第45話

「もう殺せよ…」

「ふふっ、最後の歩を取ったら潔く殺してあげるわ」


 翌日、俺は凛花と将棋で遊んでいた。風邪がぶり返しちゃいけないので、外で遊ぶのは控えるのだ。

 だけど…凛花はあらゆる分野において天才だ。


 将棋のルールを読み終えて、1局どんなもんか試し、そして2局目にして俺を完封している。今ももう王様と1人の歩しかおらず、凛花の陣地にはかつての俺の味方の大軍が大勢押し寄せている。

 酷すぎない?


 あ、ほらもう歩がとられた。


「ま、負けま…」

「諦めない限り、人の道は切り開けるものよ?諦めたらそこで終わりなの。最後まで諦めないのが重要だと思うわ」


 時には諦めも肝心という言葉も存在するのに…しかもそんな綺麗事、微塵も思ってないくせに何を言ってるんだ。


「ふぐっ…」


 俺は泣く泣く王を動かす。


「王手」

「……」

「王手」

「…」

「王手」

「」

「はい、王手。これで詰みね」


 もうヤダこの人。俺のプライドとかそんなの関係なしにズタズタに引き裂いてくるんだもん。


「ふふん、偶には私にも恭弥を思い通りにする権利は無いとね」

「……まぁそうだよな、お前いつも俺の言いなりだしな。特に夜とか。偶にはお前にもこんな機会がないと拗ねちまうもんな?」


 負けた腹いせだとか言われても構わない。それは事実なのだから。


「なっ…!そんな事は…!」

「アレ…?なぁ凛花、頭になんか着いてるぞ?」

「えっ…?嘘…」


 俺が自然に頭に手を伸ばして、優しく撫でる。


「ぁっ…」


 凛花は嬉しそうにしながらそれを受ける…が、数秒後それをやめる。


「えっ…」

「ん?どうした?」

「あ…あの…も、もう一回…」


 コイツは既に俺に主導権を握られているという事に気づいていないんだろうか。


「はっ…!ちょ、今のなし!!ノーカンよ!」

「ノーカンっすか…?」


 どうやら正気に戻ったらしく、俺にそう抗議する。そんな凛花に呆れていると、部屋がコンコン、とノックされ、とある人物が入ってくる。


「こんにちは〜恭弥君。なんかまた身長伸びた?」

「こんにちは日波ひなみさん。お邪魔してます」


 凛花とはまた違う、ホワホワとした雰囲気だが、それでもガッツリ凛花と面影がある顔立ちを持つ女性は、凛花の母親である日波さんだ。


「いいのよ〜、もうね、ウチの凛花は夕食の時なんかもいつもいつも恭弥君の事ばかり話してるのよ〜?本当に恭弥君が大好きなんだから」

「ちょっ!!ちょっとお母さん!!」


 凛花は必死に日波さんを黙らせようとするが、この人は制御不能、諦めて喋らせておいた方が良いのだ。


「俺も凛花の事が大好きですよ」

「ちょっと!!恭弥まで悪ノリしないでよ!」

「本心だが?」

「うっ…ううっ…!」


 凛花は唸る事しかできなくなったようだ。


「ふふっ、若いって良いわね〜」


 そんな感じで俺ら2人で凛花の事についてワイワイと談笑していると、下の階からドタドタと音が聞こえてくる。


「こらぁ!!お父さん抜きで楽しそうに話してるんじゃない!!」


 そう言いながら涙目で現れたのは、凛花の父親である仁さんだ。


「仁さん、お邪魔してます」

「うむ、こんにちは恭弥君。なんの話をしていたんだい?」

「今は凛花の幼稚園時代のことですね」

「ほぉ、幼稚園時代か。あの頃の凛花も可愛かってぞ〜。あ、そういえばアルバムがあるから見るか?」

「是非お願いします」


 願っても居ないチャンス到来。この親バカ2人を味方につけておいて良かった。


「お父さんまでそんなこと…!」

「まぁまぁそう言うな凛花。今度俺のアルバムも見せてやっから」


 流石にいじめすぎたか?と思いつつ、交渉材料として等価なものを提示する。


「ホント!?絶対に見るわ!!」


 ほんとチョッロいわウチの彼女。多分俺が風呂入ってる時の写真とか十万で売れそうな気がしてきた。


………

……


「うぉぉっ…」

「ふふん。どうだい?ウチの自慢の娘は」


 幼稚園の頃の凛花の写真。この頃はよく笑う純粋無垢な子供で、それに思わず胸をやられる。

 完全記憶能力など無い俺だが、こればかりはとんでもないスピードで頭に入って永久保存される。


「可愛いっすね…」

「だろう?」


 パラパラとめくって行く。次に小学校低学年、中学年、高学年と上がって行くにつれ、徐々に、徐々に凛花の笑顔が消えていった。


「なんか…隠し撮りみたいですね…」


 その写真も凛花がカメラ目線になっている事は無く、なにかと隠し撮り臭かった。


「うぐっ…だって凛花ちゃんが嫌がるんだもん…でも娘の写真は写しておきたいじゃ無いか!!」


 流石親バカだ。流石の俺も娘や息子に隠し撮りなどをすることはない………と思いたい。


「いやぁね…この頃からかな…凛花が男の人を信用しなくなってきたのは…」

「小学生ですよね?」


 小学生で男信用しなくなるとか…。


「うん。小学生って良くも悪くも純粋だからねぇ…凛花ちゃんがいじめられかけた事もあったんだけど、逆に返り討ちにしちゃってさ…」

「ぶふっ!」


 安易に想像がついてしまう事が恐ろしい。


「中学になったら、もう殆ど笑うことなんて無くなっちゃってさ……でも、3年の夏辺りかな。恭弥君の事を話し出してさ、だんだん昔の笑顔が戻ってきた。それで、今ではあんな風に笑うようになった。本当に感謝してるよ。恭弥君には」


 仁さんは小さく微笑みかけた。


「いえ…そんな大したことはしてません。俺はただ凛花に惚れて欲しかっただけですから」

「それが凄いよ。凛花ってば大の男嫌いだから、もしこのまま誰とも結婚しなかったら…って考えると、やっぱり親としても心配だったんだ」


 親として、やはり娘には結婚してもらいたいと願うものなのだろうか。俺にはまだ分からないが、いずれそんな風に思える時が来るだろう。


「だけど今は、心の底から信頼できて、愛せる人が居る。しかもその人は、凛花のために血の滲むような努力をしてきた人だった。親として…これほど嬉しい事はないよ。本当に、ありがとう」


 そう言って俺に頭を下げた。


「大袈裟ですよ。俺はただ、好きな女を惚れさせたくて男磨きをやった何処にでも居るありふれた奴です。


でも、そんなありふれた奴でも、凛花を幸せにします。悲しむ暇が無いくらいに幸せにします」


 それは確定事項であり、この先揺るがぬ事は無いと確信を得ていた。


「娘をよろしく頼むよ」

「はい」


 俺は力強く頷き、答えを返した。

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