最後の日 二段目 三段目 剣と弓と

思い出すだけで、勇気をくれる。

そんな人がいれば、例えその人がいなくても、

歩いて行ける。

僕が保証するよ。

<トーマ・カシマス>


 外壁に沿って、城をぐるりと周り、裏門に着いた。

 王城の1階、大広間にある大階段から、2階、3階、4階と上り、そこから空中回廊を通って王の塔へ入る。

 王の塔から内部の螺旋階段を上り、最上階、セル・エクス・カシュワルク1世王の王座を目指す。

 裏手から侵入したのは、正門の内に王国の兵が密集している可能性を考えたため。

 門や扉は、入るためだけではなく、出るためにもある。

 閉じられた門の内に、王国の兵が出ることも敵わず、不幸な誰かがその門を開けるのを待っているかもしれない。

 ロンドも言っていた。王城の中は、悲惨なことになっていると。

 クララは、閉じられた闇の中で、緩やかに犯され、変異していく騎士達を想像した。思わず身震いする。

「扉には、仕掛けがない」

 老魔導士が、裏門横の小用出入り口から離れた。

 アルミスが、右手を振って、皆に扉から離れるように合図すると、半身になって、扉を開いた。

 キィー。

 錆ついた音。

 扉の正面をずれて、隙間から覗き込む。

「よし。行くぞ」

 アルミスが、通れるほどに扉を開き、その身をより深い暗闇に滑り込ませた。

 アイリ、老魔導士が入り、クララが続く。

 同じような暗闇だが、屋内はなお暗く感じる。

 ただ、吹き抜けの高い位置に、ふんだんに明り取りの窓があり、視界が効かない訳ではない。

 今思うと、オルトロスの涙は、便利な物だった。考えても栓無い事。

 壁に手をつき、ゆっくりと進む。

 遠くで、ガチャ、ガチャ、と音がした。

 明らかに、何かが動いている。

 先頭のアルミスが振り返り、指を1本、唇に当てた。

 裏手から大広間に通じる廊下は、狭い。

 真っ直ぐ行って、突き当りを右に曲がっている。

 そこから出ると、大広間だ。

 大広間の手前側に、大階段があり、上階に続いている。

 出来れば、大広間にいる兵士たちを刺激せずに、階段を上り切りたい。

 普通に歩けば、なんという事もない廊下を、慎重に進む。

 右に曲がる。

 大広間への出口だが、大きな柱が視界を遮っている。

 通路と廊下の境目で、左右を見渡したアルミスが、柱の後ろに取りついた。 

 手招きする。

 一人ずつ柱に取りついた。

 ガチャ、ガチャ、という規則正しい音が、より近く聞こえる。

 姿は見えない。

 他はまったくの無音。

 音を出したら、一巻の終わり、そんな静寂。

 アルミスが、柱の陰から、大広間の正門方面を覗き見ている。

 横にいるアイリの耳元に手を当て、何事か囁いた。

 アイリが頷き、老魔導士を呼ぶ。

 老魔導士は滑るようにアイリの横に立った。 

 アイリが老魔導士の耳元で囁いた。

 老魔導士は無言で頷き、ローブの中から手を出すと、指を1本立て、唇を動かす。

 ポッ、と小さな火が灯る。

 火に被せるように右手を翳しているので、明かりは柱を照らすだけで、奥には漏れていない。

 老魔導士は、アイリが用意した矢の先に火を近づける。

 アイリの矢が、火矢になった。

 アイリは火矢を番え、目をつぶる。

 その後、素早く柱の陰から飛び出して、遠く月を射る角度で火矢を放った。

 火矢の行く先は、クララには見えない。

 カイイイイン。

 音が響き渡った。

 ガチャ、ガチャ、という規則正しい音が、止んだ。

 柱の陰で息を殺す。どうか、バレませんように。

 しばらくすると、ガチャガチャガチャ、と先ほどまでのリズムより早いリズムで音が鳴った。

 アルミスが激しく手招き。

 そのまま、柱の陰から出て、大階段脇の壁に取りつき、中腰で沿うように走ると、階段の中に消えた。階段の手すりの壁で、その姿を見失う。

 クララは急いで後を追った。

 後ろの皆も付いて来る気配がする。

 階段の上り縁には、アルミスがしゃがんでいた。

 アルミスは、クララの背中を押すように叩く。

 クララはその意図を察して、階段を駆け上がった。

 ちらりと振り向く。

 ガチャガチャ言う音は、階段下の衛兵だったのだろう。

 入り口の門で燃える火矢の様子を見に行ったようだ。

 その後姿が見える。

 火はいい。灯りはいい。視界が開けるのはホッとする。だが、マイナスの一面もある。それは、時には見たくない物も見てしまうということ。

 火矢の灯りは、大広間の入り口、大きな扉の下数メートルを照らしていた。

 そして、その灯りの下には、折り重なり横たわる騎士達。蹲っている者もいる。生きている、いや、まだ動くのだろうか。それは分からない。

 大階段は、30段。30人の騎士が横に一列に並べる程の幅が有り、踊り場で、左右、二通りに分かれ、上に続いている。踊り場の奥が視界に入る。床から少し高い位置に、大きな肖像画。カシュワルク王だろうか。細い顔に、不釣り合いな豊かな髭。眉間に皴がよっている。お世辞にも、いい人そうに見えるとは言えない肖像画だった。その前に2体、フルアーマーの騎士像がある。 

 上り階段を走るのは、足に来る。

 クララはやっとの思いで上り切ると、後ろを振り返った。

 トーマがすぐに上り切り、キーラ、老魔導士の順で上って来る。 

 アイリが階段に足をかけた。 

 中腰でアイリを見守るアイリが、顔を上げた。目が合う。その瞬間。

 アイリは立ち上がって、クララに向かって弓を構えた。

 クララは驚いて、両手をクロスさせてしゃがみ込む。

 頭上で、カイン、と鋭い金属音がした。

 ハッとして振り返ると、トーマの正面で、騎士像がモーニングスターを振り上げたままの姿勢で仰け反っていた。

 しまった。騎士像じゃない。衛兵だ。

 アイリが矢を番えながら駆け上がって来る。

 アルミスが後に続く。

 キーラと老魔導士は、階段の途中で止まった。

 クララは、無我夢中で体勢を立て直しつつある衛兵に体当たりした。

 ガシャン。

 大きな音が、大広間に響き渡る。

 それに呼応するように、広間中で金属音が鳴り始めた。

 騎士像は2体。クララは、動きの鈍い左手の1体に向き直った。

 動きが鈍いせいか、持っている長槍を上手く扱えないようだ。

 両手で握ろうとしては、左手が離れて、を繰り返している。

 腰の剣を抜き、素早く槍の柄の部分に入り込み、相手の右の脇の下に剣を突き刺した。

 ズブリ、という鈍い手ごたえ。

 血は吹き出なかった。衛兵が槍を落とした。

 剣を引き抜くと、先が黒く糸を引く液体で濡れていた。

 もう1体は、トーマが顎の下から剣を突き刺していた。

「無事?!」

 アイリが荒い呼吸で聞いて来た。

 はい、大丈夫です。すいません、あたし。 

 謝ろうとするのを遮る。

「いいの。無事なら。誰も予想できない。だから、みんな最善を尽くすだけ。それより急いで、防ぎきれない!」

 アイリの言葉で階段下を見る。

 階段下では、白銀の騎士団が、大階段に迫る騎士達と剣を交えていた。

 多かった。思っていたよりもずっと。

 押して、引いて、ではない。押して、押して。引くことを知らずに寄せてくる。それはまさに、迫りくる死の壁だった。

 白銀の騎士団の団長は、階段の中ほどで、両手に剣を握りしめ、仁王立ちしている。

 白銀の騎士団が一歩、また一歩と後退してくる。

 アルミスがこちらに向き直り、階段を上って来た。

「行け。行ってくれ。俺はここで…足止めする」

 えっ、ここで。こんな入り口でアルミスが。

「アタシも、残ります」

 アイリがアルミスを見つめて言った。

 アルミスはこの場面では奇妙に思える行動をとった。

 笑ってアイリを抱きしめたのだ。

 長い時間ではなかったが、その姿は瞼に焼き付いた。

「そうか。それも良かろう。魔導士殿、後を頼みます。司書が言った通りに。これより先、王国の兵士は多くない。居ても少数。それに文官でしょう。いや、文官はもう残っていないかもしれない。闇の生き物に注意してください」

 アルミスがそう言った時、広間の入り口の方で大きな咆哮がした。

「ヤバい。あいつだ!」

 トーマが叫んだ。

 それは黒緑の魔人だった。 

 目の前のフォーリナーと思われる騎士達をなぎ倒しながら、迫って来る。

「早く行って!行きなさい!時間が無い!アタシ達の働きを無駄にしないで!」

 アイリが叫んだ。

 クララは強い力で引かれた。

 トーマだった。

 キーラはもう左の階段目指して走り出している。

 老魔導士が一言言って駆け出した。

「達者でな。また会おう」

 アルミスは剣を握ったまま、拳で胸を叩いた。 

 

 

  

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