7日目 燃える魂

7-1<夜が来る>

多くの事は、どうしたって迫りくる。

人は、そこに居るのだ。

<お父さん>


 お母さんが泣いている。

 お父さんが死んだのだ。

 クララは、胸がグッ、と押されるような感じが、ずっと続いている。

 悲しい、という言葉が、頭の中をグルグルと回っている。

 お母さんが泣いている。

 クララは、それを見て、また、胸が押される。

 足元にラーフが来て、ニャーと鳴いた。

 ごめんね、ラーフ。

 でも、わたし、行かなきゃ。

 みんなが待っている。

 わたし、騎士にならなきゃいけないの。

 侵食に行く支度金はもらったし、それがあれば、お母さんもランもクイもイータも、そしてラーフ、おまえもしばらくご飯が食べられるから。

 ラーフが上を見上げて、ニャーと言った。

 いい子。 

 外でみんな待っている。

 お父さんからもらった小刀を握りしめる。

 これが、きっとわたしを守ってくれる。 

 どこかでベルが鳴っている。

 時間だ。

 誰かが家の外からクララの名前を呼んだ。

 はい、今行きます。 

 最後に一度だけ、ラーフを抱きしめる。

 太陽の匂いがした。

 そこでようやく、涙が出た。

 ごめん、泣いちゃダメだって分かってるけど、今だけ。

 すぐに泣き止むから。

 お母さん、行ってきます、と心の中で呟く。

 弟たちはまだ寝ている。

 みんな、お母さんを守ってね。

 再び、名前を呼ばれる。

 クララは返事をせず、戸口に向かった。

 眩い光が、円状に迫って来て、クララの体を包んだ。

「クララちゃん!クララちゃん!起きて!」

 はっ、と跳ね起きる。

 外はまだ暗い。 

 いや、ずっと暗いのだった。

 目の前にキーラがいた。

 髪はいつもの様にキレイに梳かされてはいない。

「敵が、敵が来てる。早く下に」

 頷いて、手早く足元の鎧を着け、枕もとの剣を握りしめると、階段を降りる。  

 真っ暗な見張り塔の1階には、老魔導士と司書、シンベルグを除く全員が装備を整えて集まっていた。

 敵ですか、と聞くクララにアルミスが頷いた。

「そうだ。まだ遠いが、1時間はない。司書の結界に反応した。司書は今、上から敵の戦力を見ている。ああ、来た。」

 振り返ると、司書が階段を降りて来た。

「どうだ?」

 アルミスが聞く。

「30はいますね。しかも、重武装。さらに悪いことに…」

「なんだ?」

「騎兵も5騎混じってます」

 アイリが溜息を吐いた。

「正規兵。しかも、それなりに訓練された部隊ね」

「ええ。おそらく。雪が晴れて見張り塔を視認できるようになったのでしょう。フォーリナーの一部は、堕ちる前の行動を取ることがある。この辺りの警護騎士団の部隊でしょう。どうします?」

「30は…外で囲まれたら全員を守り切る自信はない。俺とアイリで切り抜ける、というのなら話は別だが」

「そうなると、ここを根城に戦うしかないですね」

「そうなるな。しかし、シンベルグを入れて7人で戦うのは、少しきついな」

「ええ。ですが、やらねば。騎兵がいる以上、今逃げても万が一見つかれば、追われます。怪我をした魔導士殿をかばいながら逃げる方が、難しいです」

「分かってる」

 皆がアルミスと司書のやり取りを見守る。

 少しの間目を閉じて、考えていたアルミスが、目を見開いて言った。

「よし。シンプルに考えよう。大丈夫。俺達は生き残れる。俺が保証する。アイリ」

「はいっ」

「いいね。いい返事だ。お前は見張り塔二階から狙撃しろ。言うまでもないが…」

「馬の脚を止めるんですね?」

「そうだ。その通り。後で目印を奥から、敵がそこまで来るまでは馬を中心に狙え。馬の脚を止めたら、下に降りて、加勢しろ。出来るな?」

「ええ。いや、はいっ。任せてください」

「よし、行け」

「アルミス様!」

「なんだ?」

「これ、使いましょう」

 アイリはそう言うと、一束の紙の束を差し出した。

「それは?」

「騎士の召喚札です」

「召喚札…なぜそんなものが?」

「30枚あります。最後までアルミス様に付いて行きたいと願った騎士達の人数分です。それぞれ、魔法の札に、ちゃんと血文字で名前を書いています。札の効果が短いのは知っています。30分ほど。でも、きっと役に立ちます!」

 アルミスは、アイリから束を受け取って、何枚か目を通す。

「ジャン、ボロック、メイビス、サース…」

 声に出さず、騎士の名を読み上げていく。

「全員手練れです。例え召喚された幻でも、アルミス様の鍛えた騎士達です」

 アイリは真っすぐにアルミスを見つめた。

「お前、アイリ、いつの間に…。そうか…ありがとう。10人、そうだな、10人呼ぼう。これが最後の戦いじゃない」

 アルミスの独り言の様なセリフにアイリが強く頷いた。

「では、アタシは2階に行きます!」 

 アイリは2階に上がる。

 アルミスはお札から顔を上げてアイリの後ろ姿を見送ると、切り替えたのか、力強く、次に指示を出す人間の名を呼んだ。

「キーラ殿」

「はい!」

「ふふ、いい返事だ」

 アルミスが微笑みながら頷く。

「キーラ殿は1階の窓から補助魔法を使って下さい。眠りの魔法がいい。効かなければ、幻影の魔法。いろいろ試してみて下さい。とにかく実働出来る敵の数を減らすこと。負傷者が出たら手当てを。万が一、見張り塔に侵入されそうになったら、窓から逃げてください」

「分かりました」

 アルミスは頷く。

「司書」

「はい」

「敵の脚を鈍らせる道具はないか?」

「あります。このシチュエーションは予想してました。もっとも、ここで使うとは思いませんでしたが。デコイが三体。投げ割ると土塀が出来る瓶が5本。燃える石が10個と、破裂する石が10個。破裂する石はあんまり使いたくないですがね。音が凄いんで」

「分かった。それはいざというときに使おう。土塀は俺にくれ。見張り塔の前に防御壁を作る。それ以外の道具で敵を足止めして欲しい。なるべく隊列をバラバラにして、各個撃破と行きたい。一緒に外で戦って欲しい。お願い出来るか?」

「今更何をおっしゃる。高名なアルミス団長の指揮下で戦える幸運を逃す訳がありませんよ」

「ありがとう。よろしく頼む」

 司書が頷く。

 アルミスが続けた。

「クララ」

 はい。

「見張り塔を守れ。アイリ、キーラ殿の背中。そして、魔導士殿を守るんだ。敵を中に入れるな。入り口が破られかけたら、皆に知らせろ。そして、窓から脱出する。魔導士殿があまり動けないだろうから、これは難しい任務だ。出来るか?」

 はい。やります。

 腰の剣を、背中のカゲツネを触り、懐の小刀にそっと手を当てる。

「よし。頼むぞ。俺の代わりにみんなを守るんだ。っと、シンベルグ?」

「いますよ」

 クララと、トーマは周りを見渡した。 

 戸口前の薄暗闇にフワフワと浮いていた。

「得意の話術で敵を分断出来るか?」

「やってみるけど、無駄だと思います」

「ん?どうしてだ?」

「相手が一族なら話が通じるけど、フォーリナー?元々人間だった相手には、なかなか通じない。あちらの国ならともかく、まだ人間だったころの意識が邪魔をすると思う」

「そうか…ならば、トーマの援護を頼めるか?」

「うん。いいですよ」

 シンベルグが答えた。

「あ、あの」

 トーマが不安げな声を上げた。

「僕はどうしたら?」  

「トーマにも外で戦ってもらう。おまえ、弓は使えるか?」

「ええ。一応。それほど自信はありませんが…」

「いい。敵の注意を引き付けるだけでいい。見張り塔の右手の岩の影から、敵の隊列の横から弓を射ろ。ある程度引きつけたら、弧を描くように敵と距離をとって見張り塔を1周回って俺と合流しろ。敵から逃げるときは敵を相手にするな。敵の視界から隠れるように走って振り切るんだ。相手も弓を持っている可能性や、槍を投げてくる可能性を忘れるな。それと、倒そうと弓にこだわり過ぎるな。注意を引き付けるだけでいい。出来るな?」

「はいっ!」

「よし。ではシンベルグ伯。もし、もしも打ち漏らしがあって騎兵がトーマに向かったら、せめて騎兵を攪乱して欲しい。お願い出来るか?」

「はいっ!僕にも、出来るな、でいいですよ」

 アルミスは「ははは」と笑った。

「敵の数を減らせて、殲滅出来そうになったら、合図を出す。一斉に集まってくれ。その逆で、もし、俺や司書が劣勢になったり、見張り塔に取りつかれそうになったら、見張り塔を捨てて逃げる。落ち合う先は、ギルバルド湖だ。いいな」

 全員が頷いたその時、階上から声がした。

「アルミス様!10分したら射程に入ります!」

「よし。行くぞ!」

 アルミスの掛け声に、全員が声を出して答えた。

 戦いが始まる。

 それぞれがそれぞれの役割を果たすべく、所定の場所に散った。

 クララは窓から近づきつつある敵を、魔法の筒で見る。

 5列。

 先頭に騎兵5騎。

 2、4、5、後ろに5人の歩兵で、総勢30人。ゆっくりと進んでくる。

 さすがに弓の射程にはまだ遠い。

 視界の右隅を目を凝らして見ると、三体の影。

 司書、トーマ、シンベルグだ。

 見張り塔右の大岩の影に隠れた。

 見張り塔に真っすぐ進んできている敵の進行方向、見張り塔の30メートルほど先にアルミスがしゃがんでいる。

 そこに居ると知っているから、暗闇でもなんとか分かるが、そうでなければただの岩にしか見えない。

 隊列に変化がなく、おそらく敵には、こちらの動きは見えていない。

 見張り塔まで100メートル。

 筒の中で、真ん中の騎馬が前脚を上げてのけぞった。

 勢い、騎兵が後ろに放り出される。

 隊列が乱れた。

 その瞬間、後続の歩兵が燃えた。

 一気に明るくなり、視界が広がる。

 後ろの歩兵が何体か右に動く。

 筒の先を動かして騎兵を見ると、騎兵が見張り塔に向かってくる。

 少し離れて歩兵が続く。

 再び炎。

 筒の中で、今度は一番左の騎馬が前に滑るようにして転んだ。

 視界の右隅でも動き。

 さっと筒を右に移動させると、一番右の騎兵が、手綱を引いて、進路を右に変えた。トーマ達に気付いたようだ。1列丸ごと、右に向かう。

 トーマやシンベルグがどう戦っているかは、暗くて良く見えない。

 正面の敵は、司書の火炎瓶の炎で、はっきり見える。

 アルミスが立ち上がって、少し先の地面に瓶を叩きつける。

 左前方、右前方。

 瓶が割れ、モコモコ、っと盛り土が出来た。

 アルミスの左右前方に、正面を残して、土の壁が現れた。

 残る2騎の距離50メートル。後続との距離は開いているが、20メートルほど。

 各個撃破が出来るほどの距離ではない。 

 ましてや、先頭は騎兵である。 

 今までの様に、来た敵を右左と切り捨てる要領では行かない。  

 単純だが、左右挟撃されただけでも、厳しい。

 アイリが狙っているだろうが、弓があることはもう相手にも知れている。 

 動く敵に当てるのは、相当難しい。

 クララは歯がゆさを噛み締めながら、筒の中を覗き込んだ。

 最初に射られた1頭と、次に射られた1頭が起き上がった。

 のけぞる馬から落馬した騎士は、その場に棒立ちしている。 

 次に射られて横滑りした騎士は、騎馬に跨り、再度こちらに向かって来る。

 闇の空気で、馬も変異しているのだろう。

 そう簡単には倒せない。

 無傷な騎兵が、土塀まで迫って来た。

 アルミスが両手で何かを引きちぎり、目の前に撒いた。

 先ほどの盛り土の様に、地面から何か生えた。

 人?

 それは、武装した騎士だった。

 普通の騎士でないのは、筒なしで見ても分かる。

 それは、薄ぼんやりと白銀に光っていた。 

 アルミスが剣を抜く。

 アルミスの前を守護するかのような10体の騎士の一団は合わせるように抜刀した。

 アルミスが剣を前に振ると、騎士の一団は前方に駆けだした。

 開いている土塀の裂け目ではなく、土塀を避けるように回り込もうとした騎士に、白銀の騎士達が二手に分かれて応戦する。

 騎馬一体に付き、3人づつ。

 残る4人は、土塀の裂け目、アルミスの正面に陣取った。

 後続の歩兵を迎え撃つのだろう。 

 後続の歩兵の足並みは、大きく乱れている。

 後ろで度々上がる炎と、見張り塔から間断なく打ち出される矢の効果だ。 

 キーラが窓を開けて、呪文を放った。

 紫の炎が、騎兵に当たり、騎兵が落馬した。

 白銀の騎士達が、落馬した騎士と噛む様に暴れる騎馬に剣を突き立てる。 

 1体、2体。左右の騎馬兵が打倒された。

 アルミスの召喚した騎士達が、復活した騎馬兵と、歩兵に向かう。

 右手の方で、岩の周りをぐるぐる回っていた一団が、中央の戦線に向かうのが見えた。

 トーマは、見事、使命を果たしたようだ。

 その内、アルミスに合流するだろう。

 敵の数は着実に減っているが、それでもまだ20人は残っている。

 炎の前で、中央は乱戦模様だ。

 敵兵が弓を構えた。 

 誰か狙ってる。

 弓を構えた兵が、のけぞった。

 額に矢が突き刺さっている。

 アイリだ。

「遠いわ」

 息をするのすら忘れていたクララの横で、キーラが悔しそうに呟いた。

 確かに。

 土塀や、召喚した騎士の奮闘で、戦闘地域は見張り塔から50メートル地点で動かない。アイリの弓にはいい射程かも知れないが、キーラの補助魔法では、遠すぎるようだ。司書がここぞとばかりに道具を使っているようで、火の手が上がる。

 その遠い炎に照らされて、アルミスの後ろに、トーマとシンベルグが合流するのが見えた。

 二言、三言交わして、アルミスが前進する。

 その後ろを警戒するように振り向きながら、トーマとシンベルグが続いた

 それにしても、白銀の一団の活躍が凄まじい。

 1体、また1体と、洗練された動きで打倒しては、次の1体にひるむことなく打ちかかる。それに、何か変だ。一番最初に落馬した騎士が、どうにも自分の仲間に斬りかかっているような。

 これは、勝てるかも知れない。

 そう思った、まさにその時だった。

 ドガン。

 見張り塔の入り口で大きな音がした。

 木や、壁を、何かで打ち付けるような。 

 ドガン。

 最早、空耳ではない。

 クララはキーラと顔を見合わせた。

 ドガ。

 くぐもるような音と共に、木の扉上部が内側に裂けた。

 ドガ、バリバリ。

 一度裂けた扉は脆い。傷口をえぐるようなもの。

 裂け目から、斧を振り上げる兵士の姿が見えた。

 キーラさん、逃げて!クララは叫んだ。

「でも!駄目よ!2階にアイリさんと魔導士様が!戦います!」

 キーラは入り口に向き直る。

 駄目!囲まれたら全滅しちゃう!敵の数も分からないんだから!ここはあたしが引き留めますから、急いでアルミスさんに伝えて来てください!今なら窓から!そう言って窓を指さした。

「でも…」

 言い淀むキーラの腕を掴み、窓際に連れて行く。お願い、もう破られる!時間が無い!

 キーラは唇を噛むと、凄い勢いでクララの頭を抱きしめ、窓からひらりと飛び降りた。

 アイリさん!敵です!入り口から敵が! 

 ドガ、バリバリ、ドガ、ドガ、バリバリと扉を打ち続ける音の中、クララは2階に向かって叫んだ。

 クララの大声で、一瞬扉を一心に打ち付ける動きが止まったが、一瞬リズムが乱れただけで、すぐに続いた。

 それにしても、剣を構えながら妙に冷静に分析する。

 扉を徹底して破壊するだけで、空いた隙間から手を入れて内鍵を開ける発想はないらしい。

 それが、逆に怖い。相手が、冷静でも怖いが、話の通じない狂気を感じるのは、絶望に近い。 

 ドガン。 

 斧の刃が、扉に食い込んだ。

 扉の上部分は、もはや存在しないに等しい。 

 そこから見える光景は、あまり愉快なものではなかった。

 敵は1体じゃない。3体はいる。いや、もっとかも。

 アルミスならともかく、クララはせいぜい1体相手にするのがやっとだろう。

 そうだ、階段。

 思い当って、階段に走る。狭い階段なら、正面の敵だけに集中出来るはず。 

 階段を上がりかけたところで、降りてくるアイリとぶつかりそうになった。

「クララちゃん!大丈夫?!」

 クララは頷く。

「キーラさんは?」 

 クララはキーラを、応援を呼んで来てもらうように窓から逃がしたことを伝えた。もうすぐ入り口が破られることも。

「分かった。それじゃあ、階段の上で待ち伏せしましょう。階段の途中は、意外に戦いづらいの」

 アイリはそう言って、クララの手を引いた。二人で2階に上がる。

「いい?合図するまで飛び出しちゃダメ。一体ずつ上で囲む様に戦いましょう。下から矢を射られても対処しづらいし、相手に長尺の斧や槍があってもまずいから」

 クララは頷き、アイリと同じように階上で腰を落とした。

 ゴガ、バタン、と音がした。入り口が破られた。

 床を荒々しく踏みつける音。3体よりも多い。 

 クララは息を潜めた。 

 アルミス達が来れば。

 ギシギシギシ。階段を踏む音。階段から顔が見えた瞬間、その顔に正面に潜んでいたアイリが剣を突き刺した。

 骸骨ではなかった。半分腐ったような、黒い、ゼラチンの様な顔。その顔に剣が突き刺され、抜かれた傷跡から、どろりとした黒い液体が漏れた。

 腐臭がする。強烈な。クララは口だけで呼吸する。 

 腐った兵士は、クララの期待するように、後ろに倒れ、仲間を巻き込んで階段を転がり落ちはしなかった。先ほどの戦いを遠目に見ててもそうだったが、フォーリナーは、一撃二撃では、倒れない。どころか、ひるみもしないようだ。

 アイリの剣に突き刺された兵士は、傷口が開くのも構わず、口を開けると―絶対分かり合えないと思わせる不気味な笑みを浮かべると―斧を振り上げた。

 アイリが今度は剣を横に払う。

 アイリの剣の切っ先は、腐った兵士の喉元を切り裂いた。

 ドロリ。

 階段の横にしゃがんでいるクララから、その喉元から、何かが飛び出してくるのが見えた。

 咄嗟に剣を突き出す。

 ガイン。

 音がして、前のめりになっていたアイリの顔の横を、槍の穂先が間一髪通り過ぎた。

 なんてこと。

 敵は、仲間の喉を貫いて、槍を繰り出して来たのだ。

 さすがのアイリの目が大きく見開いている。

 アイリは立ち上がると、階段横、クララの横に立ち、クララの頭を抱きしめた。細かい震えが伝わる。

「ありがとう!まさかだった…ほんとに危なかった…1体ずつ倒しながら、後退しましょう。きっとアルミス様が来てくれる」

 クララは頭を抱えられたまま、頷いた。キーラとも違う、微かに甘い、すっきりとした柑橘系のいい匂い。

 槍で喉を貫かれた兵士の体が、上下左右に振られ、その度に、体液が跳ねる。

 ブチブチ、と粘着物を無理やり剥がす音がして、先頭の兵士の首がちぎれた。

 どさり。

 体が落ちる。

 ギシギシギシ。

 階段を上がる音と共に、槍の穂先が上下する。 

 階段を上る音は、ゆっくりだが淀みなく、連続している。

「来る!もし、もしもアタシが倒れたら、クララちゃんは、窓から飛び降りて。怖いかもしれないけど、きっと雪がクッションになってくれるから」

 アイリはクララの肩を掴み、顔を覗き込む様に言った。

 素直には頷けない。でも、頷いて欲しいと思っているのは、目を見れば分かった。クララは肩を落とすようにして頷いた。

「もしも、ワシが倒れたら、も条件に付け加えてもらおうかの」

 クララとアイリは、後ろを振り返った。

 赤い塊と熱い空気が横を通り過ぎ、階段を上がり切ろうとしていた腐った兵士に当たった。たちまち、派手に燃え上がり、今度は後ろに倒れる。

「ギャア、ヒイッ!」

 炎に巻き込まれたのか、複数の悲鳴が上がる。

「魔導士殿!」

「やれやれ。騒がしい。今日1日はゆっくりさせてくれるとか言っておったではないか?しかも、ワシ抜きで、随分面白そうなことをしちょる。狡いではないか。ここまで旅を共にしてきたのに。窓の外を見れば、何やら大事じゃ。フォーリナーか?ん?そうであろう?フォーリナー相手は、ワシが一番経験があると言っておいたのにのお」

 話している間にも、手と手の間に火球が出来上がる。

 兜大の火球を、老魔導士は指で弾く様に打ち出した。

 2階に足を踏み入れかけたフォーリナーに当たり、燃え上がる。

 フォーリナーは、半回転して直立のまま、階段を踏み外して落ちた。

「よく燃える。フォーリナーは得意じゃ。火球が効くからな。ワシの得意分野。知ってたかの、クララ?ましてや屋内。これだけ寒いと、外では火球の威力も落ちるが、部屋の中では関係ないのよ。ほれ」

 次の火球。

 フォーリナーが火だるまになる。

「老魔導士殿!体は大丈夫なのですか?!」

 アイリの問に、老魔導士が答えた。

「なんの。長く生きてるとな、動くべき時に動けるものよ。どのみちいつか死ぬことが、はっきりしとるでな。残り少ない命、無駄に休むのは嫌なのじゃ。無理に動くのも嫌じゃがな。もう大丈夫じゃ。傷は負うたが、今日は死なんよ」

 そう言って、前に進むと、アイリとクララの肩を叩いた。 

「ほれ、ワシがいると心強かろう?共に倒して、表の連中に自慢してやろうではないか。ワシら居残り組は居残り組で、楽しくやっておったとな」

 


   

 

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