第31話

「んっ!!」


 ドゴンッ!!と音をたててボールがゴールに吸い込まれる。既にボールは何十球もゴールの中に転がって居た。


「はっ…はっ…はっ…」


 炎天下のこの日差しの中で滝の様に流れる汗を拭いながら、カゴの中からもう一球ボールを取り出そうとしたその時だった。


「おう恭弥、それくらいにしとけや。この炎天下だからバテるぞ」


 ここは湿気の多い日本じゃない。カラカラとしたら暑さに加えて、最高気温は四十度。いつ熱中症になってもおかしくない気温だ。


「体調管理はしっかりしてる。それより何しに来た。今日は練習夜からなんだろ?」

「それを言うならテメェもだろうが」


 気温の都合上で、夜から練習だと言われてるのにこの練習場に来てる馬鹿二人。

 ボールを足元に転がして、ヒールリフトで空中にあげてからのズドン。綺麗な縦回転を描き、地面から上に上がる様に軌道が逸れていく。


「ひゃー…俺もそこまで正確には打てんわ」

「お前に言われても嫌味にしか聞こえねぇんだけど」


 凡人の俺と天才のジルガ。今俺ができる技術を数年後、数ヶ月後、下手すりゃ明日、もしかしたら俺が手本を見せた事で出来る様になったかもしれない奴に、そんなこと言われても…ねぇ?


「ま、んな事よりもよ、お前に良い知らせだ」

「ん?」


 良い知らせ、と聞くとかなり期待をしてしまう。


「ウチのチームがお前と契約したいそうだ。契約金は日本円で3000万で。最大5000万までいけるらしい」

「そりゃまた随分と…ファンタジーな話だな」


 俺はまだ高校1年。つい半年前まで中学生だったやつだ。そんな奴がいきなりプロの世界で、契約金が5000万だとか言われてもファンタジーの世界だと思ってしまう。


「条件としてはお前が高校卒業と同時にこっちに来てくれれば良いだけ。そして、お前が春休みだとか夏休みだとかの長期休みでコッチに来る際の費用も全額負担」

「わぁ…なんか凄すぎて話についていけない」

「イタリアじゃこれくらいは普通だぜ? 俺も契約金2000万で引き抜かれたし」


 すっげぇ…流石サッカー大国イタリア…。


「ってな訳だ。どうする?」

「受けるよ」


 即答だ。凛花の許可はとっくに貰ってるし、何より俺はそれがやりたくてこの練習に参加した。


「っしゃ! よく言ってくれたな恭弥!!」


 ジルガは強引に肩を組んでくる。正直気持ちが悪いから離れてほしい。


「んじゃ、お前がここに滞在出来るあと1週間、徹底的に色んな練習増やすからな。覚悟しろよ?」

「………おう。そこでなんだがよ、試したい技があんだよ」

「おう、なんだ言ってみろ」

「例えば…」


………

……


「というわけだ凛花、俺のプロ入りが決定した」


 練習が終わり、ホテルのベッドにてそれを話す。

 おっと待て。まだやらしいことはしてないからな?普通に話してるところがベッドなだけだからな?


「凄いわね。撫でてあげる」

「っ…それは後にしてください…」

「くっ…」


 あっっぶねえ!!いつのまに母性なんていうクソエゲツない武器を身につけたんだよ俺の彼女は!!条件反射で頷きそうだったじゃねぇか!!


「そこでですね、私恭弥、イタリアに滞在出来る最終の日は休みを取りました」

「ふんふん…」

「そこでですが、私はその…凛花と観光に行きたいです」


 だけど、凛花の目は冷ややかだった。


「本音は?」

「本当は凛花とイチャコラしまくるデートがしたいです!!そしてあわよくば食べさせ合いっことかしてそれ写真とかに納めて宝物にしたいです!!」


 どうやら俺がどれだけ取り繕おうとも本心を隠すことはできないようだ。


「ひ、引いたか?」


 凛花の顔をチラッと見るが、まるで嘲笑うかのように笑った。


「ふっ…大丈夫よ恭弥。私も同じだから。だからたくさんイチャコラしましょ」


 ポン、と俺の肩に手を置いてそう言ってくる。

 こんな場面を親衛隊に見られでもしたら発狂もんだろうなぁ、と考えていると、イタリア合宿7日目は終了するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る