最後の日 二段目、三段目 剣よ弓よ

愛は続いていく物語ではなく、

種火の様に在り続ける。

<キーラ>


 アルミスとアイリは、階段を駆け上がり、やがて闇に消えた後ろ姿を見送った。

 階下では、白銀の騎士団が奮闘しているが、如何せん、多勢に無勢。

 その上、黒緑の魔人が、猛威を奮っている。

 まさに、幸か不幸か、敵味方関係ないらしい。

 魔人の大振りの諸刃の剣は、白銀の騎士も吹き飛ばすが、それに倍するフォーリナー、元王国の騎士達を跳ね飛ばしている。

 おかげで、王国の騎士達の標的は、黒緑の魔人に変わったようだ。

「これは。何が幸いするか分からんな」

「はい。今がチャンスかと。騎士達もまだ残っています」

「よし、アイリ。久々に存分に暴れるか」

「はいっ!アルミス様!」

 アイリはそれまで持っていた弓を階段の手すりに立てかけると、手早く背中の弓射れを外し、中からリシェルの弓を取り出した。

「使うのか?」

「はい。使います」

 言ってアイリは矢を放った。

 階段を上がりかけてたフォーリナーに矢が刺さり、その騎士は、突然身を翻すと、今までの仲間に襲い掛かった。

「この数は我々でも捌き切れないでしょう。この弓が役に立ちます。司書から聞いたところによると、この弓は魅了の弓。フォーリナーの中でも腕が立ちそうな騎士を見繕って射抜きます。それで戦力は維持できるはず」

「なるほど。戦だな。しかし、何か副作用があるんだろう?」

「ええ。時と共に感情を失うんだそうです。それがどういうことなのか分かりませんが、それでも構わない。最後に一つだけ残れば」

「ん?なんだ?」

「それは…今は言いません。あの魔人を倒して、まだ二人が生き残っていたら、その時に…」

「なんだ。気になる言い方だな。まあいい。俺もガラントの剣を奮う。もし、俺が常軌を逸した行動に出たら、その時は、アイリ、お前の矢で射抜いてくれ。司書が言うには、剣で切れば切るほどに、記憶を無くしていくらしい。お前同様、それがどういう結末を生むか分からんがね。ただ、おかしなことになる前に、お前の手で殺してくれ。俺はお前を死での旅路に引きずり込んでしまった。俺の未熟故に。だから、お前にはその権利がある。頼んだぞ」

「もし、もしもその時が来たら」

 アイリは言って矢を放った。

 2射、3射。

 射抜かれた騎士が、翻って黒緑の魔人に打ちかかる。

 魔人は死の壁に取りつかれて、得意の跳躍も出来ないようだ。

 アルミスは頷くと、ゆっくり階段を降り始めた。

 白銀の騎士達が、剣を突き上げる。

 まるで、本当にアルミスの騎士団が、暗黒の騎士団と戦っているようだった。

 アイリは幸せに包まれた。しかし、その喜びは一瞬で消えた。誰かに奪われたように。一瞬悲しいと思った。思っただけで、それは遠ざかる景色の様に、どこかに消えてしまった。

 それでも、射続ける。奪えるだけ奪うがいい。だが、これだけは消えない。消えてもいつでも生まれてくるこの気持ちだけは。

 階下は相変わらず混沌としていたが、大階段側と入り口側で大きく陣営が分かれている。

 大広間に居る兵士たちはほとんど参戦しつくした様で、入り口方面で蠢く影はない。

 階段の左右両脇では、アイリの弓矢によって、フォーリナー同士の同士討ちの態が勃発。それ以外は、黒緑の魔人に打ちかかっては、弾き飛ばされ、あるいはその胴を、頭を二つに割られている。

 白銀の騎士達の輝きが、薄くなっていく。 

 もうすぐ消え去る。

 アルミスは、倍の大きさの黒緑の魔人に向かい、歩を進める。

 黒緑の魔人には敵わないと見たか、標的をアルミスに変えた兵士が、アルミスに打ちかかった。

 右手の剣―神魔器ではない、騎士剣―を力強く振るう。

 腐りかけた頭が、胴に永遠の別れを告げた。

 アルミスは躊躇なく、存分に剣を振るう。

 生きてるものは二人だけ。

 黒緑の魔人もそうかも知れないが、相手は倒すべき闇の生き物。

 ここで逃して、仲間の後を追わせる訳には行かない。

 なんとしても、仕留める。

 目に入る敵は、全て切った。

 背中はアイリが守ってくれる。

 自分がやれるだけやったら、アイリは生き残るかも知れない。

 魔人に斬り飛ばされた上半身が前から飛んでくるのを、ステップを踏んで避ける。

 普通の剣では勝てない。 

 前の手合わせでそれは分かっている。

 魔人まで5メートル。

 アルミスは騎士剣を鞘に納めると、ガラントの剣を右手に持ち替えた。

 剣は曇りなく、神秘的に青白く輝いている。

 ああ、なるほど、これは業物だ。だが、それだけに、代償は小さくないだろう。

 ガラントの剣の鞘を背中から外し、左手で黒緑の魔人に力いっぱい投げつけた。

 魔人が目の前のフォーリナーごと、剣で薙ぎ払う。

 その邪悪に光る緑の目が、アルミスを捉えた。

 それでいい。来い。我が騎士生活の集大成を見せてやる。

 歩を早め近づくアルミス目がけて、魔人が右足元に転がる死体を蹴り出した。

 近い。

 アルミスは剣を正面に構えて縦に振り下ろした。

 剣が放つ青白い輝きが触れると、そこから死体が鎧ごと、二つに分かれた。

 真っ二つになった死体が、アルミスを避けるように体の左右に飛んで落ちた。

 思わず刀身を見る。

 これは。なんという。力が湧いてくる。騎士の武器は、剣に依らず、その心と体だと思うが、それでも切れる剣は、心技体を何倍にもする。

 魔人が空いている右手で、手近なフォーリナーの首を掴むとアルミスに投げつけた。ガラントの剣を振るう。スイッ。暗闇の中、太刀筋を、剣の輝きが糸を引くように走る。今度もまた、ほとんど手ごたえ無くフォーリナーの体は二つに分かれた。

 ゴオオッ。

 両手を下ろし、胸を張り、魔人が吼えた。

 空気が震える。

 しかし、その咆哮すら、ガラントの剣は切り裂く。 

 魔人が突進してきた。

 緑に光る魔人の剣が振り下ろされる。

 切れるか。

 アルミスは、両手で打ち下ろすように、魔人の剣に、青白い輝きを叩きつけた。

 ビイイイイイン。

 不思議な音がして、青い光と緑の光がぶつかり、火花の様に光を飛ばした。

 切れない。

 しかし、折れもしない。

 予想した鍔迫り合いの振動は伝わって来なかった。

 お互いの剣の魔力で―神力で―中和されているようだ。

 なるほど。

 独り合点がいった。

 やつらも、神魔器―あるいは魔神器―を持っていないなどということもあるまい。

 どういう力か分からないが。

 いらついているのか。魔人は剣を引くと、アルミスと魔人の間合いで棒立ちしているフォーリナーをまとめて2体串刺しにした。

 魔人の剣に黒い染みが付き、消えた。

 魔人は満足げに唸る。

 その魔人の水牛の兜に、矢が当たり、跳ねた。

 アイリの援護射撃。

 意識の外からの攻撃に、魔人は一歩よろめくと、視線を階段上に向け、再び咆哮した。

 怒りの波動が伝わってくる。

 ドシンドシンと地響きと共に前に出る。足元に転がる死体や、まだ動いているフォーリナーを踏み潰しつつ進んで来る。

 アイリでは、勝てない。

 リシェルの弓で、魔人を魅了しようと考えたのだろう。

 だが、矢の威力は刺さればこそ。

 動きの鈍いフォーリナーと違い、魔人は飛んでくる矢を捌くことが出来る。

 それに、魔人の体で矢が刺さりそうなところは一箇所のみ。

 顔だけ。

 暗闇で狙うには、いかなアイリでも難しい。

 アルミスは魔人の前に立ちはだかると、剣を構えた。

 魔人が上段に構え、無造作に振り下ろした。

 切れろ。

 刀身を迎えに行く。

 切れない。

 やはり。アルミスはそのまま剣を滑らせ、横に滑らせると、魔人の左に抜け、その籠手を狙って剣を振り下ろした。

 魔人は勢い余って前のめりになったが、右足を踏み出してこらえ、左手を引いた。

 アルミスの剣が宙を切る。

 魔人は右足を踏み出した態勢のまま、上半身をのけぞらせ、再びアルミスの右横から剣を振った。

 アルミスは体をひねり、剣先を地面に向け、受ける。

 ビイイイイイン。

 光が共鳴する。

 鍔迫り合いのまま、魔人は右手を引くと、アルミスの左から殴りかかる。

 この態勢では剣を抜けない。 

 アルミスは、魔人の右手の軌道に左肩を合わせに行った。

 ドガッ。

 鈍い衝撃が、肩から顎、歯に響き、その衝撃のまま、アルミスは右に吹っ飛んび、大広間の柱にぶつかった。

 くそっ。

 首が痛い。歯の根が合わない。

 柱にぶつかった衝撃で切ったのか、口の中で血の味がする。

 俺は何を。ここは、どこだ。騎士達は、部下はどこだ。 

 何か、大事なことをしていた気がする。何かを守らなけらば。

 頭に空白がある。見知らぬ場所での、寝起きの様な。

 なんとなく向いた方に、黒緑に光る鎧と、緑に光る剣を持つ大きな騎士がいた。

 魔人。そうだ、魔人。ここは侵食の中。

 魔人は、アイリに向かっている。

 そうだ。アイリを、守るんだった。あと、誰か、他の大切な命。頭の隅に、魔導士、司祭、司書、少年と少女の笑顔が浮かんだ。名前が思い出せない。

 それより、アイリ。

 よろけつつ、前に足を踏み出す。

 いける。

 間に合うか。

 魔人は階段を上りかけている。

 魔人の前には、黒く蠢く人間達が、ひしめいている。

 あれは、黒い死神、アイリの騎士団か。どうして。

「アイリ!」

 アルミスはただ、名前を呼んだ。

 踊り場に居るアイリは、ただ頷くと、弓を持ったまま、手元の札を引きちぎった。

 破られた札が地面に着くと、そこから白銀の光が立ち上り、騎士の姿になる。

 あれは、召喚札。なぜ。

 白銀の騎士は5人。抜刀すると、階段を下り、黒く蠢く集団の上を飛び越えるように跳躍し、魔人に斬りかかった。

 魔人は左手の剣を横一閃、まとめて薙ぎ払う。

 騎士達がはじかれ、階段に、手すりに叩きつけられる。

 アルミスは足止めされていた魔人に追いつくと、その膝の裏を狙って切りつけた。

 偶然か。魔人が左足にとりついていた黒い塊を蹴り上げた。

 アルミスの剣は、魔人の足元に居た、別の一体を二つに切った。

 グゲッ。

 アルミスの剣で切られた兵士が、声を上げ、その声に気付いた魔人が、振り返った。

 緑に光る、邪悪な瞳。一切の妥協を、慈悲を、許しを認めない目。

 魔人は、目の前の一団を剣で払い、何体かに突き刺すと、跳躍し、アルミスの横に立った。

 決着を着けねば。思考をまとめるのが、難しくなってきている。疲れか。

 アルミスは剣を見つめる。

 この剣は、そう、神魔器。なぜか、剥き身で振るっている。ということは、使うべき時なのだろう。これが、最後の戦いなのだろう。

 何が起こるか分からないが、振るうしかない。

 アルミスは、魔人の横から飛び出して来た二体の兵士を切り落とした。

 スイッ、スイッ。

 頭が痛い。剣が重い。何もかも投げ出してしまいたい。

「アルミス様!」

 アイリの叫びにハッとなる。

 目の前で魔人が剣を突き出して来た。 

 あの大きさの剣の剣圧は、受けてはいけない。

 無意識に体が動き、半身になって魔人の剣を避け、魔人の懐に入り込む。

 懐に入ったアルミスを捕まえに来る右手の付け根を、アルミスは剣で切り上げた。

 スイッ。

 手応え無し。

 しかし、魔人の腕は、胴から落ちた。

「グオオオオオオオオオオオ!」

 明らかな苦痛の叫びが、大広間を震わせた。

 アルミスは魔人の懐の内で、思わず両耳を塞ぐ。

 意味がない。魔人の叫びは、耳元から脳を抉るように頭の中に響いた。

 よろける魔人に、白銀の騎士達が、フォーリーが体当たりした。

 魔人が倒れる。

 アイリが階段を駆け下りて来た。 

 降り切り、倒れて動かない魔人の様子を恐る恐る伺うと、安心した様にアルミスの方へ向き直った。

「アルミス様。大丈夫ですか?」

 アイリが変だ。今まで見たことがないような、表情。いや、無表情か。

「ああ。アイリ。俺は一体何を。こいつらはどこの国の兵士だ?いや、そもそもここはどこだ?城まで攻め込まれて、俺の騎士団は何をしている?」

「ああ…アルミス様…お忘れになったんですね…」

「何をだ?さっき一瞬、誰かを守らなければならない気がして、その時に何人かの顔が思い浮かんだのだが、それが誰だか思い出せないんだ。アイリ、何か分かるか?」

「それは…旅をした仲間達です…それも、思い出せないのですね?」

「いや、なんとなく分かるんだが、名前が出てこない」

「アタシの名前はお忘れではないんですね?」

「当たり前だ。アイリ・シルヴィス。自分の右腕を忘れる馬鹿がいるか?」

「嬉しい…うれしい、とは思えるんです。でも…胸から沸き起こる気持ちがどこかへ行ってしまった。怒りも、悲しみも…」

「おい、アイリ。大丈夫か?」

「ええ。大丈夫です。アルミス様への、あなたへの気持ちは、神も悪魔も奪えなかった…アルミス様…あっ!」

 アルミスの胸に手をかけたアイリの体が仰け反った。

 アルミスは思わず、アイリの腰を抱きしめる。

 それは、一瞬の出来事だった。

 アイリの腹部から緑の光が現れ、アルミスとの間にある、わずかな隙間を埋めた。

「ツッ!」

 アルミスも腹部に焼けるような鈍い痛みを覚える。

 見ると、一筋の光が、腹部を貫いていた。

 アイリを片手で抱いたままま、右手に持った青白く光る神秘の剣を振り上げ、横たわったまま剣を突き出している魔人の顔目がけて投げ下ろした。

 神秘の剣は、青白い光となって、真っすぐにその顔に突き刺さった。

 魔人が二度、三度痙攣し、その手が剣から離れた。

 アイリの背中から生えているような、緑色に光る剣の刀身を両手で握り閉める。

 両手に焼き付く痛みが走る。

 構わない。

 アルミスは二人の体を貫いている魔人の剣を引き抜いた。

 血が腹部から出るのが分かった。

 手の中で、アイリの体が重くなる。

 アルミスは、アイリの体を支えたまま、ゆっくりと膝をついた。

「おい、アイリ、しっかりしろ!」

 閉じていたアイリの目が開く。

「アルミス様…眠い…」

「大丈夫だ。しっかりしろ!すぐに衛生騎士が来る!」

 アイリは不思議そうにアルミスを見た。

「いいえ。来ません。それよりも、今、可笑しいと思ったのに、笑えないんです」

「それは…傷のせいだ。いい。しゃべるな」

「いいえ、しゃべります。もう、ダメだもの。侵食の外では言えなくて、こんなところまで追いかけて来てしまいました。迷惑でしたか?」

「馬鹿っ。何を言う。迷惑な訳がないだろう?」

「うれしい…とは思うんですけど、これが感情を失うっていうこと…」

「アイリ…」

「アルミス様、手を握って下さい。なんだか寒いんです…」

 アルミスは左手と膝でアイリを支え、右手でその手を取った。

「次は髪を撫でてください」

「アイリ…」

「アルミス様の命令を、いつもきちんと守りました。だから、たまには言う事を聞いて下さい」

 アルミスは震える手で、優しくアイリの額にかかる髪を分け、髪を撫でた。

「ああ。良く分からないけど、落ち着きます」

 アイリが目を閉じる。

「アイリ!おい!」

 アルミスがアイリの体を揺さぶる。

「だいじょう…大丈夫です…最後にひとつだけ、言えなかったことを言って、そうして眠りたいんです。明日、幸せな気持ちで目が覚めるような、当たり前の日々のよるのように。アルミス様…」

「な…なんだ…?」

「泣かないでください。そんな顔、初めてみます。未練が残ります」

 アルミスは、天上を見て、目元を拭った。

「これでいいか?」

「ああ。いつものお顔。ありがとうございます。ありがとうございました。アタシは、アイリ・シルヴィスは、アルミス・ガラント様を、お慕い申しておりました。愛してます」

「アイリ…」

「いいんです。返事をしないで。自己満足で眠らせてください。今、とってもすっきりしているんです…」

「いや、言わせてくれ…俺ももう長くはない。足と背中の感覚がないんだ。だから…アイリ。黒のアイリ。アイリ。俺もお前を愛している」

 アイリの目から、涙が溢れた。

「嬉しい!これが愛なんですね…良かった…生まれてきて本当に良かった…」

「アイリ…俺もだ…」

「アルミス様…」

「ん?」

「最後にひとつだけ我儘聞いて下さい…」

「いいが…多分…最後になる…」

 アルミスの瞼が、閉じかけている。

「キスして」

 アルミスはアイリの顔にゆっくりと覆いかぶさると、唇を重ねた。

 そして、二人はひとつになり、崩れ落ちるように永遠の眠りについた。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

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