第50話

 学校から少し離れた場所にある公園で、俺とジルガはボールが地面に着いたら負けという中学生みたいな遊びをしていた。

 ちなみに凛花はバンドの準備があるから別行動。そしてジルガはもう追い回されるのは嫌だ。俺も凛花が居なくなって暇になった、という理由でだ。


「あいっかわらずボールタッチが繊細だよなぁお前。どんな練習したのか教えてくれよ」

「特に大したことはしてねぇよ」


 ジルガから貰ったボールを左足でリフティングし、空中にあげてから右足で返す。

 素人なら、いや、ある程度サッカーをかじった奴でも絶対に取れない球速だったはずだが、簡単に胸トラップしてから頭に乗せて完璧に威力を殺す。


「嘘コケ〜。お前は俺や凛花ちゃんみたいな天才タイプじゃねぇって事は分かってんだ」

「そういうのってわかんの?」

「まぁな。同種には同種でなんか分かるんだよ。凛花ちゃん見たときも『あ、コイツ俺と同じだ』って分かったもん」


 そう言って頭に乗せていたボールを落とし、ワザと取りにくいボールを渡される。それをアウトサイドでトラップ。肩で静止させる。


「へぇ…まぁ凛花とお前が同種でも、お前が凛花を奪おうとするのなら遠慮なくぶち殺…止めるからな」

「分かってらぁ。ありゃお前にゾッコンすぎる。俺なんか眼中にもねぇだろうよ。まぁ恐らく、あの子はお前以外に惚れる姿は想像つかん」

「ふっ」


 そんなことを言われると少しだけ嬉しく感じてしまうものだ。肩から上に上げて、ヘディングして返す。


「つかさぁ、お前学校で俺のチームに入るの言ってねぇの?」

「まぁ…必要なくなったからな」


 なんだかんだ体育祭でそれが必要なくなってしまった。自分から言っても良いが

『なぁなぁ、俺って高校卒業したらプロになるんだぜ?』とか言ったら確実に人間関係に亀裂が入るだろうから、言わなくても良いことは言わない。


「勿体ねぇな〜。モテる…あーそっか。お前モテるとか興味ねぇもんな」


 その辺の高校生が言うのならばクソ腹立つだろうが、正直なところ俺はそれに当てはまる。

 別に見栄を貼ってる訳じゃなく、冗談抜きで凛花に好かれていればそれで良いと思ってるからだ。


「そういうこった。っておい…そろそろ終わりにすんぞ。ライブが始まる」

「おっ、了解っと」


 かれこれ20分は続けていたんじゃないだろうか。ジルガは最後に空中に向かってボールを蹴り上げる。その高さはビルの4階にも到達しそうな場所だった。


「ほいっ」


 それをいともたやすくトラップして、何事もなかったかのように荷物を置いてる場所に歩き出す。


(ホント…腹立つ…)


 天才ジルガはやろうとしたことがすぐに出来てしまう。もっと凡人恭弥を労って欲しいものだ。


………

……


「キモッ…不審者かよ」


 バンドが行われる体育館。当然最前列でパイプ椅子に腰掛けた俺だったが…何故横に変装したジルガが居るんだろうか。

 しかもメガネはまだ分かるのだが、ニット帽にマスク、黒の服に全身を固め、不審者と言われても文句が言えない格好だった。


「うっせぇ…!!こうでもしなきゃ侵入できねぇだろ…!」


 小声で悲痛の叫びを上げる。

 確かにジルガなんていう有名人は、こうでもしないとファンに追い回されてしまうだろう。


「つかなんでついて来てんの?」

「パリピの俺に一人で寂しく文化祭を回れと?そんなの断固嫌だね…!かといってホテルに戻るとなんか寂しいし!」

「あっそ…」


 なんかコイツの話に興味がなくなってきた俺は適当な返事を返すと、照明が一気に暗くなる。


「おっ…」

 

 来た。


『ただいまより、1年4組のバンド演奏を開始いたします』


 そんな校内放送と共に、閉じていたカーテンが一気に開く。そのステージに立っている人物たちに向けて、観客たちは声援を送る。

 まぁもっとも、その声援は凛花に向けられたものだろうが。

 そして、何も言わずに一曲目がスタートした。


「すっげ…」


 思わずそう呟いた。凛花は本当に何でもできる。楽器だろうが勉強だろうがスポーツだろうが、出来ないものなど無いと断言出来る。

 それが70点の程度なら、中学時代の俺も嫉妬なんてしなかった。だけど凛花は、いつも120点のものを叩き出す。


(でもなぁ…やっぱ…)


 だが…今の俺の気分はどうだ。とても晴れやかで、とても嬉しい。「どうだ俺の彼女は!すげぇだろ!」と叫んでやりたい。

 何で俺の中で、その嫉妬心が消えたのか。理由は簡単だ


(そんなのどうでも良くなるくらい…凛花の事が好きになっちまったんだろうな…)


 好意が嫉妬心を喰い殺して、俺の好意は中学より大きく膨らんでしまったのだから仕方ない。


「あっ…」


 ベースをしている凛花とチラリと目があった。その際見せた微笑みの顔に、俺は思わず顔を赤くするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る