第112話 ジェニファーの過去と事件の予感
「ふああ、朝は苦手……」
翌日の朝、ベッドから体を起こしたジェニファーは、彩音と約束していた買い物に行くため身だしなみを整え、作り置きしていた食事を摂ってからいつもよりおしゃれに決めて家を出て駅の近くにあるデパートに向かうところであった。
あまり故郷から服などは持ってこなかったため、昨日レストランで彼女は彩音にいいお店がないかを聞いて、案内してもらう約束をしていたのであった。
「彩音さん、おはようございます」
「おはようジェニファーちゃん」
「まだ不慣れなもので、案内とかお願いします」
「ええ、勿論よ!にしても響は全く……」
彩音は響も呼ぼうとしたが、鍛錬と部活に励みたいといい断ったようで少し呆れていた。
昔から燃えるとそればっかりに夢中になる一面があるのは知っていたが、それでも彼女は折角のデートなのにと残念がっていた。
「付き合っているの?」
「え、いやあ、幼馴染なだけよ。故郷で家が隣だったからさ」
「そう、ですか。でもすごく仲良さそうなので、フフフ」
「あいつは、私の想いに気づいているのか分からないわ」
彩音は響がいつになったら自分の気持ちを理解してくれるのかなと思い口に出したが、ジェニファーはきっぱりと、言葉にして気持ちをきちんと伝えないと人は分からないし、受け身でいる間は仲が深まらないと自身の体験を踏まえたアドバイスをした。
そのうえで、故郷フィラデルフィアで付き合っていた同い年の彼氏の話を悲しそうにしたのであった。
「私もね、故郷で付き合っている人がいたの。すごく優しい人でね、何だかハーネイトさんと雰囲気が似ている感じだったわ」
ジェニファーには同じ学校のクラスで好きな男の子がいた。他の男の子よりも聡明で勇気があり、気がきく人であり、自身は率直に気持ちを告げると向こうも好きだと言い、付き合う仲になったという。
「でも、2年前に彼は死んだわ」
「えっ……死んだって」
「あの化け物に、やられたとしか思えないの。ハーネイト先生が写真を見せてくれた時に確信したわ」
「魂食獣に襲われたのね」
ジェニファーの話を聞いた彩音は驚きを隠せなかった。そう、ジェニファーの彼氏は魂食獣のような存在に襲われ、魂の抜け殻のような状態で発見され3日後に息を引き取ったのであった。
それは、響の父、勇気が森の中で見つかった状況とほぼ同じであり、彩音は悲しい気持ちになった。
「他の国でも、同じような事件が起きていたなんて。BW事件もそうだけど、それ以外の事件もか」
「あの事件が起きた日から、世界はおかしくなっちゃったわね」
「BW事件……。私たちはその犯人についても調べているの」
「そうなの?でもどこの国もその正体に迫れないのに?」
「分かったのよ、あの先生と同じようにして生まれた別の存在が悪さをしているみたいだって。先生は、それらを倒すため力を取り戻そうとしているの」
ジェニファーの彼氏も霊が見える体質で、彼女を守るため自ら囮となりかばって魂を食われたのであった。
それを思い出し彼女は涙を浮かべ、自分が強ければ彼氏は死ななかったし事件の真相に迫りどうにかすることができたかもしれない。自身の性格と無力さを彼女は嫌悪していた。
その中でジェニファーが、5年前の事件について言及する。あれからおかしくなってしまった、奇妙な事件ばかりで、皆疑心暗鬼になったり怯えたりしている状態が嫌だなと彼女は話し、彩音は今追っている別件の調査でBW事件についてある話をすると、彼女は驚いていた。
あれの正体が何なのか分かればと思っていたため、何が何でも仲間に加わりたいと思っていた。
「そうよ、だから私、ハーネイトさんや伯爵さんの話を聞いて、戦える力が欲しいなって」
「そうよね、私も同じ気持ちだったから先生たちの仕事を手伝って、鍛えてきたの。正直さ、こんな生活送るなんて数か月前は全く思わなかったわ」
だからこそ、彩音たちやハーネイトとの出会いは彼女にとって希望の光が見えたようなものであった。あれは倒せるものであり、自分にもその素質はあった。
「ねえ、そう言えばおばあさんの声が聞こえるって言ったけど……」
「うん、確かに聞こえるの。でもね、それとは別に彼の声もどこかで聞こえるんだ。どこかで見守ってくれているのかな、って」
「そうかもしれないわね。私たちも親族を事件で亡くしているわ。でも、その思念はこの世に留まっていて、自分たちを支えているのかもしれないわね」
そう話しているうちに、目的のデパートに到着すると彩音はジェニファーを連れて、3階にある洋服やアクセサリーなどを取り扱うフロアにエスカレーターで向かい、季節物の洋服を一通り見回ってから、幾つもの店で新しく入荷した服が気になって、互いに着せあい楽しい一時を過ごしていた。
ジェニファーも話しやすい友達を見つけ、すごく仲の良い様子を見せていた。ここまで親身に接してくれる人がいるなんてと思うと、彼女はもう故郷に戻るなんて考えられない。そう思っていたのであった。
その後衣服店のフロアを出て2人は話をする。ジェニファーはそこまで手持ちがなく、彩音が代わりに買ってあげたことに彼女は感謝しつつも、どれだけ彼女がお金を持っているのか驚いていた。
しかも普通に一着数万するものも少なくなく、申し訳ないなと思いながら感謝していた。
これも、ハーネイトが彩音たちに毎月支払っている給料の額が数百万単位であるが故にできる芸当である。
危険な仕事だから、せめてこのくらいはしたいと彼なりの気づかいと言うか贖罪のため、大和たちにも高額の費用を払い仕事を頼んでいるという。その資金源は勿論、主に創金術によるものだが他にも様々な手段で資金を集めていると言う。
「そんなにお金稼げるなんて、すごいわね」
「ま、まあねジェニファーちゃん。色々大変だけど、先生もこちらのこと気遣って仕事割り振ったり、休息を取らせたりしてくれるし、召集があるとき以外はすごくフリーで動けるの」
「そうなんだね、私も……ハーネイトさんの下で働きたいなあ」
楽しい時間をこうして過ごしていた2人は昼頃になると、デパート内にあるレストランで食事を食べようと屋上に向かう。エスカレーターでレストランのある8階に着いたとき、不審な挙動をしている中年の男が屋上の庭園に向かって移動しているのを見たのであった。
「ねえ彩音さん、あの人なんか様子がおかしくない?」
「……そうね。少し距離を取ってみて見ましょう。嫌な予感がするわ」
「もしかしてこの感じ、魂食獣が取り付いた人間?」
「そう思っているわ、後をつけようジェニファーちゃん」
「う、うん。分かったわ彩音さん」
そうして彼女たちは男の後をついて行った。しかし思ったよりも早く、2人はわずかに見失い走って後を追おうとしたそのとき、どこか聞き慣れた声の悲鳴が聞こえたのであった。
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