第91話 逃げ足の素早い売人



「ミロク、その黒いコートの男は……どなたさんですか?」


「ああ、なんでも罠にはめられて苦しんでおったのを助けたのだ。素質は十分にある。しかし主殿も、その隣の美麗なお方はどうした。やっと色気づいたか若は」


 ミロクのやや後ろでそっけなく周囲を気にしていた黒龍を見てハーネイトは、ミロクが引き入れたのだろうとすぐに理解した。


 ハーネイトの質問に何があったのかを話した彼は、長髪でスタイルの良いスカーファを見て、主は女をひっかけてきたかと少しいたずら気味に質問した。


「違いますじっちゃん。私年上の人苦手だって……って、そうじゃなくて、ああ、この人どうも不完全ながら具現霊が使えるみたいで連れてきた。同じ事件を追っているみたいでね、折角だし手伝ってもらおうかなって」


 ハーネイトはそう話し、それが本当ならば確かに強いなとミロクは思いよく彼女を見ると、確かに何かが背後にいるのを確認する。


 そもそも並の人間があの試練に耐えられるかというとそうではないため、彼女の精神性が強力だったのだろうとミロクは考察した。


「類は友を呼ぶ、これがそうだな」


「仕方ないのう大和。なあに、儂らも同じじゃろうが」


 大和はハーネイトたちを見て、霊量子を操る能力者、つまり霊量士は互いにひかれあい強化しあえるのだなと思っていた。それを聞いた文治郎は自分たちもその素質を持つものだろうという。


「ははは……そうですね」


「んで、これからどうするのじゃハーネイトよ」


「フフ、目標が良く滞在している場所を突き止めた。そこに向かおうと思う」


「ほう、もう手に入れたのか、流石ですな」


 鈴から渡された情報をもとに、ハーネイトたちは例の売人がいると思われる場所まで足を運んだ。


「ここがか。まるで廃墟だな」


「っ、この中に俺を殺そうとした奴が……」


 スカーファと黒龍はそれぞれそう言いながらおんぼろな5階建てのビルを見つめていた。そこがハーネイトが鈴から受け取った売人の拠点だという。


「こういうところにこそ、悪の巣窟がある」


「そうじゃな、ではわしが探ろう。行くぞ、影軍暗歩(えいぐんあんぽ)」


 ミロクは刀を手にすると地面に突き立てた。そこから数人、影人間が現れすぐさま建物の中に入っていく。


「流石ミロク、仕事が早い」


「なんと、そこのご老人は影法師を操るのか」


「そうじゃよ若いお嬢さん。ミロクと申す、うむ。わしはこの刀の力で影を支配する者だ」


「俺は夢でも見ているのか?いや違うな。何者なんだ?」


 そして一分後、建物の中がどうなっているのかミロクは分析を完了した。彼は影王という呼び名があり、それはまさしく今の様に、影を自在に操る妖刀に認められたのが理由である。


 この刀で切った物の影を刀が吸収し、自在に放出できる曰く付きの妖刀はミロク以外の使用を完全に禁止するほどの呪いがかかっている。


「うむ、どうも例の証言に合致するやつがおる。当たりじゃ」


「では、一気に突撃しましょうかね」


 そうハーネイトは指示を出し、タイミングよく建物内に侵入し廊下の奥にある部屋のドアを蹴りで吹き飛ばす。


 するとそこには人とは思えない様相を見せる何かがくつろいでいたが襲撃に気づき身構える。


「ぬぁああ!お前ら何者だ!」


「この薬を売ったり脅して飲ませていたのは貴様だな!」


「警察ではないな、むぅ、貴様ら、ヴィダールの気を持つ者か!おのれ、計画の邪魔はさせん」


ハーネイトの方を見た男は非常に慌てた様子を見せた後、すぐに壁に隠していた異界亀裂の中に飛び込むような形で異界空間に自身を飛ばしたのであった。


「待て!っ」なんて逃げ足がはやい。ハーネイト、どうするんだ」


「私が中に入る。全員はAミッションに備えて召集の手伝いを」


 ハーネイトはそう言うとすかさず亀裂に近づき、吸い込まれていったのであった。やれやれだとミロクは頭を抱えながらも、Cデパイサーを巧みに操りハーネイトの指示通り内容をメール送信した。


 5分ほどしてハーネイトは亀裂の外に出てミロクたちに報告する。どうも異常な数の敵が砂漠地帯でうろうろしており、その先にどうももう1つ亀裂がありそうだとまでは目で見てきたという。


「Aミッション発令だな、戦える人たちは招集命令に従ってくれ」


「なんと、人手がいるほどとは。一応内容は学生どもに伝えたが、しかしな……」


「異界化しているうえに敵性存在の数がやたら多い。あの中を突っ切るには、今の私では火力が足りないかもしれない。だから支援攻撃がいる」


 ミロクはハーネイトの発言に驚いていた。そこまで敵がいるのかと思いたぎってきた彼であったが同時に、自分たちだけで解決できるものなのになぜあの学生たちをと疑問に思っていた。


「主殿ならどうにかなるレベルじゃろう」


「ミロクおじさん、私が暴れすぎると空間が不安定になって新たな亀裂とかできる可能性があるからみんなで分担してやりたいのです。そもそもあの駄女神に呪いかけられてから一定以上の力をうまくコントロールできないのですよ?彼等にも経験を積ませたいですし、他にもいろいろ……」


 本当は全てハーネイト一人で片付けられる。しかしその力を使うと異界空間自体が不安定になりやすく、最悪故郷に帰れなくなる。


 いやそれ以上に、そもそもルべオラに助けてもらった時もそうだが全盛期の力を出すことができない現状、他者の協力が必要であると彼は痛感していた。

 

 というのはあくまで1つの理由であり、もし現在行方知れずのヴィダールの神柱と戦うならば、できるだけ霊量子の損耗を減らした戦いをしないと相まみえた時に倒すことができない可能性がある。


 ヴィダールはヴィダールでしか倒せない。霊量子で構築されたものは、霊量子以外による干渉をすべて無効にする。そうなると勝負を決める点は霊量子をいかに溜めて放出できるかにかかっているため、ハーネイトは温存するため多くの協力者を集めている。


「おっすおっす!とまあこのルべオラ様が来たからには?」


「勝利確定!」


「我ら、殲滅の用意ありってな」


「誰だお前らは!ってまさかっ」


「帰れ!!!ポンコツ3人組!」


 そんなハーネイトたちの背後に、聞いた覚えのある声が3人分聞こえたと同時に、ルべオラ、アントラックス、ぺスティスの3人がポーズを取りながら、各自順番に口上を述べ出現したのであった。

 

 ハーネイトを含め全員突然の出現に唖然とするが、ミロクとハーネイトは真っ先に突っ込みを入れる。


「冷たいことを言うのうお主は。私が加勢しなければあの時危なかったくせに?このこのぉ!」


「俺らも手伝うぜ!」


「ついでにU=ONE化お願いしまーす!」


「何だか、ばらばらだなおい」


 ルべオラは以前の出来事について挙げて、ハーネイトの発言にカウンターを決めようとし、アントラックスはガッツポーズで調査を手伝うと言い、ぺスティスは遠慮がちにハーネイトに対し以前の約束をここで果たしてもらおうと懇願する。


 ただでさえ混乱しているのに、更に大混乱となる場の空気に耐えつつ、スカーファと黒龍がルべオラたちに何者なのか尋ねた。


「知り合い、なのか?」


「なんかすげえ禍々しい、人じゃない何かだこの3人?」


「おー、こんな所にもヴィダールの力を使えちゃうものがおるわけか」


「一体何をしに来たのだ」


「どうも血徒の中に、魔獣などを感染し操る部隊がいるようでなハーネイトちゃんよ」


「その調査もしていたわけだ。俺たちが言うのもあれだが、流石にドン引きーーー!」


「組織がでかすぎて今までわからないことだらけだったが、幾つか分かってきたことがある」


 なぜここでルべオラたちが現れたのか、それは今回の魔薬事件と関係があるという。血徒の中に、自身らの勢力拡大のために積極的にあらゆる方法を使い強力な生物に感染し支配する集団、もとい研究派閥があるという。


 その中に妙な薬を売っている者がいると聞いた3人は各地を駆け回り情報を集めていたという。


「つーか思っていたんだけど、所属していて組織内の状態が分からないっておかしくないか?」


「割とみんな好き勝手に動いているようでのう、意外と内部はバラバラなのじゃ、わしも驚いたぞ」


「結構俺が俺がって感じなのが多くてな。エヴィラだって結構そんな感じだろ?ハーネイトさんよお」


「そうなの?私の前でだとそんな振る舞いはあまりしてないけどねアントラックス」


「好かれているんだな、恐ろしい奴だ」


 ハーネイトは今まで、ルべオラたちの言っていることにどこか疑問を抱き警戒していた。なぜ組織に属しているのに内部のことが良く分からないのか、それは流石におかしいのではと思っていたが、ルべオラたちやエヴィラも含め、どこまで組織化されているのかよく分からないという。


 それも、血徒は急激に勢力を伸ばしすぎて人員の管理すらままならないこと、幾つかの研究派閥があるようでそれらが互いに足の引っ張り合いのようなことをしているため連携という点に関してはまるでないといった状況であることを3人は伝えたかったのであった。


「すんすん、ちょ、待てい孫よ」


「貴女は私の何ですか」


「その袋、匂わぬのか?」


「え、この黒い小袋が?」


「たわけ!!!その中には僅かじゃが血徒の匂いがするぞ」


 ルべオラはそんな中、ハーネイトが持っていた黒い小袋から発する何かに気付きよく見てから、彼に対しその薬は摂取した人を血徒化させる可能性があると指摘する。


「げげ、てことは……あれ?逃げた奴は十中八九魔界人だぞ」


「おやおや?これは雲行きが怪しいのう」


「……また、調べるべきポイントが増えたというのか、頭痛い」


 ハーネイトとミロク、大和はその話を聞いて非常に驚いていた。


 なぜなら、薬の売人は特徴などから魔界に住む魔界人の一種であり、なぜ血徒でない者がそのような物を売り奴らの手助けをしているのかがまるで意味不明であり、頭を悩ませるのであった。


「なのでじゃ、わしらもレヴェネイターズ、とやったか。入らせてもらうぞい?」


「待てやおい!!!」


「ちょっと待ちなさいな!」


「伯爵、それにリリー!」


 すると、伯爵とリリーがいち早くハーネイトたちのいる場所に現れながら、ルべオラたちに叫ぶようにそう突っ込もうとしていたのであった。


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