1-5話

「……なるほど、髑髏の仮面、か。それなら、文字通り、通り名はスカルフェイスってのはどうだろう?」

「……私の話を真面目に聞いていたのか、レント?」

 ジャンヌが呆れる目の前の少年が、レント・オキサワだ。

 青を基調とした、冒険者風の出で立ち。

 いまだ幼さの抜けきれない、童顔の齢16歳の少年は、かつてこの世界を救った英雄の一人だ。

 かつて、魔王シャナマホーンを撃ち滅ぼした、勇者の一人だ。

 あらゆる属性魔法やエンチャントを使いこなし、魔王配下の手下や幹部を倒した功績から、彼は『ステータス・ワン』の二つ名で呼ばれることもある。

 とはいえ、彼一人だけではなく、他の勇者や仲間達の貢献もあってこそなのだが。

 そんな彼に、少女は今回の件の報告をする。

 夜も更けている時刻に、偶然眠れずに起きていたレントに、ジャンヌが声をかけたのだ。

「しかし、銃か。なんでそんなもんが……」

「? あの武器を知っているのか?」

「……知ってるも何も、俺の昔いた世界では、それを使って人間同士が、それも国同士が殺し合ってたんだから」

「……!?」

 ジャンヌにとって、彼の言葉は衝撃的だった。

 この世界でも、人殺しは当然ある。

 だが人間同士が、それも国単位で殺し合っていることはあまりない。

 それが、彼のいた世界では、普通に起こっていたというのだ。

 それは、なんと悲劇的で悲惨なことだろうか。

「そいつの目的はわからないけど、たぶん、また来るだろうな」

「……私も、そう思う」

「やっぱり、ジャンヌもそう思う?」

「ああ」

 ジャンヌは冷静に首肯した。

 仮面の男が不意打ちに失敗してもなお、彼女に攻撃したのは、何かしら意味があるからだろうと考えていたのだ。

 通常、不意打ちという手段をとる理由は、襲撃者側が標的に正面から戦っても勝てないからだ。

 襲撃者が標的に対して力が及ばず、それでも敵を屠るためにとる行動だ。

 その上で今回の襲撃者、スカルフェイスは自身の攻撃が効かないとわかってもなお、多少なりとも向かってきた。

 それが意味するものとは、自身が、スカルフェイスがジャンヌ、ないし彼女の仲間を狙っている。

 それも、明確な殺意を持っている、ということになる。

 少なくとも、ジャンヌはそう考えていた。

「……なあ、レント。今度のパレードは中止しよう」

「……ジャンヌ」

 レントは少女に視線を向ける。

「あんな奴がうろついている状況でパレードなんて、的にしてくれと言っているようなものだ。もしかしたら、あいつの本当の標的は――――」

「たぶん、俺、だろうな」

 呟くように、少年は口を開く。

「! わかっているなら、すぐにでも国王に報告を―――」

「でも、ダメだよ。このパレードはすでに準備が進められているんだ。今更中止にはできないだろう」

「でも……!」

「それに、向こうのターゲットがわかっているなら、対策は取りやすいよ。そいつの武器は銃。それも拳銃なんだろう? それなら、射程は大体10 m程度。それも確実に狙うならかなり近寄らないといけないはずだ。それなら『防御結界』を最大限に張って、探知用の魔法使いをパレードの行程に点在させれば、奴を見つけやすいだろう?」

「……」

 レントの提案を聞くジャンヌだが、それでも不安を拭い去ることはできなかった。

 それは感じている本人でさえそう思うのかさえわからない。

 それでも、今、止めなくてはならない。

 そうしなければ、自分はきっと後悔する。

 そんな曖昧な、それでいてどうしようもない不安感。

 その不安定な感覚が、今の少女を突き動かす。

「でも、レン、ト――――!」

 瞬間、レントは少女との距離をつめる。

 そして、彼女を抱きしめ、不意打ち気味に唇を重ねた。

 時が止まったかのような不可思議な感覚と、好意を寄せている男からの突然の接吻による多幸感。

 この二つに、ジャンヌの思考は止まる。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 やっと、レントが自身の口を離す。

「……ごめんな、急にこんなこと」

「……いや、突然のことで、その、ビックリした、というか」

 お互いに顔を真っ赤にしてしどろもどろになりつつも、視線をチラチラと送る。

「……ちょっとは、不安は軽くなった?」

「……あ」

 少女は、レントに自身の不安感を見透かされたことに気づいた。

 それと同時に、思い人に自分の気持ちをわかってもらえたことが嬉しかった。

 根本的な解決にはなっていないが、それでも、今の彼女には、それだけで十分だった。

「……まあ、少しだけ」

「相変わらず、素直じゃないな」

 頬をかきながら照れ臭そうに笑うレント。

「……パレードは予定通り。んで、警備は強化するって感じでいこう」

「はあ……仕方ないな。でも、念入りに準備しておこう」

「OK! それじゃ、今日はもう寝よう」

 最終確認をしたレントは、少女にくるりと背を向ける。

「ああ。お休み、レント」

「お休み、ジャンヌ」

 そして、お互いに背を向けて各々の寝室に向けて歩き出す。

 そんな少女の背中に、

「……パレードが終わったら、その、伝えたいことがあるから、待っていてくれ」

 そんな言葉が、かけられた。

「……」

 本当に、ズルいやつだ。

 ジャンヌはひそかな期待感と高揚感をもって、廊下を歩く。



 そして、運命の日を迎える。

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