第28話
『ジルガ』
俺は長らく開いていなかった画面を開く。殆どはジルガからサッカーをしようというメッセージで、俺から話題を振った事は殆どない。
そんな俺が唐突にジルガにメッセージを送った。
『おやおや?どうしたのかね恭弥君』
直ぐに既読がつき、煽る様な文面が返ってくる。
『お前のチーム、シュヴァルツァーの練習に参加していいか?』
直ぐに既読がつく。だが少しの間メッセージは送られてこない。
『…まぁ、俺としちゃ超嬉しい。だけどどういう風の吹き回しだ?』
そりゃ今まで誘いを断ってきた奴が急に受けるなんて言ったら腹も立つし、その返事は当然だ。
『一つは恋人の為だ。俺がそいつに釣り合う様になるためにってのと、俺がどこまでやれるのか知りたくなった』
俺は凛花に嘘をついたのかもしれない。凛花の為というのは本当だし、それは揺るがない。
だけど、プレイしていて、自分が点を決めた時、相手をスピードや技術で抜き去る高揚感。
アレは、俺が凛花の為とかじゃなく、心の底から楽しめるものだった。俺の技術が世界で通用するかどうか、それを知りたかった。
『OKだ。待ってるぞ、エース』
『おう』
………
……
…
ってな訳で俺のイタリア行きが確定した。俺はワクワクするものには早く取り掛かりたい主義で、凛花もやるべき事は早めに終わらせたい主義なので、俺らはイタリアに行くための準備を整えていた。
とは言っても、過去に何度か2人で旅行とか行ってるので、割とすぐに準備は完了した。
「というか…2人で海外って何気に初じゃないか?」
最近だと京都とか、その前だと奈良とか行った事はあるが、海外とかは何気に初めてなのだ。
「そうね。しかもイタリアには結構長い間居るんでしょ?」
「まぁな…。宿泊費もチームが出してくれるし」
宿泊費どころか、色んな面で俺を優遇してくれるチームだ。恐らくジルガがなんかしたんだろう。
「というかあんた進路どうすんの?プロチームとか…普通の何倍も稼げるでしょ」
サッカーなんていう世界的にメジャーなスポーツ。一流選手の為に数億円が動くなんてのはザラにある。
それができる技術があるなら、迷いなくその世界を選択するだろう。だけど…俺は。
「ま、俺は迷い中だな。国外でサッカーやるとしても、それだと凛花と遠距離になっちまうもんな…」
海外のチームの利点は、やはり強いところだ。ハイレベルな場所でサッカーは出来るが、凛花とは離れる事になる。
「私はT大に行くわ」
「凛花なら余裕で行けるだろうから無理とは言わん」
日本最難関の大学を志望する様だ。つかそうなったら…かなり離れるな。うん。
「離れるな…割と結構…」
「………そうね…」
俺は自分の為にそれを捨ててこっちに来い、なんてのは言えなかった。もしかしたら、それが原因で凛花のやりたい事を遮ってしまうことになってしまうかもしれないからだ。
俺が来いといえば、凛花は二つ返事でOKする。俺に悟らさない様、自分の自由を潰してしまうかもしれない。それが何より怖かった。
「………」
「………」
しばらくの間沈黙が続く。
「………嫌」
ポフン、と凛花は俺の胸に抱きつく。
「嫌よ…離れたくない…」
「…昔なら想像つかないな…この絵は」
俺がサッカーでプロになりかけて、離れ離れになるかもしれない状況で、凛花が嫌だと言う姿。昔の俺は絶対に信用しない光景だ。
「あ、私がイタリアの大学受かれば解決?」
………ん?
ちょっと待て、あかん事に気づきおったこのお嬢。
「待て凛花落ち着け、そもそもな?お前はT大を受けるんだろ?それにそこの大学受験すんならイタリア語を完璧に覚えないとダメだ」
「恭弥が居ない日本に興味無いわ。それに私、覚えようとしたらすぐに覚えられるの」
そうだったよ。凛花は普通に天才なんだよ畜生。
「凛花、俺のためにお前の人生を狂わしたく無ぇんだよ。だから…」
俺も我慢するからお前も我慢してくれ、なんてことを言おうとしたが、それはすぐに遮られる。
「私が勝手にイタリアに行きたいと思ってるだけだから大丈夫よ。それとも何?イタリアに浮気してる相手とか居るんだ?」
「安心しろ、俺は凛花一筋だ。そもそもイタリアに行った事ないしな」
そこは安心と安全と恭弥様だ。
「なら決まりよ。わたしは将来イタリアに行く。良いね!?」
「うっ…はっ…はい…」
そう言うと、凛花は満足そうな笑みを浮かべるのだった。
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