1日目 光るもの

1―7「闇の中で光る物」 

刺激が欲しい?

OK。

但し、責任は自分で取れよ。

大丈夫、最悪死ぬだけだから。

大丈夫、あんたが死んでも、誰も困らないよ。

眉をひそめるか、喜ぶだけ。

<トリダークのある街の落書>

 

 セラ教の教会内部は、教会にしては意外に狭かった。だが、総勢8人のパーティーが使うには、十分すぎる広さだった。

 六十坪ほどある空間に、入口から奥に向かって7列、十人ほどが座れるベンチが置いてある。

 最前列のベンチの前に階段があり、その上に説教壇が鎮座していた。

 明かり取りの窓が、方々にあるので、明るさは、外とあまり変わらない。

 説教壇の後方、天井近くには、七柱の天使像が、円を描くように配置してある。

 セラ教の御神体、希望の七天使像だ。クララは、地元の教会で見たのと、少し違うな、と思った。

 アルミスは、説教壇の方に歩いて行き、階段に腰かけた。皆その周囲に、めいめい、腰を下ろす。

 クララも、最前列から二番目の長椅子に腰掛け、アルミスを見てギョッとした。

 アルミスの顔は、明かり取りの窓の関係で、丁度、外からの光が当たる場所にあった。その光自体、奇妙な発光であるためだろうか。いや、明らかに、疲れきっている。ほとんど、憔悴―最近覚えた―しているように見える侵食内に入る前の快活な青年騎士と、同一人物とは思えない。

 クララは気になって、他の面々の顔をこっそりと見てみた。ほとんど皆が、疲れているように見えた。司書、老魔導士、シンベルグが変わらないようにも見えるが、それでもいつも張り付いた笑顔の司書は、無表情だし、老魔導士の顔も、いつも以上に、強張っているような気がする。

 シンベルグは、会ったばかりだし、人間ではないので、なんとも言えない。それでも、アルミスの顔が一番、なんというか、そう、憔悴して見えた。

「さて」

 アルミスが口を開いた。声は、いつもどおりなので、安心した。

「いよいよ、侵食の内に入った訳だが、ここまでは、なんとか来れた。問題は、これからだ。正直、思った以上にきつい旅になりそうだ、そう思っている。ただ、最初は正直迷ったが、我々にはシンベルグがいる」

 そう言って、アルミスはシンベルグを見た。

「なるほど、アルミス殿。あなたは頭がいい」

 シンベルグはお辞儀をしながら応えた。

「七生じゃなくて残念じゃがの」

 老魔導士が低く笑いながら言う。ふふっ、とアルミスが笑った。

「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず、彼を知らずして、己を知るは、一勝して一敗し、彼を知らず、さらに己を知らずは、必ず負ける、とか。シンベルグ伯、侵食の終わらせ方、いや、そこまで辿り着くまででもいい、話して欲しい」

 アルミスはそう言うと、シンベルグに頭を下げた。アイリがびっくりしたように立ちあがった。

「いいですよ」

 事もなげにシンベルグが言った。闇のモノは、皆、こんな軽い感じなのか、クララは思った。アルミスは「ありがとう」と言って頭を上げると、質問を始めた。

「まず、闇のモノは、基本的に我々人間に敵意を持っているのか?いや、当然持っていると思っていたのだが、貴公はまた違うようだし、かといって、先ほどの有様を見ると、どう考えたらいいのか、そう思ってな」

「ううん、なんとも答え難い質問ですなあ」

 シンベルグは語尾を伸ばす。

「私は、私のことはある程度分かりますが、他の連中のことは、分からないのです」

 「人間もそうでしょう?」と、シンベルグは言った。その通りだ。クララも、けっこう、他の人が何を考えているか分からない。

「つまり、人、いや、モノかな?によるということですか?」

 司書が聞いた。

「いや、基本的には、あなた達人間と仲良くする気はない、でしょう。かといって、全てを滅ぼそう、という訳でもない。敵意、というか、悪意、いや、強すぎるかな、まあ、我々の国のモノ達は、闇の空気の広まりと共に、住む世界を広げる、それだけが目標というか、ううん、意味、だと」

 どうも歯切れが悪い。

「なんのために、侵食するのじゃ?」

 老魔導士が聞いた。

「なんのため、と言われましても。私が起こしているわけではないので」

「じゃあなぜ起こるのです?」

「それも、我々は分かりません」

 皆、考え込んでしまった。クララのイメージ―人間の持つイメージ、だろう、多分―では、侵食は、人間を滅ぼすために、魔物達が侵略してくる、そういうイメージである。しかし、シンベルグ伯爵は、仮にも闇の世界の貴族なのに、なぜ侵食するか、知らない、と言う。「それでは」と司書が言った。

「わたくしの勤める図書館で流行っているゲームをしましょう、シンベルグ伯爵。質問をしますから、答えて下さい。侵食についての質問です」

 シンベルグは不安そうに、頷く。

「誰が?」

「厳密には知らない」

「いつ?」

「少し前」

「どのようにして?」

「ゲートを開いて」

「なんのために?」

「多分…知らない」

「何を?」

「何を?」

 これで、何が分かるのだろうか?司書は一人、頷いている。

「シンベルグ伯。あなたの推測で、誰が、となんのために、を話して貰えますか?」

 シンベルグは頷いた。

「誰、と言われると、困るのだが、誰が侵食を起こしているかと言うと、神、じゃなかろうかと思う。ううん、もちろん、実際に起こすというか、行動に出るのには、我々の一族が関係しているし、その引き金を引く人間が居るのだとは思うけど」

 シンベルグは一度言葉を切ると、深呼吸して続けた。

「何のため、と言われると、困る。実際私には明確な目的はない。食欲だったり、戦闘本能だったり、ただ単に門が開いたからだったりするんだろうと思う。もちろん、今の空気濃度で来ている一族達は、元々下等種が多いので、思考能力がない、ということもあるが、自らの意思で来ている一族は、めいめい勝手に来ているだけで、いわゆる、その、なんというか」

 どもるシンベルグに、司書がフォローする「共通の目的ですか?」

「そう!共通の目的。そういうものはない。元々ない。皆個人主義だから」

 ふーむ、とみな唸る。アルミスが言った。

「興味深い話ではある、が、オレの興味は、今回の侵食の終わらせ方と、そこまでの安全な道のりだ。話を元に戻していいかな」

 武人らしく、そう言う。否はない。クララも、面白く聞いていたが、大切なのは、そう今回の侵食の終わらせ方だった。シンベルグは、こくり、と頷くと「私の知っている限りにはなりますが」と前置きして質問に答えた。

「侵食を終わらせるには、侵食を生み出している元、こういう言い方しか思いつかないけど、それを壊すこと。それが、今回はどんな形のモノなのかは、私も知らない。ただ、噂では、この地域の国の王だとか、王とその一族だとか聞いています。いつも、形状は違うから、実際に見てみないことには、なんとも言えない。ちなみに、その場所は…もう分かりました?」

 クララは分からない。トーマを見ると、真顔で見つめ返してきた。たぶん、分かってない。

「王族…カシュワルクの城、ですね」

 アイリが言った。シンベルグが頷く。

「なるほど、カシュワルク城を目指せば良いのだな。それで、どういうルートで進めばいい?」

 アルミスが「地図を」と司書に言い、受け取った地図を開きながら聞く。

「それは…」

 シンベルグが少し困ったようにキーラを見、老魔導士を見、司書を見た。老魔導士と、司書が一緒に笑った。

「アルミス殿。カプリコーンの、いや、ハルクの三大騎士よ。お主が武人だから、この伯爵、困っているぞ」

 アルミスと、アイリは怪訝な顔で、シンベルグを見る。司書が、また、フォローする。

「アルミス殿。先ほど、シンベルグ伯は、上級の闇のモノ達は、めいめい自分勝手に行動しているし、下級のモノ達はそもそも思考しないので分からない、と言っていました」

 アルミスは頷くが、ピンと来てはいないようだ。

「ということはですね、これは、戦略を立て軍を動かすようにはいかないのではないか、そう思うのですが。どちらかと言うと、盗賊や暗殺集団に気をつけて旅をするのに近いのでは?」

 ああ、そうか、といったように、アルミスの眉が動いた。

「では…どう進む?」

 アルミスが聞くと、司書は答えた。

「街道沿いをひっそりと進みましょう」

 キーラが頷く。

「しかし、危険ではないか?」

「確かに。しかし、危険と言えば、どこも危険。でしたら、シンベルグ伯が言うとおり、闇の空気の濃度が濃い、森などは避けるべき方が良いかと。より暗いし、潜む者にとって容易く、進む者にとって難しい。実際、闇の濃度が濃いのと薄いのでは、何が違うのです?シンベルグ伯」

 ようやく、はっきりと答えられる質問が来たためか、シンベルグは、喜々として答えた。

「強さが違う。断然、空気が濃い所の方が我々は強い。それゆえ、基本的に空気の濃いところを好む傾向にある。私のようにわざわざ平地に来るモノここいらではあまりいないです」

 司書が懐から地図を取り出す。

「カルムから、こうまっすぐカシュワルクに道があります」そう言って、線を引く。

「最短距離か」

 アルミスが言う。

「いくつかの方法がありますが、突き詰めて言うと、二通りでしょう?そして、そのうちひとつは、危険だと伯爵が言う」

 アルミス、老魔導士が目を瞑り、考え込んだ。「では、それで行こう」アルミスが言い、老魔導士が頷いた。司書も頷き返し、地図を指差すと、こう言った。

「それでは、最初の目的地は、百日砦です」

  

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