1-3話

 夜になり、予定通り街へ出た。しかし朝とは違い雲がかった空は、今にも雨が降り出しそうだ。

 正義は足早に店へと向かう。昼間着ていた黒い外套はたたんでカバンに入れている。他の仕込みも含めて。

 店の前につくと、昼とは異なる様相に見えた。店内から聞こえるジャズ調の音楽に、窓から見える大勢の客で賑わう店内は景気の良さが伺える。

 店内に入ると、熱気を肌で感じた。ステージで奏でられる音楽に、酒や話し、音楽に酔う客。主に男性が多いのは、もはや予想通りだった。

「おや、いらっしゃい」

 朝に話していた店員がカウンターから話しかけてきた。朝に話したときはウェイトレス姿だったが、今はバーテンダーの衣装に代わっている。

「夜も朝と同じくらい賑わってますね」

「いや、朝以上さ。朝は常連客しか基本来ないんだけど、力仕事から帰ってきた男衆がこぞってこの辺りの酒場に来るからね。そりゃ賑わうさね」

 楽し気に語る女バーテンダーを尻目に、目的の人物を物色する。

 しかし、まだ来ていないのだろうか、それらしい姿はない。

「今日は、まだ英雄様は来てないのか?」

「? ああ、昼間に言ってたことね。まだ来てないよ。まあ今日来るとは限らないけどさ」

「……それも、そうだね」

 つぶやくようにそう言って、ビールを注文する。この世界に元居た世界と同じような食べ物や料理があることには、毎回驚愕させられる。

 酒を飲み始めて30分くらいたっただろうか。そろそろ気疲れを起こしてきた。もともとこんな騒がしいところは苦手なため、来ないのならば帰ろうかと思い始めていた。

 そんなときだった。

 酒場の扉が開き、一人の少女が入ってきた。

 短髪の金髪にサファイヤのような青い瞳。凛々しく大人びた顔立ちに、絹のような白い肌が特徴的な美女だ。

 服装は白を基調としたディアンドルに似たようなドレスだ。だが彼女の雰囲気がそうさせているのか、どこか上品さを感じる。

「ああ、いらっしゃいジャンヌ。今日は遅かったね」

「仕事がやっと片付きまして。遅くなってすみません」

「いいよ、あたしとあんたの仲だろ」

 店員と彼女の掛け合いから、確信した。

 『聖騎士』ジャンヌ。

 『勇者』レント・オキサワの仲間の一人だ。

「そういえば、あんたにお客さんだよ」

「私に?」

 店員はそう言うと、俺の方を指さす。

「……あなたは?」

 警戒心を抱いているのだろう、ジャンヌの鋭い視線が俺に突き刺さる。

 正直、少し怖い。

「……はじめまして。僕は鬼道正義。今日この街に来たばかりの観光客です」

「……ただの観光客が、私に何の用だ?」

「この街にいる勇者のことをあの店員から聞きまして。少し興味を持ったんです。できたら、君たちの武勇伝を聞きたくて」

「……なるほど」

 いまだ納得していない様子だが、一応話はしてくれるようだ。

 ジャンヌは正義の隣に座ると、手を挙げて店員を呼ぶ。

「オレンジジュースを頼む」

「……お酒じゃなくていいのんですか?」

 そういった途端、ジャンヌの視線がさらに鋭くなり、正義に突き刺さった。

 そして思った。

 やっぱり、この娘怖い。

「……私はまだ未成年です」

「……え?」

 言いにくそうに言った彼女の一言に、彼は思わず聞き返してしまった。

「えっ、とは何だ! 私はまだ17だ!」

「ご、ごめん」

 彼女の怒気に気おされて、正義は即座に謝ってしまった。

 正義は気づくことができなかったが、あまりに怒っていたためか、ジャンヌも先ほどまでの敬語がとれている。

 彼女の外見からとっくに成人していると思っていたのだが、まさか未成年だったとは。

「……まあいい。それで、あいつの話だったな」

 ため息をついたジャンヌは、店員の持ってきたジュースを飲みながら話し始めた。

 正義は軽くほっとして、再度気を引き締める。

 さて、ここからが本番だ。

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