第38話

「勝負は体育祭で行われる選抜リレーだ。運動が得意な君は受けるだろう?」


 大勢の前での公開的な勝負の申し込み。宍原さんは余裕がある笑みを浮かべた…が…。


「え?嫌ですよ?」

「はぁ!?」


 周囲も『え?』という反応をしてるけど、これが普通だからね?なんで俺が下らないイザコザに時間割いて凛花と居る時間を減らさなきゃなんないの?

 こんなの百害あって一利無しじゃん。


「ふっ、そうか。自信がないから君はそうやって逃げるんだな」


 んなガキの言葉に耳を貸す必要性は無い。宍原に背中を向けて歩き出す。


「待て!!逃げるのか!?」


 逃げるってのも戦略の一つだし別に良いだろ?つか俺早く帰って凛花といちゃつきたい。


「僕は諦めないぞ!!決して君から凛花を奪い返してみせる!!」


 あっそ、と心の中で興味のカケラもない言葉を呟きながら、俺と凛花は普通に帰宅した。


………

……


「中々おもしれぇ事になってんじゃねぇか、恭弥よ」

「面白くねぇよ。つか話広がってんのかよ…」


 学級委員長の鬼林が、黒板の前に立ってニヤニヤしながらこちらを眺めてくる。黒板には『選抜リレー参加者』という文字が記載されており、その中には春馬や龍弥、陸上部の面々などの足が早い奴らが記載されていた。


「おうよ。ってか結構有名になってんぞ〜。短距離で陸部のエースの宍原先輩と恭弥のリレーマッチ」


 チッ、と軽く舌打ちをする。最悪の状況だ。これで俺が逃げれば凛花に面目が立たず、受けるしか無くなってしまったのだから。


「諦めろ恭弥、ここまで広がったんだから受けてやれよ先輩とのリレー。それとも何か?もしかして自信ないからめんどくさいとか言う理由つけて参加しないのか?」


 ピクッ、と肩が反応する。


「あーあ、それなら工藤さん奪われるかもな〜。いや噂によれば工藤さん恭弥にゾッコンらしいからそれはないにしても、宍原先輩を軽く見直す事はあるかもな〜」


 チラリ、チラリと見てくる。しかも、そんな鬼林に賛同する者も現れる。


「そうだそうだ!!俺が認めた恭弥ならぶっちぎり一位取らなきゃ許さないからな!!」

「あの先輩に工藤さんとられても良いのか!」


 そこで‥俺の我慢の限界が来た。


「うるっせぇんだよテメェら!!選抜リレーでぶっちぎりで1位とってやりゃ良いんだろ!?んなもん余裕だわ!!任せとけ!!」


 力任せに、だが絶対に1位を取る確信を持ってその言葉を出すと、クラス内が歓声で包まれた。


………

……


「で?勝負受けたと」

「いやぁ…面目ない。だけど絶対に1位取る」


 昼休み、凛花は屋上で体育座りをして、その膝に膝を乗せ頬杖をついて俺の方を呆れながら眺める。


「はぁ…アンタの組の方が騒がしいと思ったらそんな騒動だったのね。でも気をつけなさいよ恭弥。あの人結構良くない噂とか聞くから」

「良くない噂…ってのは?」

「友達が宍原先輩と同じ中学校だったんだけど、その人が言うには、中学校の時、当時宍原先輩が狙ってた女の子が居たらしいの。だけどその女の子は、宍原先輩の友人と付き合ったらしいの。


 そして宍原先輩は、『お前には釣り合わないから彼女を寄越せ』と迫ったらしいわ」

「は?」


 え?嘘。マジで?ヤバすぎじゃないですか?いやあくまでも噂だけどさ、昨日あんなヤバイ言動見せられたら納得してしまいそうだ。


「当然納得がいかなかった当時の彼氏と喧嘩になったらしいわ。そのあとのことはその子もあんまり知らないみたい」

「へぇ…すげぇ問題もあったもんだな」

「えぇ、だから気を付けてね。もしかしたら宍原先輩が恭弥に何かするかもしれないし…」


 凛花は捨てられた子猫の様な綺麗な瞳を向けてくる。


「やっべぇ…今なら50メートル走4秒で走れる自信がある」

「うん、アンタが言うと冗談に聞こえなくなるから辞めてね?」


 流石に俺も通常で4秒は無理よ?なんせ世界記録でさえ5秒半だしね。だけど…ねぇ?こんな可愛い彼女のこんな顔見せられたら、余裕で走れそうな気がしてきた。


「よーし、頑張るか」


 俺は気合を入れて、体育祭に臨もうとするのだった。

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