第21話

 8月10日。いつものように凛花の家に遊びに行こうとしたのだったが、突如として朝から電話がかかってくる。


「んぁ?もしもし…?」


 寝ぼけた目でスマホを耳に当てると、聞き覚えのある声が届く。


『恭弥、アンタ今日が何の日か分かってる?』

「んんっ…凛花とイチャイチャ出来る日?」

『………残念…今日は…できない…の』

「え…」


 心底悔しがるような声色に、俺も半分絶望しかける。ま、まさか…凛花に何か予定が入ったのか!?

 いや…でもそれは仕方ない。


『今日は林間合宿なの。だから…クラスで別行動なのよ』

「………嘘だ…」

『嘘じゃないのよ…。流石に私達両方とも休めば怪しまれる。だから行くしかないの…』


 林間合宿は一泊2日。つまり最低限1日は凛花と接触が不可能というわけじゃないが、学校先のイベントでいつものようにやるのは躊躇われる。


「だったら…」

『だから、帰ったらめいいっぱい恭弥に甘えるわ。いっぱい可愛がってね?』


 その声に、本人は絶対に無意識なのだが、子猫のようなモノを彷彿させる。そして俺の胸を5本くらいの矢が貫いた。


「お…おう…任せとけっつうの…。で、林間合宿って…何時から?」


 ヤバイ、本当に何も準備してなかった。そうだ。そういや教師も最後のホームルームで言ってたわ。


『7時にバスが来るわ。今は6時ジャストだから、どうせ準備してないんでしょ?ギリギリ間に合う筈よ』

「うすっ…ほんと…あざす…」


………

……


「クソッ…」


 俺のクラスメイトのほとんどを乗せたでかいバスが、学校を出発した。これから2時間バスに揺られて目的地に向かうのだが、凛花と一緒のバスじゃない事に、少しだけ苛立ちを覚えていた。

 このまま2時間、ずっとバスに揺られなければならないのだ。

 友達の少ない俺は、当然の如くスマホを弄って時間を潰す。


「お…」


『シュヴァルツァー』という、とあるイタリアのサッカーチームの記事がトップにあった。

 練習試合で、イタリアのランキング不動の一位のチームを5対0でボコボコにぶちのめしたのは、なんと俺と変わらぬ高校生だけで構成されるチームだ。


(ダヴィンチ再来の超天才、ジルガ・アルテロイドねぇ…)


 身長は高い。恐らく今は190センチはあるんじゃないだろうか。純白色の髪は短く切りそろえられ、本人もとんでもないほどの美形。既にファンクラブの数は千人以上だとか。


「ん?」


 その記事の下に行くと『謎のエースへのメッセージ』という動画があった。

 俺は片耳にイヤホンを装着し、それを聴いてみる事にした。

 動画を再生すると、そこには怒気をあらわにしているジルガの姿。


『やっぱ、てめぇがいねえとマジでつまんねえんだよ!! 確かにウチのチームは強い…申し分ない。だけどな!! 俺の本気のパスを受けられんのはてめぇしか居ねえんだよ!!』


 おぉ、すごい怒声だ。


『お前がこのチームに来るのは高校卒業したらっつう契約だが、気が変わったんなら練習や試合だけでも良いから来いよ!!サイッコーに楽しい思い出にしてやる!』


 ニヤッ、と笑って、ジルガは画面越しに居る俺を指差した。


『待ってるぜ!! 世界最強のエース!』


 それでその動画は終わり、黒い画面が表示される。イヤホンを外して、ふぅ、と息を吐く。


「ったく…まだ高校卒業してからって決まってねぇよ…」


 あくまで考える、と言っただけだ。あのクソバカは、そんな話すら聞いてねぇのか。

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