第90話 黒衣の男と薬で苦しむ女性



 スカーファがハーネイトと大和と話し売人の追跡捜査に加わる少し前、ミロクと文次郎は世間話をしながら常に周囲の警戒を怠らず街中を歩いていた。


 人通りは夜に比べると少なく、ちらほら人が歩いている程度であった。だが、この街全体の雰囲気が淀んでいる。まるでここだけ別の世界のようだと思いながらしばらく道なりに歩く2人であった。


「やれやれ、儂もだいぶ年を取っておるが、孫のためにも鞭打って体を動かすほかないのう」


「それは儂もですな。互いに苦労を重ね生きてきた。娘のためにも、まだ隠居はできぬな」


「そうか、しかし互いにきつい話ですなあ。ん、あれは人か。倒れておるな、急ぐぞ」


「ああ、ミロク殿。とりあえず助けに行くぞ」


 互いに高齢であり、それに関して話をしていたがミロクは、道先に誰かが地面に倒れているのを見つける


 2人が駆け付けるとそこには若い男が路上に倒れていた。どうも様子から見て薬物か何かを盛られたようであり、体の自由があまり効いていないようであった。


 そこで2人は人気のない道まで彼を背負い運んだ。そして意識があるか文治郎は確認をする。


「どうした若造!」


「んだ……貴様、は……」


「まずいな、主の言っていた薬剤による症状じゃな。何本かこれを渡されたが、試しに使うかの」


 ミロクはそう言うと、スーツの中に忍ばせていた注射器と薬剤のセットを取り出し、注射器に吸わせてから男の腕に薬を注射した。


「うぐぅ、ぐぁああああああ、ああああ!」


「耐えるのじゃ、今気運が体から消えておる、しばし待たれい若者よ」


 しばらく男は苦しんだが、1分ほどで収まりようやく意識がはっきりとし始める。彼は目をはっきりと開き2人の顔を見る。2人が自身を助けたのだなと思い、まだ少しろれつが回っていないながらも話をし始めた。


「ちっ、俺はある男を探していた、んだが……罠にかかったみてえだ、畜生っ!」


「罠じゃと?」


「話を聞いてみるか」


 この若い男の名前は黒龍戒人(こくりゅうかいと)という。東北の山奥にある小さな集落出身で、ある存在により滅ぼされた一族の仇を取るため各地を周り戦っていたという。


「お主、その力をどこで手に入れた」


「元からだぜオッサン。里にいたころからな。俺の一族は代々ある龍を信仰していた」


 彼を介抱しながらミロクは、体からにじみ出る霊量子を目で捉え、この青年も能力者としての素質を持つ者だと判断する。


 黒龍の育った里では、昔よりある龍を崇めていたという。その信仰は滅びる寸前まであったという。


 彼が復讐心を燃やし動いていたのは、その村を襲った存在が祭殿に祭られていた黒く光る宝玉を盗んだからであり、それを取り返すためでもあった。


「ヴィダールに通ずる何かかもしれん。儂の主に会わないか?その内なる力を完全に扱えるようになる」


「……んだと?」


「そのまま使い続ければ死ぬぞ、お前は。復讐を成し遂げるならば、しかるべき処置を受けてもらうほかない。それと紹介が遅れた。わしはミロク・ソウイチロウと申す」


「わしは天糸文次郎だ」


 ミロクはそう脅しをかけるように黒龍に言う。それは嘘ではなく事実であった。事実彼の体は長年無理をして大分ボロボロであった。


「わしたちは、お前に宿る力の正体を知っておる。ついてくれば主殿が教えてくれるだろう」


「主だ?何だおっさん、誰かの下についているとはあれだな」


「フン……わしの孫だがな。年もお前とさほど変わらんはずだ。見た目はな」


「……まあ、助けてもらった恩は返さねえとな。それにあの力を制御できるってのが本当ならよ」


 黒龍もまた、とりあえず2人に同行する形でついて行くことに決めたのであった。


 自身に薬を飲ませた奴と、薬を売っている売人。彼らを探し出し、村を襲った連中の手掛かりを探す。そう決めて彼はゆっくりと起き上がると、2人と共に行動を共にし始めたのであった。


 そうしてミロクたちが黒龍をひとまず仲間に加えていたころ、ハーネイトたち3人は歩いていると苦しんでいる若い女性を路地裏で見つけたのであった。すぐさま駆け寄るも、ハーネイトは彼女の様子を見てすぐに例の薬を使ったなと判断した。


「グああ、近寄るなあああ!」

「相当錯乱しているな。早く処置せねば」


 ハーネイトはそう言うとすぐにコートの内側に忍ばせていた、先にミロクに渡していたのと同じ対気運用の中和薬を手にした。


「なんと、治す薬を持っていたのかハーネイト」


「ええ、即興で開発したものなので、軽いうちならば効きますが、あまりに進行すると手に負えないかも。それと……」


 スカーファは驚いていたが、ハーネイトは納得していない様子であった。急ごしらえで作ったためあまりに汚染が激しいとそれでは治せない。しかし時間がないとどうにか割り切り彼女に素早く注射した。すると彼女は最初激しく苦しんだが、1分もたたないうちに落ち着いたのであった。


「はあ、っはあ、なんなのよあんたたちは」


「この薬を売っているやつを探している、お嬢さん」


「はあ?警察か何か?それにしちゃあれね。まあ緑髪のお兄さんはイケてると思うけど」


「黙れ小娘。必要なこと以外をしゃべるな」


 2人に対し疑心暗鬼になっている彼女はそう言うが、スカーファは相手の心を凍らせるほどの凍てつく視線を彼女に向ける。


「んだとおばはん!」


「体に話してもらおうか……」


「2人とも、少し落ち着いて」


「っ!」


「何だこの寒気は」


 ハーネイトは普段封印している戦技、殺気閃を最小出力で使用し2人の動きを封じた。これは普段彼が抑えている殺気を波動に乗せて放つ凶悪な戦技である。


 正直相手がヴィダールかコズモズ相手以外だと刀などいらない、この技で倒せる。彼はそう思うほどであったが割と無差別に巻き込む欠点があったので封印している。


 また、この能力は女神ソラに封印、と言うか制限がかけられているため全盛期ほどの力を行使することは現状できないという。


 それと、元々彼は造物神の息子であるためまともに目を合わせようものなら即死するほどの神気を持つという。この力の出力のさじ加減で、相手の運命は決まるのである。


「まず、どこで何日前に薬を手に入れたのだ?」


「……2日前に、北通りの映画館近くで買った、というかもらったわ」


 ハーネイトは話を聞きながらこの若い女性について探ろうとする。彼女の名前は涼野鈴(すずのりん)といい、この辺りで暮らしており、この街の端にあるキャバクラで働いている24歳であった。


 彼女は思い出すたび体をわずかに震わせつつも2人に何があったのか話をした。


「もらったとはな。初回お試し的な奴か」


「わかんねえ……だけど人間にしちゃ怪しかったなあ。というかあれは……ゾンビ?肌が青い感じだったし」


 思い返すたびに彼女もまた、京子が務める病院に搬送された男と同じようなことを言っていた。それを聞いたハーネイトはこの人たちは恐れがないのかと疑問に思いつつ、売人の正体に一歩近づいていた。


「てか、あれ脅しだよね」


「どういうことだ鈴」


「あのじじい、薬を飲まなければどうのこうのってさ。怖くなって……」


 更なる証言で鈴は薬を渡されただけでなく飲むように言われ、飲みたくなかったけど怖くて飲んだと2人に話したのであった。


「ああ、だが助けてくれたんだよな、じゃあさ、これもらってくれない?」


「黒い薬と、それとこれは」


「例の売人が拠点にしているかもしれない場所だよ。これ友達からもらって……」


「ありがとう、これは使えるよ。売人は私が撃退するから」


「気を付けてくれよな、あれはやばいって」


「俺は、そういうヤバい奴を相手に戦う探偵なのでね」


「そ、そうなのね。でも気を付けてね皆さん」


 そう言うと鈴はお礼をしてからどこかに去っていったのであった。そしてハーネイトはミロクからの連絡を聞いた上で近くの公園で合流しようと決め、5分後にそれぞれが合流したのであった。

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