第118話 設立後初の講義に向けて
ある日の昼下がり、ハーネイトと伯爵、リリーは今後の教育方針について話をしていた。彼らの能力をさらにステップアップさせるためにどうすればいいか、それを3人は模索していた。
「そろそろ、本格的な講義を行おうかね」
「あいつらに何を教えるんだ?」
「霊量子と具現霊、だな。これらの基礎知識を知らずして、次の段階に進めるにはリスクが高い」
「よかったわねハーネイト、先生の仕事ができるじゃない」
「まあ、そうなのだが正直複雑な心境だ」
「相手が相手だけにってか?」
初期組の響と彩音、翼にまでは説明および教育をしていたものの、それ以降の人たちについて教育などがどうしても疎かになっていた面を反省し、ここで一度全員に改めて霊量子運用術とは何か、それを教えようと思ったのが話の発端であった。
「私は魔法学の講義をしたいだけなんだが……そうか、霊量超常現象と大魔法の話をすればよさそうだな。新しい研究テーマもできたわけだし」
「その授業は、俺たちも参加していいんだよな?」
「ほう、新しい研究とな。メールとやらにあった、超常現象の同時複数発動という奴かの?」
彼が昔先生をしていたのは確かであったが、わずか一年であり内容は魔法工学と大魔法を中心としたものであった。
魔法秘密結社の授業講師の中で最も人気だったのが彼で、定員200名の授業に1000人近くの生徒が教室に訪れるのはよくある話だったという。
ハーネイトはまさか異世界でこういう形で先生として活躍できるのだなと嬉しく思うも、忙しくなるなと自然と胃をさすっていた。
その中で文治郎は霊量超常現象の更なる力について関心を持っていた。今日も鍛錬のために修練の部屋で瞑想にふけっていた彼は、事務所に戻ると一休憩していた。
3人の話を聞いて、それは彼の具現霊ハンゾウが様々な遁術を使えることと関係があり、更に術者本人が同じ属性の攻撃を撃てたら火力が倍になるのではないかと考えていたからであった。自身はアサシンクラスを任された者、そのために特殊な装備を承ったという。
その装備とは、汚染地帯内でも平然と動ける特殊な防護機能装置であった。これを全員に配布すればと彼は思ったが、ハーネイトによると気運の汚染防御に霊量子のリソースを割かれる影響で具現霊へのエネルギー供給が減り、火力不足が起きるという。
そのため奥地への潜入や鍵の回収、単体中ボス狙いがメインのアサシンクラス以外にこれを使わせると、具現霊の戦技などに関して威力値の減衰の影響が大きいと説明を受けたという。
火力を出しづらくなるなら、別の面にて補えばいいのではと考えた彼らしい考えである。
「ええ、大和さん、文治郎さん。ぜひご参加いただけますか?」
「わしたちが使う力について、改めて一度学ぶ必要はあるからのう」
「確かに、基礎は大切だというからな」
大和はまたも依頼を持ち込んで事務所にいたのだが、話を聞いて参加しておくべきだと思い話に加わった。
するとひょっこりとどこからか文香が現れ文治郎の傍に来ると自分も早く授業を受けたいなと話した。
「そうよねダディ。兄貴の授業、楽しみだなあ」
「文香、学校の勉強も励むのだぞ。ハーネイト殿も学業などがあくまで優先だと言っておる」
「そうですよ文香さん」
文治郎はにこにこしている愛娘にお灸をすえ、学校の勉強も怠るなという。ハーネイトも同様のことを言うが文香は少しとぼけた感じで返事を返した。
「はーい。でも兄貴から教わりたいな、色々なこと」
「兄貴呼びをやめてくれたら考えてあげようか」
「むう、だって先生……死んだ兄貴と似てるもん」
「確かにな、俺の息子とそういや似ているところはあるのう、ほほほ」
天糸の自身への呼び方が故郷に置いてきた愛弟子と同じことに少し胸が締め付けられる。だからこそ別の呼び方にしてくれというが、彼女がなぜそう呼ぶかを聞いて彼はえっと戸惑う表情を見せた。
「それって、どういう……」
「言っていなかったな。文香には4人の兄貴分がおったんじゃがな、その中で纏め役だったのがわしの息子じゃ。だが、妹を守るために息子は死んだのじゃ。親不孝な、息子じゃな全く。わしより先に行ってしまうなんてのう」
文治郎はどこか悲しそうに昔話をしてハーネイトに説明をした。天糸家も実は退魔師の一族であり、よく復讐に仲間を浄霊された悪霊が襲い掛かってきていた。それは文香にも襲い掛かり、妹を守るために兄は身代わりとなり死んだのであった。
彼女は泣きながら、絶対に強くなって倒してやると決意を固め、つらい修行を乗り越えてきたのであった。
「そうですか……」
「よかったら、娘の相手をもう少ししてくれぬかのう?」
「こちらの業務に支障が出ない範囲でなら……」
あまり人になつかない娘がこうも心を許しているのを見て文治郎は、ハーネイトに時間があるときは娘の相手をしてほしいと言い、彼は仕方ないと言葉を返した。
「先生……先生が故郷でどんな仕事をしていたのか知りたいな」
どこか疲れている先生の顔を上目遣いで見ながら文香は、今まで気になっていたことについて控えめに質問した。
「……色々とな。夢のために、あの人の言ったような存在になれるように、色々と仕事をしてね」
「ほう、夢とは」
「夢?」
そういい、ハーネイトは初めて旅を始めたころを思い出しながら昔語りを始めた。
ある事件に巻き込まれたことで、自分の内なる力のルーツ、本当の親が誰なのかを探すため、彼は亡き恩師の研究を引き継ぎ形にしつつ、各地を旅して、遺跡の発掘や様々な依頼の解決、果てに宮仕えや世界の存亡をかけた幾つもの戦いについて話をある程度間引きながらも話したのであった。
思い返すとつくづくろくでもない人生だと苦笑しつつも、多くの仲間と出会い喜怒哀楽を共有できる存在がいることには深く感謝しているようであった。
異形の力のせいで怖がられ、迫害されたことも少なくなく、孤独で辛い日々を送って来たからこそ、自身を理解してもらえる存在を人何倍も大切にしたいと、仲間を何より大切にしてきたと言う。
「自身の出生の秘密と、本当の親に会うためにです」
「そういうものか……それで、それは叶ったのかハーネイト殿」
「はい……すごく時間はかかりましたけどね。遠回りだった、と思いますが、それが一番の近道だったのかなと今は思います」
「そういう事はあるものだハーネイト殿。よい経験を積んできたようじゃな」
「悲しい思いもその分してきましたがね。だからこそ、そうならないように努力してきたわけです。あんな思い、誰にもさせたくない。自分1人で背負えば済むなら、ええ」
結果、自身の力と仲間の力がとある超エネルギー生命体由来の者であり、なおかつ親がその生命体の王というか神というべき存在であったこと。
そして両方ともろくでなしの最低な親であったことを話した。途中で2人からなぜお金を集めていたのかという質問にも答える。
「それはですね、旅をするにもお金は必要です。そこで各地を周りながら様々な仕事の経験を積んで、人助けをして、良い友人にたくさん出会いました。お金もおかげさまで相当集まりましたが、実は旅における一番の宝物って、そういう経験と友達なのだろうなと今では思っています」
「そうじゃなあ、儂もそうだと思うのう」
「もっと先生のお話聞かせて……?」
楽しいこともあった。辛い別れも数えきれないほどあった。失ったもの、得たもの。親しくなった人たちとの思い出を思い出すも、それこそが自身にとって一番の宝物だったのだなと改めて認識し、自然と笑みがこぼれた。
文治郎も文香も、それぞれそう言い共感し話の続きを求めたがその時更に来客者が訪れた。それは休みを取ってきた京子であった。
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