第25話

『好きです!!付き合ってください!!』


 俺にとって初恋の相手である凛花に、中1の秋に告白した。成績は優秀、運動神経も良く、才色兼備の凛花の人気はその頃から高く、最初は俺も、凛花が言う有象無象と変わらなかった。


『無理』

『うぐっ…』


 わかって居た事だが、即答で断られた。すると凛花は、一つため息を吐いた。


『アンタらさ…なんなわけ?そんなに顔がいいからって私と付き合いたい?』

『え…いやまぁそれもあるだろうけどさ…』


 確かに凛花は顔がいい。中学の時も、その顔立ちを使えばトップカーストに君臨できた筈なのに、一匹狼だったから。


『俺は…多分嫉妬だと思う』

『は?』


 凛花は訳が分からない、という顔をして居た。そりゃそうだ。なんで自分に嫉妬してる奴が告白してるんだ?ってなるわ。


『工藤さんは何でもできる。本当になんでも…多分俺が一生懸命頑張った事でも、直ぐ追い抜いてしまう。そんな工藤さんに嫉妬した。んで、工藤さんみたいになりたいってなって…恋心になった』


 それが俺が凛花に惚れた経緯だ。凛花は関心深そうに顎に手を置いてこちらに目を向けてくる。


『ふーん…ま、アンタが他の男より少し特別ってのは認めるわ』


 当時その言葉はとても嬉しかった。でも、俺は凛花と付き合いたかった。どうしても、憧れの存在である凛花と。


『ありがとう。でも俺は少し特別ってだけなのは嫌だ。工藤さんにとって、とびっきり特別なのがいい』


 たんなる特別じゃなく、俺が凛花に憧れたように、凛花が俺に憧れるような、そんな特別な存在になりたかった。


『だから、俺は誰が見ても恥ずかしくない分野で、工藤さんが特別だと思える様な結果を残して告白する。そん時に俺が気に入らなかったら、もっかい俺を振ってくれ!』


 凛花は唖然とした表情だった。だがその数秒後、「ぷっ」と吐き出して笑い始めた。


『ははっ、おっかし!えぇっと…アンタ名前は?』

『四宮恭弥です!よろしくお願いします!』

『おっけー四宮君。でも口先だけならなんとでも言えるからね。私を満足させてみなさい』

『分かった!了解した!!』


 その時俺は、正直頭は良くなかった。単純な俺は勉学を切り捨てた。というか、全国模試一位の凛花に今から勝てる訳ないと思ってた。

 だから一点特化した。クラス内でも上の下程度だった、当時サッカー部の俺は、その日から猛烈に特訓を開始した。

 県内ベスト4のうちの中学は、強いとは言えだが、凛花が納得するとは思えない練習量だった。



俺は死ぬほど体を鍛えた。



俺は天才じゃなくただの凡才だった。

『凡才だから諦めろ』

『そこまでしてあの人と付き合いたいの?』

『お前じゃ無理だから諦めろよ』

『あの人は住む世界が違うんだよ』


うるせぇよ黙ってろ。んなもん知るか。


その一心で、俺は死ぬほど体を鍛え、追い込んだ。

ゲロをぶちまけて、最終的に血反吐を吐いたこともある。


オーバーワークで何度も体を壊しかけた。

死にかけてはベッドにダイブし、また明日には死にかけるという毎日。


そんな地獄が、2年間ずっと続いた。




『クッソ…が…!!』


タオルを鞄に投げ捨てる。

全国選手権大会、全国ベスト16位。

俺の最後の冬があっけなく幕を閉じた。


一位じゃない。

凛花は納得行かない。

こんな無様な俺じゃ釣り合わない。


そんな思考が頭の中でぐるぐる回る。


『コラ、物に当たらないの』

『工藤…さん…?』


 誰も居なくなったと思った選手控え室。その扉の前では凛花が立って居た。

よりにもよって、1番みられたくない人に見られてしまった。


『見てたよ試合、凄かったね。アンタ5点も決めてたじゃん』


 対戦したのは全国優勝常連高のチーム。スコアは5ー7で俺らの負け。


『ありがとう…』

『あれは、正直アンタ以外のチームメンバーが悪いわよ。全員足手纏いだったじゃない』

『……』


 否定しようにも否定できない事実。だが今までは、俺が1人で突っ込んでドリブル決めてシュートすりゃ勝てたから良かった。

 けど今回は違う。個人の限界という奴だった…。でもチームメイトに頼ったら直ぐボールを奪われて点を決められる。


『ホンット…下らない…』


 俺を笑いにきたのだろうか。それもいい。敗者の俺に反論の術は無いのだから。


『アンタのサッカー部で、私に告白したの殆ど全員なのよね。その人ら全員、私と付き合う為に努力するとかなんとか言ってたけど、2、3日すれば元どおり怠惰になってしまうのよね。


でもアンタは違った』


 辞めろ…。


『アンタは、誰になんと言われようとも努力を怠らなかった。凡才の貴方が、努力で私に凄いと思わせた』


辞めてくれ。


『貴方は本当に凄い。他の有象無象とは違う、私にとっての特別な人』


そんな言葉をかけられると、覚悟を決めた心が揺らいでしまう。


『凄いと思った。貴方の様になりたいと思った。でも出来なかったから嫉妬した。その嫉妬は憧れに変わって…貴方のことが好きになった』


 俺の頬を両手で持ち上げて、コツン、と額と額を合わせる。


『私と付き合ってください。四宮恭弥君』

『あ…あぁ…』


 自然と涙が溢れた。今までの努力が報われて、胸の重りがスッと軽くなった様な。


『よろ…こんで…』

『ふふっ。これからよろしくね。恭弥』

 

 

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