。

「朱衣、降りて」

 碧英は両腕を広げて、笑顔を浮かべている。

 馬に乗り慣れていない朱衣は、降り方がわからず、仕方なく碧英の胸に飛び込む形で降りた。

 碧英は愛しそうに抱き留めると、朱衣を壊れ物のように、敷いた外套の上に座らせる。

「碧英は寒くないの?」

「平気。俺は頑丈だし、誰かさんと違って」

 その誰かさんは今頃お怒りだろうと思うと、皇宮に帰るのは少し怖い。

 碧英は兵士と変わらないくらい、背も高く体付きも逞しい。確かに、他の二人の皇子に比べたら頑丈なのかもしれない。

 それから碧英は梗の鞍と轡、鐙を取ってやると、梗を野原に放ってやった。

 梗は嬉しそうに駆けていき、下生えを食み始める。

「ここ、よく梗と来るんだ。俺の秘密の庭。

 春になるとさ、小さな青い花が一面に咲くんだ。青空と、その青い花に囲まれているとき、悩み事が全部吹っ飛ぶ」

 碧英の愛する景色を想像してみる。

 春にはきっと周りの木々も青々と葉を生い茂らせていることだろう。

 この日常から切り離された穴のような空間で、時折春の風に吹かれながら青の世界に浸る――。

 それは、とてもとても心地よいことだろうと思う。

 碧英は、朱衣の横で敷いた外套の上に寝そべった。

 幼い頃を思い出して、碧英の前髪に触れる。

 碧英は他の皇子達と違って、朱衣の後をよく付いてきた。

 朱衣が白麗を兄のように慕っているように、碧英は実の弟のようで可愛い。

 


「ずっと、朱衣をここに連れてくるのが夢だった」


 碧英は毛先を遊んでいる朱衣の指先を捕まえると、そのまま引き寄せた。

 体勢を崩した朱衣が、碧英の逞しい胸に倒れ込む。

「……碧英?」

 あの小さかった碧英は、今や誰よりも大きく逞しい。



「俺が守るから。だから、一緒に皇宮あそこを出よう。

 なんだったら、この国から出てもいい。俺、朱衣となら何処へでも行ける。何にでもなれる。


 だから――」



 その言葉が、冗談ではないことは痛いほどにわかる。

 けれど、朱衣は首を横に振った。

 

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