1-9話

 暗く、不快な臭いが漂う道を、正義は進んでいく。

 ここは、街の地下を流れる下水道だ。

 安全点検用に申し訳程度のランプが吊るされているが、それでも足場が非常に悪い。人が一人分ようやく歩ける煉瓦製の通路があることが唯一の救いだ。悪臭もしており、うっかり下水にでも落ちようものなら、下手をすれば何かしらの病気にかかるのではないだろうか。

 そんな中でも、彼はあえてここを脱出路に利用しようと考えたのだ。

 こんな不潔な場所にわざわざ来る人物はいない。

 清掃員程度なら来る可能性もあるが、その連中が正義の障害になるとは考えづらい。

 魔法で探査してくるような人間が来る可能性はあっても、ここは地下である。大通りや裏路地などいたるところに繋がっていて、どこからでも逃げ込める。尚且つ、地上から探知しようにも、それが地下を指し示していることに気が付く頃には、すでに逃亡できるだろう。

 ただの正義の予想でしかないが、ある意味確信に近いとさえ考えていた。

 本当に正確に、素早く発見できるのであれば、パレード以前に彼は発見され、すでに牢獄にいるはずだ。

 自身の今の状況が、彼等の魔法でもこの逃走経路を発見できないことを物語っている。

 正義はそう考え、今回もこのルートを採用したのだった。

「……」

 グロックの点検をしながら、暗い道を歩く。

 予想以上に消耗が激しい。

 もともとフルオートで弾丸を放つ銃ではないこともあって、損傷することは覚悟の上であった。

 だが、撃ててあと数発だろう。

 そのくらいのダメージが己の生命線を酷使していたのだ。

「……追加装備を、考えないとな」

 ぽつりと、ふと呟く。

 瞬間、彼の目の前から強烈な殺気が迫る。

「見つ、けた、ぞ」

 底冷えするような声が、暗い空間に木霊する。

 照明ランプが照らす先、正義から4m程度離れた位置に、声の主はいた。

 白銀の鎧を纏った、聖女の姿。

 しかしその眼に灯ったものは、復讐の灯だった。

 清廉潔白な姿は面影もなく、怨讐の殺意を放つ聖騎士ジャンヌが、目の前にいた。

「スカル……フェイス……!」

 鋭い眼光が見開かれ、腰に携えていたレイピアを抜き放つ。

「……!」

 予想外の状況に、正義もグロックを構える。

「……よく、ここがわかったって思っているだろうな」

 少女は語る。

「あの夜から、考えていた。魔力の痕跡もなく、どうやって姿を消したのか。単純なことだった。袋小路のあの通路、逃げ道として考えるなら、屋根か地下か。屋根を登るなら、時間的に私が発見できる。なら、あとのルートは一つだ」

「……」

「あの時、おまえを追いかけて捕えておけばよかった。そうすれば、こんなことには……」

 悔しそうに歯を食いしばり、レイピアを握る手に力を込めるジャンヌ。

「……あいつの無念のため、そして、あいつの魂の鎮魂のため、おまえを、斬る!」

 そして、闇の中、剣が振るわれた。

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英雄殺しの髑髏仮面-スカルフェイス- 石動 橋 @isurugi

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