第86話 危険な薬の被害者



 ハーネイトは全員にこれからの当分のスケジュールについて通達した後、様子を窺い文治郎はある相談をしたいという。


「ではそういうことでよろしいでしょうか」

「うむ、こちらはいつでもいいぞ。ああ、それと、あれから精神統一をしていたらなんか出てきてな。わしの背後にいるのだが」


 そういうと彼はすっと目を閉じ、意識を集中させた。すると次の瞬間、彼の背後に忍者のような見た目の具現霊が存在していた。


 見たところ、様々な機能を内蔵した手甲や背中に装備している2刀、頭巾の中から赤く光る眼などが印象に残る。


「え、ええ。確かにいますね。しっかりとした、具現霊が確かに」


「名をハンゾウと言えと言ってきてな……奇しくも謎の事件で死んだ先代も同じ名じゃった」


「えええええ……この人自力で。いや、精神力がある程度あるならばあり得るか。文治郎さん、一応戦える素地はできていますね」


「お、そうかそうか、それはよい」


「待つのだハーネイト君」


 文治郎がまさかの具現霊を召還できていたことに目を丸くするハーネイト。その時事務所のドアが開き宗次郎と大和が帰ってきたのであった。


「会長さん、もう戻っていらしたのですね」


「大和と合流し話を聞いたが、隣町までは大和が案内するそうだ。それと工場の件は聞いたぞ。まさか韋車が力を身に着けたとはな。驚きだ」


 宗次郎は連絡を聞いて依頼主である韋車が件の能力を身に着けたことに驚くも、事件を解決してくれて助かったという。


「私のミスです、彼だけでも外に置いておけば」


「いや、そっちのほうがあれだろハーネイト君」


「ミスじゃねえ、俺が韋車に提案したのだ。目覚めかけているなら、ショック療法ってどうだとな」


「貴方は全く……はあ、まあ結果が良かったからいいものの」


「それに韋車の過去について調べていたらの、動物園が廃園になった理由がその化け物たちと関係があるとな」


 ハーネイトに対し1人にしておいた方がまずいだろうと指摘してから、宗次郎は韋車に昔何があったのか調べていた。それについて話すと更にハーネイトは驚いていた。


 韋車が昔働いていた動物園は、BW事件が起きた年の約1年ほど後に廃園となっている。


 秘密裏に宗次郎たちが調査したところ、様々な園内の動物が狂暴化し次々と出血症状などで亡くなったという。だが上の者はそれを隠蔽し動物園を廃園にしたのであった。


 それを聞き、彼の表情が青ざめる。それは明らかに魂食獣によるものではない。そんなことができるのは血徒だけだとハーネイトが指摘し、近いうちに集めた資料をまとめ渡すと宗次郎が言い、できるだけ早くしてもらいたいと彼は頼み込んだのであった。


「それとな、韋車は改めて、レヴェネイターズに正式に入れてほしいと言ってきた。ただ彼にも仕事があるし、しばらくはあれだが」


「ではこの赤いCデパイサーを彼にあげてください。それと瞑想及び対話だけでも、かなり強くなれるかと。彼の潜在能力は、かなり高いです」


「うむ、伝えておこう。しかし本当に休む暇がないなお主は」


「仕事、ですから……ね」


 その時ハーネイトのCデパイサーに通信が入る。それは響からであった。響は京子の言っていたことを伝えハーネイトは少し予定を変更すべきだと考えた。


「何?どういうことだ響」


「今から行く予定ですか?」


「そうだが、それが本当ならそちらを済ませた方がいいな。犯人に迫れるかもしれない」


 丁度いいところに薬を使用した患者がいる。ならば治す手段や犯人につながりそうな情報を集められるかもしれない、そう考え、隣町の調査の前に春花記念病院に向かうことにしたのであった。


「おっ、何かいい情報?」


「そうですよ大和さん。記念病院に隣町から搬送された、例の症状訴えている人がいると京子さんが響に伝え、私にきたわけで」


「こちらからも、直接連絡を入れようとしたのですがシフトが……」


 すると割り込んで京子もCデパイサーで通信してきたのであった。どうもその患者の対応で結構疲れているようで電話越しで分かる。


 それを聞いたハーネイトは無理をしないようにと言いながら向かうことを伝える。


「いえいえ、でもありがたい。少し遅いですがそちらに向かいます」


「はい、今は個室に入院させてあります。なので色々やりやすいかと。どうにか安定させましたが、いつどうなるか……」


「まだ病院にはあの転移装置ないよな、俺が乗せていこう」


「すみません大和さん」


「いいってことよ。ガソリン代とか諸々出してもらっているからな。それと韋車も車持っているから俺がいないときはあいつに足は頼んでくれ。と言っても、他地域への行き来ができる物は限られているのだがな」


「わ、分かりました。頼もしいですね」


 先日完成した転送装置も、各地にそれを設置しないと安全に移動はできないため、ハーネイトは改めて大和に対し病院まで車で送ってもらえるか頼み、彼も快諾したのであった。


「いやいや、それで事件が早く解決できるならいい」


「頼むぞ2人とも」


「わしはここで待っておる」


 そういい2人を見送った宗次郎と文治郎は再びソファーに座り、この先のことを案じていた。ハーネイトと大和は車に乗り込み、地下駐車場からホテルを出て病院に向かう。


 途中で再度京子に連絡を取り、病院の2階で落ち合う約束をした。そのあと15分ほどかけて病院に到着し、ハーネイトだけが病院に入り京子と合流、そして例の患者がいる個室まで京子は案内した。


 勿論ハーネイトは周りの人に見えないように霊量迷彩を使用して病院内を移動する。


「こちらです。静かにお願いしますよ」


「……確かに、これは。とりあえずCデパイサーで結界を張っておこう」


「……これは!」


 ハーネイトはCデパイサーに何かを入力する。すると部屋の周囲に薄青い壁のようなものが四方八方に展開される。これは音や気配、姿などを一時的に見えなくする幻術に近い機能である。


「そういえば京子さんの具現霊はナイチンゲール、確か実在した統計学をフルに活用した看護師でしたか」


「はい。なぜか向こうはそう言えと言うので」


「もしかすると、京子さんの力と合わせれば……治せるかもしれません。星奈さんの時もそうですが、貴女はサポーターとしての素質が異様に高いですね」


「そうですか……。私も、前に出て戦う力が欲しかったのですが」


「こればかりは、獲得した具現霊の能力の関係上難しいかもです。最も、自身に支援効果をかけて攻撃するという方法もありますが」


 そう彼女にいったのは、この患者がいわばヴィダールの呪いにかかっているからである。そうでなければ彼一人で余裕に治せるわけである。


 その上で、彼女の言葉にそう返しやり方はいくらでもあると教えるハーネイトであった。


 今まで、宗次郎の愛馬ジョセフィーヌや獣に襲われた大和などは実際彼の大魔法で治してきた。今回そうはいかないのが、1人でヴィダールの神柱系の影響を受けた人を治そうとすると今までの治療のやり方ではあだになる可能性があるということで、そのため治療系の能力者を呼ぼうかと彼は考えていた。


 1人で解呪と再生術を行使するのは結構リスキーだが、役割分担すればそれぞれ専念できるためほぼ失敗しなくなる、そう彼は彼女に伝えると指示をする。


「その注射器に、この新たに開発した気運中和薬を入れて、私が患者の再生を行いながらそれを注射すれば副作用をどうにかできるかもしれません」


「ええ、やってみます」


 京子はハーネイトの指示に従い、2人で治療を開始した。ハーネイトも目を閉じ意識を集中させ、対象にかかる負担を再生術で減らしつつ、どうにか連係プレイで治療に成功したのであった。


「うぅ……あ、あれ。俺は一体……!!!」


「静かに、私と彼女は君を治しに来た医者だ」


「どこが医者なんだよあんた!」


「恰好がどうした、それよりこれ、持っているだろ?」


「ひぃい!それはっ」


 目覚めた男は非常に動揺し、逃げるように壁際に背中をくっつけ体を震わせながら怯えていた。まるで死神を見るような目をしている。しかしハーネイトが黒い袋を見せると男は非常に驚いていたのであった。

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