第103話 不安と期待が混ざる大人たち


「あら、剛人さん。今からどちらへ?」


「部活だ。近いうちに試合があるのでな。だが基礎練習は怠らずにやっている」


 部活はハードだが目的のためならばどのような鍛錬も耐えられる、音峰はそう言いながら近いうちに開かれるアメフトの地区予選大会に向けて全員が切磋琢磨していることを嬉しそうに話した。


 それを聞いた渡野は、自身ももっと鍛えなければならないのかなと思いながら話を続けていた。


「そうですか、試合の方、怪我無く勝利できるように私も応援していますね」


「ありがとうございます。俺たちもあの化け物に対抗できる力を、手に入れなければな」


「そうですね、あんな思い、もう2度とごめんですからね」


 応援していますよと渡野はそう言い、音峰は手を軽く振りその場を後にした。


 今日も花の仕入れなど仕事がこれからも山積みだが、自身も仕事をきっちりこなしながら少しでもあの学生たちに追いつきたい、その強い思いを抱いて実家でもある花屋に急いで帰っていくのであった。



「伯爵さん、か。今時間はあるか?」


「構わないが、どうした田村さんよぉ」


 その頃伯爵は定期偵察から帰ってきていた。すると田村から声をかけられ悩みがありそうだなと判断し、話に乗ることにしたのであった。


「会った時から思っていたのだが、ハーネイトも貴方も確かにすごい力を持っている。しかし神様、っぽく無いなと」


「格が、ないと言いたいのか?」


 伯爵はその言葉に少し喧嘩腰になるも、次に田村が言った言葉を聞いてふっと笑う。


「違う、その、親しみやすいなと思って、な」


「それなら相棒、ハーネイトに感謝しな。あいつは、今までのヴィダールたちと全く違うやり方でまとめようとしている。大世界を生み出した一族が、無数の小世界を脅かすようなことがあってはならないし利用してもならない。あいつはそのために戦う、そう、お前らのためにも」


「……格が、違いすぎるな。俺も早く力をつけたいのだが」


「それと俺は神じゃあねえ、一応神霊化の域に到達したが……そうじゃねえ。所詮造物主の手先さ」


 田村もだが、まだ具現霊を発現できていない大人たちはどこか焦っている、そう伯爵も肌で感じ取っていた。


 確かに自分より年下の者がああして戦っているのを見れば誰もが戸惑うだろう。そう思った彼は、田村に対し対霊戦闘において大事な要点を教えるのであった。


「まあ、具現霊だけじゃねえよ、戦う方法は。一番バランスが良く生存確率を上げられるのが具現霊の運用であって、他の戦技も覚えておかないとな。ある技、教えてもいいが」


「……教えてください、伯爵さん」


「いいぜ、言った手前、いくらでも付き合うぜ、あとさんはいらねえ」


 少しでも不安を取り除くのも、上に立つ者のやるべきことだ。相棒の受け売りな言葉を思い出し伯爵は自身も最近覚えた霊閃の打ち方を特別に彼に教えることにしたのであった。

 

 それから修練の部屋にて田村に霊閃を打つ方法を教え、しばらく付き合っていた伯爵だが、この田村という男は飲み込みが早く霊閃斬までも一応それなりな形でできるようになったことに驚いていた。


 一見がさつでいい加減に見える伯爵だが、面倒見の良さと教え方のうまさはハーネイトの影響か、元々そうなのかとても高い水準であった。


 伯爵もリリーやハーネイトと出会うまでは、合理的すぎて非情な面ばかり目立つ存在だったというが、大分こなれてきたのか普通に人間たちとも会話をし、共に行動するようになったという。


 確かに人間など微生界人からして厄介で、恨み言もたくさん言いたい相手だが、生存競争であるとどこかで割り切り、またハーネイトたちを筆頭とする集団から認められていることから守るべきものはあいつらだと思い、精力的に活動しているのである。


「……まさか、拳に光を纏ったり、光の剣を生み出せるようになるとは」


「どうだ、それだけでも結構強いぜ。しかしやるな」


「……すまないな、伯爵さん。俺も彼奴らに負けないよう精進しないとな」


 田村は伯爵に付き合ってもらった礼をした。彼はそれに笑顔でそういいながら、精進してくれと言い事務所にいるハーネイトのもとに向かうためその場を後にした。


 田村も、残していた仕事があったことを思い出し学園の方に足を運びながら、早く例の化け物たちを駆逐したい、そう強く思っていたのであった。



「取り合えず、大方フェスの準備はできているな」


「今のところはね。トラブルも特になし、土曜日の正午からフェスが始まるわけだが……」


「残りの亀裂がまだあるよな……」


「実は、意外と亀裂って多くて、でも近づかないと分からないからこうして人手がないと見つけづらいのかもしれない」


 ハーネイトたちは順調に準備が進んでいることを確認しつつも、ある懸念を抱いていた。それでもやるしかない。その後も彼らは必死に街中を駆け回り、亀裂内の調査を行い敵の手掛かりを探したり、資源の回収などに勤しんでいた。


 また、亜蘭のマネージャー代理としてスケジュールや道具、衣装などの確認や調整なども彼のために行い、仕事の速さに亜蘭は驚いていたのであった。


 そういう活動を行っている中、いよいよフェスの当日の朝を迎えていた。

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