1-4話
夜が耽っても、2人は話し続けていた。
軽快なジャズ調の曲が流れ、落ち着いた雰囲気になったというのもあるのだろうが、そんなことも関係ないかのように、2人は語り合う。
最初は警戒していたジャンヌも、正義が話しやすいように相槌をして話を促していたからだろうか、徐々に心を許していって話していった。
「……そして、私とあいつは、村を襲っていたオーク共を一掃できたんだ」
「へえ、それはすごいね。しかし、君はレント君を心底、信頼しているんだね」
「……! べ、別に、そんなことは、ないことも、ない、が……」
急に焦って頬を赤らめるジャンヌは、自身の熱を冷ますかのように勢いよくジュースを煽る。
そんな彼女の様子に、正義は内心、安堵していた。
今まで刺すような視線を向けられ、ビビってしまっていたということもあるが、今のように年相応に思い人らしき男性を想う彼女は、どこか魅力的にも映る。
そして、同時に思う。
今、現代に遺してしまった、彼の娘。
できることはやったつもりだが、それでも、彼は彼女が心配だった。
だからこそ、こんな異世界の地でも、この手を血で染めようとしているのだ。
「どうした? 急に黙り込んだりして?」
「……!? あ、いや、何でもない」
僅かに慌てつつも、正義は手にした酒を煽る。
こっちの世界でも、発泡酒はうまいらしい。
一瞬の爽快感と、僅かな苦みが舌に残る。
さて、まだ聞きたいことがあるし、さらに聞き込んでみよう。
そう思って口を開こうとした。
だが、
「……おっと、こんな時間か。すまないが、今日はこの辺りで失礼する」
不意に時計を見たジャンヌは席を立つ。
時刻は日付を跨ぐ頃。
どうにも話し込んでしまっていたらしい。
「そうかい。今日はありがとう。しばらくはこの街にいるから、よかったら、また話を聞かせてほしい」
「ああ。私も楽しかった。また話そう。たまにしか来ないから、保証はできないが」
僅かにほほ笑んで、少女は店を後にする。
そして、正義は残った酒を煽ると、店のトイレを借りる。
別に、用を足すために借りたのではない。
個別トイレに入った彼は、服の下に隠していたものを取り出す。
それは、仮面だった。
髑髏を模したその仮面は、正体を隠すと同時に対峙した相手に恐怖と畏怖を与えるだろう。
とはいえ、呪いの類がかけられているものではない、ただの仮面なのだが。
正義は仮面を被って黒い外套を纏うと、トイレの小窓から外へ出る。
暗い街路を抜け、路地裏で獲物を待つ。
それは、すぐにやってきた。
いまだ楽しかった出来事の余韻にふける、ジャンヌだ。
「……」
手にしたグロックの弾丸を確認し、スライドを引く。
陽気な少女が正義のいる裏路地を通り過ぎると、瞬間、街路に躍り出た。
「……!」
異変に気付いたジャンヌは、反射的に振り返る。
正義は彼女が振り返るよりも早く銃を向け、容赦なく引き金を引いた。
炸裂音とともに9 mmパラベラム弾が飛来し、少女を貫かんと迫る。
瞬間、金属音が響いた。
「……!?」
この音に驚いたのは、正義だった。
ジャンヌの身に、白銀の鎧が纏われる。
眩い光とともに出現した鎧とレイピアは、穢れ無き純潔ささえ感じてしまう。
そんな神々しさを伴った少女は、彼の放った凶弾を自身の携えたレイピアではじき返したのだ。
「……貴様が何者かは、どうでもいい」
そう一呼吸おいて、ジャンヌは目の前の仮面の男に言い放った。
「だが、卑怯な手で私を屠らんとするのなら、今ここで、わが剣の錆びとなれ!」
「……!」
瞬間、さらなる轟音を轟かせ、銃弾を放つ正義。
壁やレンガを穿つほどの威力の弾丸を、少女のレイピアは弾いていく。
それは、彼女の武装に秘密がある。
『物理防御』、『敵性攻撃予知』といった加護が付与された、一種の概念武装。
幾多の戦いに身を投じた彼女が持つ、精霊の守り。
彼女の二つ名『聖騎士ジャンヌ』に相応しい装備の賜物であった。
「どうした、その程度では、私は倒せぬぞ?」
「……」
ジャンヌの挑発に、正義は僅かに後退る。
強襲という優勢を失った彼は、踵を返し、その場から逃走する。
「! 逃がすか!」
ジャンヌも彼の後を追い、走る。
生真面目で正義感の強い彼女は、正体不明の暗殺者が他の人間に危害を加える前に捕えようと考えていたのだ。
逃がさない。
その一心で、髑髏の仮面を追いかける少女。
正義も追いつかれまいと、街路を疾走する。
そして、とある人気のない路地裏へ逃げ込んだ。
「……! そこか!」
その後を追い、暗い街路へ身を躍らせる。
だが、そこには、何もなかった。
「……!?」
ジャンヌは辺りを見回す。
暗い路地裏に、そこを挟むようにある閉じ切られた窓。
レンガで舗装された道に、申し訳程度にあるマンホール。
どこを見渡しても、黒衣の暗殺者の姿はなかった。
「……くそっ」
悪態をついて、悔しさを滲ませるジャンヌ。
「……仕方ない。まずは、これをレントに報告しよう」
そして、少女は今回の件を仲間に報告するために、歩いていた道を戻っていった。
得体のしれない、髑髏の仮面を脅威に感じながら。
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