2日目 街道を行く
2―1「二段目」
恋だの愛だの。
勝手に名前をつけるのはいいが、
一言で「犬」と言ってもいろいろいるだろう?
<カフェトライアングルハウス店長ルーク (ポメラニアン好き)>
百日砦は、ブリリアントパーク国の南の守備の要である。カルムから、北へ15キロメートルほどの地点にあるその砦の名は、突破するのに百日かかるとされる堅牢さから来ている。南北に平野が広がる小高い丘に位置する平城で、東西は森に囲まれている。一見すると、容易に突破しえるようにも見えるのだが、深い堀に囲まれ、騎馬で乗り入れるのが難しいうえに、砦自体が迷路になっていて、しかも、その迷路が定期的に変更されるという、大陸でも他にない作りになっているため、攻略に百日かかると言われている。
道中、ワーウルフやゴブリンといった比較的下級の闇の生き物と対峙したが、常に1~3匹で現れるのと、クララ達パーティーが―クララとトーマと司書はほとんど何もしていないが。あと、シンベルグも―強すぎるのとで、特に足取りが鈍ることはなかった。
カルムから、百日砦の間は、ごく少数の民家があるだけで、あとは見渡す限りの平原に、牧場と、畑があるだけだった。さすがにカルムから、百日砦までの道のりを、ぶっつづけで歩くのはきついので、途中一度キャンプをはり―司書の魔法の袋が役立った―中休みしながら砦を目指した。
ずっと、遠目からでも視界に入っていたが、なかなか近づいている感もなかった有名な砦も、いよいよその存在を増す。少し闇の空気にも慣れてきたのか、パーティー内でも、少し会話が出始めてきた。主に司書がシンベルグに話しかけ、そこから他のメンバーが会話に加わるといった感じである。クララとしては、初めて聞くことも多く、大人の人間の知識量に驚かされた。そして、大人の人間の質問の内容に、感心しきりだった。とても勉強になる。また司書がシンベルグに話しかけた。
「シンベルグ伯。質問なのですが」
「なんです?司書殿」
「我々、カルム以降、三十体ばかりの、貴公のお仲間にお会いしていますが、なぜ協力し、大挙して襲って来ないのですか?実は、貴公の国の人口は、極端に少ないとか?」
お会いしてます、クララのツボにはまった。確かに、司書は戦闘に加わることがないので、会っているだけだ。シンベルグが答えた。
「そんなことは、ありません。人口は私の知識では定かではないですが、そもそも、人口というのかな、相当数来ているはずです。ただ、前にも言った気がするのですが、我々の種は、いや、正確には我々の国の生き物は、人間でいうところの、極端な個人主義なのです。利害が一致しなければ、同じ行動をすることはないし、協力ですか、使いなれない言葉ですが、それもしないのです」
「では、カルムの街を襲ったのは、利害というか、目標が一致しただけだと?」
「そうですね。たぶん。良く分かりませんが。お腹が空いていたんでしょう。何しろあそこに有った死骸は下等種ばかりだったので」
なるほど、そう言うものなのかもしれない。ちょっと前に、アルミスとシンベルグが話していた内容を思い出した。アルミスが、何度目かの戦闘をこなした後で、「やつら、俺達に会うたびに、驚いている気がする」と言ったのを受けて、シンベルグが「そりゃそうでしょう」と事もなげに言った時のことだ。
シンベルグによると、侵食により、闇の空気が人間の国に漏れ出すのは、闇の国トリダークの生き物にしてみれば、急に行ける所が広がる、という程度の意識なのだそうだ。昨日まで海だったところが、陸地になるようなものらしい。明確な意図など存在しないのだ。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが。
「ウーン。質問が二つに増えましたが、よろしいですか?」
「どうぞ」
司書の質問は増え続けている気がする。
「今まで、数多くの家畜、動物は見ましたし、今も鳥が空を飛んでいますが、この広大さを考えると、若干家畜類が少なく感じるのと、なにより生きた人間をまだ見ていないのは、なぜなんでしょう?」
シンベルグは少し困った顔をした。ウーン、と唸って「たぶんですが」と前置きして言った。
「動物の方は、森へ逃げたか、変異したか、でしょう」
「変異?」
それまで黙っていたキーラとアイリが同時に声を発する。答えたのはシンベルグではなく、老魔導士だった。
「そう、変異。長く闇の空気を吸うと、個人差はあるが変異してしまうのじゃ。フォーリナーの一部もその一種だと言われとる」
恐ろしい。自分たちは大丈夫なのだろうか。
「ぼ、ぼくらは大丈夫なのですか?」
トーマが聞いてくれた。
「ひとつには、神魔器があるから、それを身につけたものは、そう簡単には闇に侵されない。ひとつには、人間は意志の力で、変異を防ぐことが出来る。よほど後ろ暗いことや過去がなければ、そうそう犯されない。そうですね、ご老人?」
アルミスが会話に加わった。「ご老人か」老魔導士はつぶやいたが、やれやれといった感じで答える。
「そうじゃな。わしが知る限りは」
「そ、それでも変異したらどうするつもりだったんですか?例えば神魔器が偽物だったりとか」
クララはぎくりとした。しかし、トーマは、クララの聞きたいことを的確に聞いてくれる。
「偽物なの?」
アイリが冗談めかしてトーマの背を叩く。トーマは真赤になった。「ガキ」クララは思った。
「斬るつもりだったよ」
こともなげにアルミスは言った。トーマが今度は青ざめる。「ガキ」クララは呟いた。アルミスが笑いながら言った。
「冗談だよ、トーマ。こちらに来る前に、神魔器を見せ合わせただろう?あの時に、確認したわけさ。一緒に入っても平気かをね」と続ける。
知らなかった。大人と一緒で良かった。そして、恥をかいたのが、トーマで。が、各人の反応を見る限り、知っていたのはアルミス、老魔導士、司書の三人だけのようだ。
アイリとキーラはなるほど、といった顔をしている。司書が話を戻した。
「で、なぜ人間は生きた者がいないのです?まさか、皆変異したわけではないでしょう?」
そうだ。人々はどこへ行ったのだろう。シンベルグは、少し眉間に眉をよせる。
キーラのモノマネらしい。少し、似ている。
「これは、推測ですが、今までの経験からいうと、三通りですね。ひとつは、お話していたように、変異してしまった」みなさんが殺したゴブリンがそうかもしれませんね、と言ってククッと笑う。悪趣味だ。シンベルグは自分以外の人間達の悪意を感じたのか、一歩下がって手を横に振る。
「冗談ですよ、冗談」
「二つ目は?」
アルミスが聞く。
「二つ目はですね、逃げたんでしょう。森や、城、街に」
これは想像つく。実際、デイスペックの城にも、難民が大勢いた。
「森に?」
キーラが憂いを帯びた声を出す。シンベルグは、はい、と頷いた。
「今回も何人か見ましたね。前回も前々回も見ましたが」
「それでは…」
キーラの声が憂いを増す。シンベルグは、また、はい、と答える。
「ご愁傷様です、と人間はいうのでしょう?」
皆、殺されたのだ。
「た、助けなかったんですか?」
トーマが聞く。この答えは、クララにも分かった。
「ええ」
シンベルグは答えた。助けないのだ。個人主義だから。別の種だから。シンベルグには、まるで罪悪感めいたものは感じられない。見ると、アルミス、老魔導士、司書の顔にも、まあ、そうだろうな、といった表情が浮かんでいる。キーラは悲しげで、アイリは複雑な表情だ。クララは、ちょっと怖かった。そんな女性陣の顔色を察したのか、司書が咳払いをして「三つ目はなんです?」と聞いた。
「襲われた。あるいは、立ち向かったのでしょう。人間だから。多くの動物、牛、とか馬は我々を見ても立ち向かっては来ない。我々も、別に追わない。お腹が空いてない限りはね。ただ、人間は立ち向かいますからね。お互い異型だし、そうなると、お互いの間に自然と悪意が生まれますから。当然戦いになる。それで死んだ者も大勢いるのでしょう」両方ともにね、と言葉を結んだ。
クララはカルムの街を思い出した。そう、あれは戦闘、殺し合いの痕だった。おそらく双方、訳も分からぬまま戦って、死んでいったのだろう。
「では、立ち向かわなければ、話し合いの余地があるのですか?」
キーラが聞く。ウーンと、アルミス、アイリ、老魔導士、司書、シンベルグがほぼ同時に唸った。それが返事だった。
「さっきも言いましたがね。お腹が減っていれば食べますし、基本的には異物にしか見えないんですよ。皆さんが我々を見て剣を抜くのと変わらない」
シンベルグが答えた。
「価値観の相違、というのは、根深く、難しいものなのですよ」
司書が言った。クララには、よく理解出来なかった。価値観の違いとはなんだろう。そして、侵食とは、なんだろう。ただ、闇の生き物―悪―と戦い、勝つために皆、集まったのではないのだろうか。そういえば、大人たちはどことなく悲愴感が―出立してからこのかた―漂っていた。それは、単に侵食に挑む恐怖なり、生きて帰って来れるかどうかわからないことへの恐怖だと思っていた。半分は当たっている気もするが、それが全てでもないのだろうか。そんな気がした。
「ひゃ、百日砦は、安全でしょうか?」
トーマが聞いた。
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