7日目 渡し物
ここに居るだけじゃ駄目だ、と思った時に、
考えて動くべきなんです。
うまく言えないけど、まだエネルギーがあるうちに。
そうしないと、押し潰されてしまいそうで。
<シンベルグ伯爵>
見張り塔を放棄してカシュワルク城から少し離れた、池のほとりにテントを張った。
城までの距離は、ちょっとお城まで行ってくる、そう言って出かけられる程度。
堀の近くに張ることも考えたが、見張り塔を襲った一団の様に巡回している王国兵がいるかも知れないので、避けることにした。
見張り塔に火をかけ、陽動に使う。
雪は降っていなかったが、なだらかな上り坂になっている王城への道は、積もった雪で歩きにくい。
城の左手、少し小高い丘の上に、丁度テントと同じくらいの大きさの、手ごろな大岩を見つけ、その陰―王城の反対側―にテントを張ることにした。
昨日の夜の大騒ぎが嘘のように静かな夕食だった。
早朝からの戦いと緊張、その後の慌ただしい出立と、雪に寄る歩行困難な道程に、疲れはピークだった。
どこに傷を負った訳でもないが、クララは体中、軋む様に痛んだ。
バターで炒めた鹿肉と、根菜を、トマトピューレとワインで煮込む。
パンは、久しぶりにクララの好物のフォカッチャだった。
食事を済ませ、囲炉裏の火の前で、手足を揉む。
沈黙を破る様に、司書が咳払いした。
思わせぶりな咳に、皆が注目する。
視線を集め、司書が言った。
「皆さん。いよいよ明日はカシュワルク城に入る訳ですが、今日は今までのような皆での話し合いではなく、一人一人とお話して、明日の動きを決めたいのです。よろしいですか?」
怪訝そうな視線が集まる。
「でも…みんなで話した方がいいんじゃない?」
珈琲にお湯を注ぎながら、アイリが言った。
「いえ…明日は、王城の中では、今までのようには行きません。一度入ったら、なんとしても元凶を取り除かなくてはならない。城の中では、敵を殲滅して進むことなど、不可能でしょう。今日の戦いを思い出してください。敵は40体程度。イレギュラーにも助けられましたが、かなり危険でした。王国の兵は100や200じゃききません。その全部が王城に居るとは限りませんが、明日の目的は、とにかく目標に向かって誰かが辿り着くこと、なんです」
「目標、とは?」
いつもは場を取り仕切るアルミスが、太ももを揉みながら軽い口調で聞いた。
「王の塔。最上階。セル・エクス・カシュワルク1世。あるいは、その親族」
「やはり、そうか」
老魔導士が、穏やかな声で相槌を打った。
「ええ。そうです。出立する前に、カシュワルク城からの第一報を伝えた騎士の話を聞いて来ました。彼は、王の塔から黒い霧が吹き出し、城内に広がると、魔物が現れた、そう言っていました。先ほどのロンドの話で、その話が裏付けられました。それに…」
「それに?」
キーラが囲炉裏にかざした手の裏を眺めながら聞いた。
「この理不尽で大規模な闇の侵食は、過去、いずれも、王族や、神職、領主といった高位の人物によって引き起こされているのです。いくつかの符号から考えると、ご多分に漏れず、今回もそうなのでしょう」
「じゃあ、それを倒せば…」
トーマが呟く。
「そうです。倒す、というのが正しいかどうかは分かりませんが、元凶を絶てば、この侵食は終わります」
誰かが辿り着けば。
クララは囲炉裏の炎の先の司書を見つめた。
司書は胡坐を崩すと、クララの目線に気付き、にこり、と笑った。
「それで、あらゆる場合を想定して、一人一人と細かく打ち合わせしたいのです。例え誰が倒れても、誰かがそこに辿り着けるように。これ、私が適任でしょう?」
さらっと。自信満々な事を言う。
囲炉裏の火がはじけた。
パチッ。
老魔導士が面白がるように言った。
「司書。お前さん、本当に面白い。まるで七生の賢者じゃな」
司書がおやおや、と言わんばかりの表情で、老魔導士に答えた。
「魔導士殿。私は七生の賢者ですよ?」
それぞれがそれぞれ、足や肩を揉んだり、鎖骨をなぞったり、囲炉裏の炎に手を透かしたりしていたのだが、一斉に司書を見た。
悲惨だったのはアイリ。
珈琲を飲みかけていたのだ。
思わず、ブーッと吹き出した。
いや、悲惨だったのはトーマか。
トーマは囲炉裏を挟んでアイリの正面に座っていたのだから。
少なからず珈琲のシャワーを浴びたようである。
冗談、ではなさそうだ。
訂正する間を、流したから。
「司書…いや、司書じゃないのか?七生の、七生の賢者?お前、いや貴君が?」
アルミスが珍しくしどろもどろになって聞く。
「いや、司書ですよ?」
司書の答えに、アイリが身を乗り出す。
司書は機先を制した。
「待ってください、アイリさん。司書は司書。七生は七生なんです。七生は…言ってみれば名誉職みたいなもので…公言して回る性質のものじゃないし、そもそも侵食が起きなければ何の意味も持たないんです。まあ、食っていけない、ってことですかね。だから、職業は司書。これ、本当です。副業ではないんですが、それとは別に、七生の賢者でもあるんです。まあ、偉いとか、そういうんじゃないんです。ただ、その宿命を与えられ、それに従事する一族の末端だ、という」
アイリが座り直した。
クララは心臓がバクバクした。
まさか、司書が、あの、七生の賢者。クララの七生の賢者への憧れとイメージは、音を立て崩れたが、なんとなく、納得もした。そうであれば、そうなのかも知れない、という漠然とした理解。そして、なぜだか興奮した。
「なんで、今更…最初から言って下さいよ」
トーマが情けない声を出す。
「いや、トーマ。最初から言っても信じないでしょうに。これが七生だ、っていう証明書みたいなものもある訳でもないし。まあ、世の中には偽の証明書みたいな物が出回っているらしいですが。それに、言ったところで意味もないでしょう?私一人でここまで来れた訳じゃない。七生の賢者は、万能でも超人でもないんです。ただ、侵食を止める役目を持った人間に過ぎない」
はあ。まあ。最初に言われてたら、胡散臭いと思ったり、みんなでここまで助け合って来れたかどうか。もちろん、仮定に過ぎないのだが。
「なんでまた、このパーティーに」
キーラの言は、質問ではなかった。しかし、司書は答えた。
「たまたまです。縁です。みなさんがそうであったように。私もまた、省かれたのです。でも、きっとそういうものなんですよ。縁あって集まり、その縁を大切にして事を成し遂げる。その部分でみなさんとウマがあったんです」
驚きは冷めやらなかったが、司書の、七生の賢者の言葉は深く心に染み込んだ。本当に、そうだ。そう、思う。
「さて、夜は短し恋せよ乙女。恋をする訳ではないですが、どうしてもお話が必要です。お願い出来ますか?」
司書は頭を下げた。クララは決めていた。例え、司書が何者であっても、そのお願いを聞くことを。
きっとみんなそうだと思う。司書が、自らを七生の賢者だと告白したのは、みんなの信頼を得るためじゃない。それもあったかも知れないが、長いような短い旅の中で、すでに、司書に対する信頼は、結ばれていた。ただ、聞かれたから答えたのだ。嘘を、吐きたくなかったから。
思いは同じだったようだ。
アルミスが立ち上がった。
「よし!どこで話す?お前が何者でも、俺の信頼は変わらんよ。司書。いや、七生の賢者殿」
「止してください!
「ははは。冗談だ。外行くか?」
「そうしましょう」
そう言って、アルミスと司書が出て行った。
それぞれが思い思いの言葉で驚きを表現する。
囲炉裏の周りで会話が盛り上がった。
前から臭いと思っておった、という老魔導士に、アイリとキーラが、嘘ですよ、馬鹿にしてたじゃないですか、と突っ込む。そういう、アイリ様とキーラ様も随分酷い事を、とトーマ。えっ、そんなこと言ったっけ、と二人は顔を見合わせて笑う。テント内の空気は、司書の爆弾発言で、一気に明るく、暖かくなっていた。
こんな日がずっと続けばいいのに。侵食の中で、矛盾したことを考える。それを終わらせる旅なのだ。これは。
バサ、と音がして、アルミスが戻って来た。
穏やかな顔つき。
重い話じゃないようだ。
クララはほっとした。
「アイリ。司書が、いや、七生の賢者が、ああ、面倒だ。司書が呼んでる」
そう言って表を差す。
「はあい」
アイリが答えた。
「返事は短く!」
「はいっ!」
テント内に笑いが起こった。
アイリが出ていく。
アルミスがクララの隣に座って、囲炉裏の火に手をかざした。
「寒い。寒さには強いはずだったが、この辺りの寒さは強烈だな。闇の空気のせいかな」
誰に言うでもなく言って、クララの方を向いた。
「クララ」
はい、と返事をする。
「お願いがあるんだが」
なんですか。
「これを」
腰に下げた革袋から何か取り出した。
それは、1枚のお札と、熊の紋章が描かれた指輪だった。
「これを、持っていてくれないか」
そう言って、差し出した。
クララはなんとなく受け取る。
お札は、召喚札のようだった。指輪はズシリと重い。
「札は、召喚札だ。タックル・サーガという騎士の物だ。こいつ、いいやつでね。本当にいいやつなんだ。だから、最後までしつこく付いてきたのを脅して追い返した。今思えば、悪いことした気がして。事がすんだら、これをやつに渡して欲しい。バルク王国の山羊座騎士団にいる、はずだ。その指輪は、俺の、ガラント一族の紋章が入った指輪で、これを見せれば、バルク内で話は通じると思う」
クララは不思議に思って、聞いてみた。自分で渡せばいいのでは、と。
「いや、逃げるように辞めた国に、騎士団に、今更のこのこ、っていうのも恥ずかしくてな」
アルミスはそう言った。話はなんとなく分かるが、なぜクララなのだろう。そう思って、聞く。
「だって、司書に渡したら無くすだろう?」
納得。大いに。それはそれとして。アルミスは侵食が終わったらどうするのか気になって聞いてみた。
「侵食が終わったら?おお、そうだな…あれだ。ブリリアントパークに留まって、この国の復興に携わろうと思う。侵食にさらされて、土地も、人も荒らされてしまった。だから、この国を再興させようと思う」
素敵だ。クララも手伝いたい。アルミス騎士団の一員として。そう伝えた。
「俺のしごきはきついぞ?タックルに聞いてみろ」
アルミスはにやりと笑ってそう答えた。
あたし、立派な騎士になりたいんです。
クララが言うと、アルミスは「いいよ」と言ってクララの頭をくしゃくしゃにした。
テントの入り口が開く音がして、アイリが戻って来た。
「なになに?なんの話?」
アイリにとっても心許せる場所なのだろう。今日は微塵も険を感じさせない。
「クララがこの国に留まって、俺の下で騎士になりたいって話だ」
アルミスが言うと、アイリが笑顔で頷いた。
「いい!いい考えね。じゃあ、アタシは弓を教えるね!あっ、魔導士様。司書さんが呼んでます」
そう言って、アイリはアルミスと別隣に座った。
アイリがクララの膝の上にある召喚札と指輪を見た。
「あ、それ。見たことある。ああ、タックルのかあ。なるほど」
「クララに、届けてもらおうと思ってな。直接会うのは、まだ恥ずかしいだろ?」
アルミスが言うと、アイリは頷いた。
「そうですよね。そう言えばアタシも…」
アイリはピッタリした鎧の内側に手を差し込むと、キラキラ光る何かを取り出した。
「これ。バルクに行くなら、ついでにお願い出来るかな?」
それは、金色に光る蝶々だった。羽の部分に、赤と青の宝石が散りばめられている。蝶は、囲炉裏の火で照らされて美しく光り、今にも飛んで行きそうだった。
高価そうな品物に、クララは思わず躊躇する。
アイリはクララの手を取って、クララの掌に蝶を乗せると、包む様に手を被せた。細く、きめ細やかで、暖かい手。
「お願い。アタシも飛び出して来たから、国には帰りづらいの。この髪留めは、子供の頃、お父さんから貰ったものなんだけど、返そうと思って。お父さんは、この髪留めが似合うお嬢様に育って欲しかったみたい。だけど、こんなになっちゃったし。アルミス様が騎士を育てるなら、アタシもお手伝いしたいしね」
頼み事自体は別に嫌じゃなかったが、一目高価な物だけに、悩んだ。しかし、覗き込むように見つめてくるアイリの真剣さに、承知した。
「良かった」
アイリはにっこりと笑って、クララの手をもう一度包んだ。
「おおう。やっぱりクララよのお」
急に声がして振り向くと、いつの間にか老魔導士が立っていた。
老魔導士はフードを脱ぐと、言った。
「キーラ殿。ご指名じゃ」
キーラが返事をして、テントから出て行った。
老魔導士は手を擦り擦り、囲炉裏にかざす。
「おお。寒い。司書のローブ、暑さ寒さに強いらしい。さすが七生の賢者だて」
何やら楽しそうだ。
「そうなると…」
老魔導士が、クララの膝の上を見て、ローブの袖に手を引っ込める。
まさか。
クララの心情を呼んだのか、老魔導士は袖から何かを取り出すと言った。
「その、まさか、じゃ。皆に頼まれて悪いんじゃがのお。これをトルファのある男に頼まれて欲しいのじゃ。理由は…分かるじゃろ?アルミスやアイリと一緒よ。この歳になって何を、と思うかもしれんが、想像してみ?老境に差し掛かったかつての大魔導士が、王宮から宝物を持ち出したあげく、ノコノコと帰ってくる様を。侘しいじゃろ?切ないじゃろ?だからほれ」
老魔導士は、よく磨かれた銀の鍵を渡して来た。
クララは諦めて受け取る。
「トルファのな、ワシの執務室の中にある魔法の箱の鍵じゃ。訳あって、いろんなものがしまってある。鍵を渡して欲しいのは、ジルバ・ストリート。別名、仮面のジルバと呼ばれる、王宮の親衛隊長じゃ。口元をいつも、赤い仮面で隠しておるのでな。間違えようがないと思う。ワシの名を出せば、とりあえずは会ってくれるはずじゃ。まあ、トルファとバルクは、そりゃ少し遠いかもしれんが…なに、クララは若い。これもひとつの人生経験だと思って、頼まれてくれい!」
そう言って「ガハハ」と笑った。
クララは膝の上に溜まっていく物を見つめた。
なんだか、重い。でも、頼み事されるのはちょっと嬉しい。侵食の後は、バルクに行って、トルファに行って、ブリリアントパークに戻ってきて、騎士団に入る。大変だ。けど、やっぱりなんかうれしい。
甘い香りがした。木苺や、ブルーベリーの様な。夏の果物のような。甘い香り。
振り向くと、キーラだった。
ニコニコと目を細めている。
「魔導士殿にもお願いされたんですね。クララちゃん。では、わたしも遠慮なくお願いしようかな」
アルミスが立ち上がり、席を譲ると、いつもの席に座る。酒の入った革袋を持ち上げ、老魔導士に差し出した。魔導士は相好を崩した。
キーラが空いたクララの隣に座った。
トーマは、キーラと入れ違いに出て行ったようだ。
「いつか話したと思うんだけど…」
キーラは甘い香りを漂わせながら、袂を手繰り、紫色の小箱を取り出した。
これは、多分。
「そう、指輪。ほんとはわたしが返さなくちゃいけないんだけどね。飛び込んでみたけど、人を探すどころじゃなかったわ。だから、これ、お山にある、聖プーチ神殿に届けて欲しいの。理由は、言わなくても、ね。あの方が生きて侵食を出られたら、きっとあそこに帰ると思うし。予感、かな。トーマの予感、のようにね。わたしの心の一部だから、それを、お山に帰して来て欲しいの。キーラがそう言ってた、そう言えば、誰でも分かると思うから」
そう言って、有無を言わさず、クララの膝の上に小箱を置いた。
そして、小箱にクララの手を乗せ、その上から自分の手を被せた。
血管が浮き出るほど白く、細く、柔らかく。少し、ひんやりした手。
その手から、力を感じた。
「聖プーチのあるお山は、前にも言った通り、辺鄙で遠いけど…みんなと違って、お城とかじゃないけど…空気が綺麗で、水が美味しいの。とってもいい所。お願いを聞いて欲しいのもあるけど、一緒に旅したクララちゃんにも、一度見て欲しいの。わたしが生まれ育った場所を」
クララは黙って頷いた。一緒に旅した仲間の。見て見たい、そう思ったから。
「ありがとう。いい子。あと…」
キーラはクララを抱きしめて、小声で言った。
「大丈夫だと思うけど、悪い男に騙されないようにね」
クララとキーラは目を合わせ、どちらともなく笑った。
バサバサ。
トーマが入って来た。
外では再び雪が降りだしたようだ。
テントの入り口で、トーマが頭から雪を落としている。
クララが立ち上がりかけると、トーマが動きを制した。
「ちょ、ちょっと待って!今渡さないと渡しそびれるから!」
なんと。まだ若いトーマまで。というか、トーマは別に帰れない理由なんかなくないか。そう思って、怪訝さを前面に押し出した顔を作った。
「あああああ。あれ。言いたいことは分かる。分かるけど、ほら、僕も、いや、僕はあの村には帰らない。あれ、その、あれ、魔導士様と旅に出るんです!いや、旅に出るんだ!ねえ?魔導士様?」
アルミスと酒を酌み交わし談笑していた魔導士が、不意に名前を呼ばれ、赤ら顔でトーマを見る。
「ねえ?魔導士様?!」
トーマがもう一度言うと、魔導士が一瞬斜め上を見て言った。
「そうじゃ。ああ。そうじゃ。この近辺の国を回ってな。二人で道場を開くのよ。ワシが魔法を教え、トーマが剣を教える。まだ、見習いじゃから、修行してからじゃけどな」
いつの間にそういう話に。まあ、旅の途中、仲良く話していた二人だから、そういうことになったのかもしれない。
「だから、これ」
そう言って、トーマは汚れた鉢巻を差し出した。
「これ、師匠が最後にしてた鉢巻なんだ。師匠、これがないと困るかと思って。いや、もう死んでるんだけどね。でも、もし、人の魂が、どこかで生き続けているなら、探してるかもしれないから。トンパスの村の墓地の一番奥で、一番新しいお墓。ギルバルド・カシマス。忘れても大丈夫。鉢巻の後ろに書いてあるから。多分、忘れないとは思うけど。湖と同じ名前だし。クララ、頼む。師匠の墓に置いて来てくれ。そして、村の人に、僕はもう帰らないと、師匠の様に、誰かのために…そう、誰かのために生きて死ぬ、そう言ってたと伝えてくれないか」
トーマは鉢巻を差し出して、頭を下げた。
こんなの。受け取るしかない。肩をアイリに、背中をキーラに叩かれてクララは溜息交じりに受け取った。
トーマは顔を上げ、パッと笑顔になる。涙目じゃん。なんだか、変な雰囲気になりそうで、クララは急いでテントの出入り口に向かった。
壁にぶつかる。
なんと、司書がそこに立っていた。
「やあ。クララ殿」
やあ、って。あたし、お話は。クララが言うと、司書は自分の両肩を自分で抱きしめながら答えた。
「いや、それなんですけど、ちょっと寒いので、一度中に入れてもらえますか?」
よく見ると、顔が青白い。それに、震えている。クララは体を半身にして、道を譲った。
「ああ。ありがとうございます」
司書は中に入ってきて、アイリとキーラの間―先ほどまでクララが座っていた場所―に座りかけて固まった。
「んん?なんです?これは?」
アイリとキーラが口々に説明する。
「なるほど。私の袋が信用出来ないから、クララ殿にお願いしようと。それはいい案ですが…」
クララを見る。クララは嫌な予感がした。まさか。
「違いますよ」
司書はそう言ってニヤリ、と笑うと、自分の荷物置き場に行き、何かを探した。探し物はいつもの半分以下の時間、奇跡的な早さで見つかったようだ。
「はい」
司書は両手に持った袋を差し出した。
右手の袋は下に沈んでいる。中に何か入っているようだ。左手の袋は、見た所空だろう。両方とも、布ではなく、革のようで、丈夫そうだ。
クララはまず軽そうな方を受け取って開いた。袋、というよりはカバンみたい。やっぱり。空だ。司書の顔を見る。なにせ相手は七生の賢者。何か考えがあるに違いない。
「違いますよ」
司書は同じ言葉を繰り返した。
「それは、ただの空の袋です。背中に背負うといいでしょう。皆さんから頼まれた品物を入れる袋です」
ああ。そういうことか。確かに気が利く。クララの私物の袋には入らないし、すぐに破れそうだ。
「そしてこれ」
右手の袋を差し出す。クララは念のため、両手で受け取った。正解。重い。
受け取った袋を開く。
立っていた、アイリ、キーラ、トーマの三人と、いつの間にいたのか、シンベルグが覗き込んできて、袋の中身を影が覆った。
これ。この金の輝き。お金じゃん。
クララは顔を上げて司書を見た。
「そうです。お金。皆さんの願いを叶えるためには、それ、必要でしょう?バルク行って、トルファ行って、聖プーチ神殿行って、トンパス行って、であれでしょ?ブリリアントパークに戻って来るんでしょ?いや、これなかなか大変ですよ?馬借りたり、船乗ったり、それに宿も必要でしょう?まさか、野宿っていうのも、ねえ」
司書は周りを見渡す。
アルミスと老魔導士が同時に額を打った。
アイリが鎖骨をなぞり、キーラが唇を指で押さえた。トーマは頭を掻いている。
確かに。頼まれるだけで、よく考えてなかったが、確かに。
でも、このお金。受け取れないと言って帰すべきなのか。でも、あると助かるし。
「ああ。気にしないでください。後でみなさんに請求しますし、各地の王様から報奨金ももらうつもりなので。言わば分け前です。分け前。前払い」
司書は胸を張って言った。
そういうことか。そう言えば、そう。クララも支度金と報奨金目当てで参加したのを忘れていた。なら、受け取っておこう。後で余ったら、きちんと精算しよう。
司書は頷いた。
「そう。それでいいんです。じゃあ、少し温まったら外に行きましょう。好きでしょう?夜更かし?」
思わずニヤリ。自然な笑いが出た。
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