第26話

「なーんで今思い出した?」


 俺は昔のことを思い出して、少し思い出に浸って居た。

 場所は自販機があるスペースのベンチ。飯も風呂も終わり、消灯時間まで自由にして良いらしいが、男子は二階、女子は三階のスペースから殆ど動かずに居る為、ここに居るのは俺1人だけであった。


「…懐かしい…」


 思い出に浸りつつも、俺はベンチの裏から近づいてくる気配に気づきながらも放置していると、数秒後、俺の目が隠される。


「だーれだ?」

「……工藤さん」


 少し意地悪をして言ってみる。


「え?ちょ、なんで昔の呼び方なの?」


 当然困惑し、俺は凛花…工藤さんの方を向く。


「こんなところにどうしたの?工藤さん」

「ちょっ、辞めて。距離感感じて死にたくなるから」


 あらら、そこまで言うなら辞めるしかないな。


「すまんすまん、ちょっとしたお茶目だろ」

「むぅっ…」


頬をリスの様にぷっくりと膨らませる。

何それかわいい。


「うりっ」


その頬をぷにっ、と押してみる。

柔らかい。


「むぅぅっ…ん!」


 やられっぱなしは性に合わないのか、俺の頬を指で押し返す。お互いに頬を指で押している状態だ。


「ははっ」

「ふふっ」


 数秒後、お互いが笑い合い、凛花は密着する様にベンチに座った。


「やっと会えた」

「そうだな」


 どうやら凛花も考えて居たことは同じらしい。


「ねぇ恭弥、一回体育館行かない?」

「ん?まぁ良いけど…」


………

……


 体育館なら覗かれたり、誰かが入ってきたらしたら一発で分かるが、電気がついてることはモロわかりだ。

 だからカーテンで閉めて、俺と凛花はお互いができるスポーツであるバレーの基礎的な対人パスを行なって居た。


「なぁ凛花」

「何?」

「俺はさ、まだ凛花と釣り合ってない気がするんだわ」


 凛花のボールをレシーブしながらそんな声を出すと、凛花の顔が歪む。


「凛花がどう思おうが関係ない。俺が納得行ってない」

「だったら何?別れるとか言うわけ?嫌よ。別れてたまるもんですか」


 凛花の顔は、今にも泣きそうだ。


「別れるかよ。こんなクソ可愛い恋人と別れるとか、未来永劫あるわけねぇだろ」


あ、ちょっと機嫌直した。


半分結婚の告白とも取れるその言葉を放ってしまうが、凛花はまだその意味に気付いて居ない様だ。


「じゃあ何よ…」

「あー…その…アレだ。お前に隠し事してた様で謝るが、俺さ、サッカーでイタリアのプロチームにスカウトされてんだ」


 凛花はバレーボールを持って、驚いた様に目を向ける。


「マジで?凄いわね。さすが恭弥」

「そりゃどうも。最初は断ろうと思ってたんだ。海外に行けば凛花と遠距離になっちまうし、それは…嫌だ」


 遠距離恋愛によって浮気の可能性…というのはあまり考えてない。凛花はそんなことしないと確信を得ている。嫌なのが、凛花と直接触れ合えなくなる事だ。


「だけど、凛花と釣り合う人間になるには、プロサッカー選手くらいのステータスは必要だと思ったんだよ」


 俺にとって凛花は最愛の彼女であると同時に、未だに俺が釣り合ってるとは思えないほどの高嶺の花だった。だから、これを利用したい。


「林間合宿終わってから、俺はそのチームに行ってみようと思ってる。だけど…その…1人でイタリアに行くのはその…寂しいと言いますか…」


 だんだんと歯切れが悪くなっていく。それを察した凛花は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。


「どうしたのかしら。私に何をして欲しいの?」

「だぁああ!もう言うよ!!凛花もイタリアに来て欲しいです!!出来れば同じホテル、同じ部屋に泊まって欲しいです!!」


 欲望丸出しのクソ恥ずかしいのを叫ぶ。


「ふふふっ、良いわよ〜。行ったげる。全く仕方ないわねぇ恭弥は」


 クソッ…どうせ俺が1人で行くとか言い出したら駄々こねて一緒に行くとか言い出したくせに…。


「それで?話はそれで終わりかしら?」

「あぁ。俺が話しておきたい事は話した」


 そう確認を取ると、凛花はドスドスドスと歩いてきて、俺を壁に押しつけて逃げ場を無くした。


「は…え…ひゃい!?」


 ドンっ!と壁を叩く壁ドン。それに驚きながら目を向けると、色っぽい表情で俺を見てくる。


アレ?この目って…。


あ、ちょっと待って…。


「ちょ、ちょっと待ってください凛花さん?まさかここでヤろうとしてないですか?幾らなんでもそれは流石に…ねぇ?」


 ホテルなどでとかは普通に経験はある。だが、学校行事でそんな事をやった事は一切ない。


「あら、風呂上りで少し火照った状態で出歩いて、私を2人きりの場所に来て、それにさっきの言葉、誘ってるとしか思えなかったんだけど?」


 いやさっきの言葉はまぁ仕方ないなしろ、前半に全くそう言った意図は御座いません!!


「流石に外ではハードルも高いし虫も多いし見つかるリスクもあるから嫌だけれど、定番の体育倉庫があるじゃない」


 クイッ、と、俺と凛花が最初の集合場所にしていた体育倉庫を指差す。


「安心して。ちゃんとポケットの中に…ほら」


 取り出したのは、輪っかのシルエットがある5枚の銀紙。待ってください。なんでそんなの持ち歩いてるの?


「ほら、行くわよ」

「え…あっ…ちょっ…いやぁあぁあああ!!!」


………

……


「なんか恭弥の奴遅くね?」

「遅いな。他の部屋で寝てんじゃね?」

「あー、ならもう俺らも寝とこうぜ」

「あいな。おやすみー」

「おやー」

「おやすみ〜」


………

……


「なんか工藤さん遅くない?」

「あ、工藤さんなら先生と話があるから先寝てたって言ってたよ?」

「あ、マジ?じゃあ先に電気消しとこっか」

「じゃあそのあと恋バナしよ?」

「良いねそれ!」


………

……




誰か俺を助けてください…

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