第87話 魔薬の売人は人ではない?


「それは……!なぜあんたが!まさか、売人の仲間か?」


「その逆だ。売人を捕まえに来た。この袋の中に入っている粉は、凶悪な呪いで使用者を廃人にする禁断の薬だ」


「はあ?あの売人はそんなことは言ってなかったぜ。というか俺、薬買わないかと声かけられて断ったら、強制的にそれ渡されて……飲めって言うから怖くなってよお」


「まあ普通そういうの言わないでしょう。と言うかおい、その売人ひどすぎないか?ともかく、その売人の特徴さえ教えてくれたら後は帰るから」


 ハーネイトは呆れながらそう言い経緯について質問する。


 最初言うべきかどうしようかと思った男は、体の感じが以前よりもよくなっていることに気づいた。


 先ほどの治療の効果が顕著に出たようで、最初は怪しさ満々な男だと思っていたが、あのおっかない売人の手先どころか倒しに来たと聞いて頼もしくなり、知っていることについてすべて話したのであった。

 

 この男の名前は坂塔龍二(ばんとうりゅうじ)といい、20代半ばの会社員だという。最近人事異動でストレスがたまり遊ぶ場所が多い隣街で、休みの時に友人数人と遊んだあと帰宅途中にある男に捕まったという。


「……まあ、確かにあの苦しい幻聴はもうない。と言うか体がこんなにすっきりしたのは初めてだ。売人の特徴はだな、黒いハットを被った、いかにもマジシャンのような……老けた男だった。今思えば悪魔っぽい。手には妙な指輪を何個もつけていた……肌も少し青っぽいし、思い出すたびに怖くなってきたぜ」


「ありがとう、そこまで覚えていたならやりやすい。結構記憶力いい方だね」


「まあ、な。……今のこと秘密にしといてくれ。それと他にも知り合いで売人から薬を渡された奴が数人いる。助けてくれてありがとう、調査の手掛かりになりそうな情報があったらすぐに教える」


 男は軽くお辞儀をしてから、連絡先を近くにあったメモ紙にペンで書いて彼に渡すと、ベッドに寝た。その表情は先ほどと異なり、優しいものであった。今の男は一体何者なのか、それがすごく気になっていたが、ハーネイトのかけた魔法により急激な睡魔に襲われ、そのまま眠ったのであった。


「とりあえずあの患者は助けられましたね。ですが、他にも被害者が」


「そうですね京子さん、早く売人を捕まえないと被害が広がるばかりです。ふぅ、夜風もいいものだな……」


 その後病院の屋上庭園で、2人はまだ時折寒い夜風を浴びながら先ほどのことについて調査する旨を彼女に話すハーネイトは、ある昔の事件を思い出し少し暗くなっていた。


「ハーネイトさん、あの街は治安があまりよろしくないようです。一応気を付けて。それと同様の患者が見つかった時はこちらに運んでくださればある程度は……」


「分かった。そちらも仕事があるし、確かにそれが良いでしょう。では失礼します」


「え、まっ……あの人空を……。フフッ、何故勇気さんの面影を彼から感じるのかしらね」


 そう言うとハーネイトは一礼してから病院の屋上から飛び降りた。それに京子は止めようとしたが、見下ろすとハーネイトは空を滑空しながら病院の駐車場に降りていくのを見て、苦笑いしていた。


 やはり人ではない。けれど誰よりも誰かのために動こうとし人間臭い彼に、彼女は惹かれつつあった。


 京子は屋上から彼を見送って、その後職務に戻り患者の対応などに奔走していたのであった。一方のハーネイトは駐車場にすっと降り立つと、車を止めていた大和と合流した。


「済まない大和さん。待たせたね」


「構わないが、それでどうなんだ?例の患者とやらは」


「治療成功、京子さんの力も借りたよ。サポートクラスとしては途轍もなく頼もしい人だ」


「治療に向いているタイプか、流石京子さんらしい」


「サポートを任せられる人材って少ない傾向にあるので、ありがたいです」


 成功したことを大和に告げるハーネイト。それに対しよくやるなと言いつつ、彼の能力の底知れなさが少し怖いとどこかで思っていたのであった。


「んじゃ、ホテルに戻ろうか」


「お願いします。少し寝ていていいですか?」


「ああ、横になっていてくれ。少し到着に時間がかかりそうだ」


「分かりました。お願いしますね」


 ハーネイトは大和にそう言い、車の後部座席で少し横になりわずかな休息をとる。彼を乗せた車は帰宅時のラッシュで混んでいる国道を進みホテルへと向かう。


 色とりどりの夜を照らす明かりが数々の車が出す照明灯と合わさり、今日はいつになく明るく見える。そんな中でも大和は彼のために只管車を走らせていた。



「ふああ、よく寝たぜ」


「私もよ伯爵。しかし慌ただしくない?」


「やっと起きたわね。なんでも妙な症状を訴える患者がいるようで、ハーネイトは病院に出向いていたみたいよ」


 そんな中、夜になって起きた伯爵とリリーはソファーから上体を起こし周囲を確認する。それを見たミカエルは紅茶を飲みながら二人に何が起きているか話す。


「はあ、少し時間がかかったがただいま」


「帰ってきたか」


「うまくいったのか、ハーネイト君」


「ええ、無事に治療できましたし、売人の特徴も入手できました。最もこれが欲しくて出向いたのですよ」


「ったく、探偵もそうだが刑事にも向いているよなハーネイトは」


「刑事?」


 その場にいた人全員に、患者を無事治療できたこと、そして犯人の手掛かりとなる情報を手に入れたことについて話す。


 大和はその仕事ぶりに、自分がかつて警察で働いていたころを思い出し彼にそういう。しかしぴんと来ないハーネイトは質問をし返した。


「ああ、そうか。それもしらないのか。警察くらいは分かるだろ」


「それは機士国とか大きな国で存在する組織か。ということはその辺の関係者?」


「そこで仕事をし、犯人を追跡したり見張りとかいろいろするのだ。俺も昔そうだったからな。勇気警視が生きていたころはな」


 響の父こと勇気警視は、大和の上司であり高校の先輩後輩という立場でもあった。ハーネイトの姿にどこか勇気警視の姿が重なるなと思いつつ説明しハーネイトは納得した。


「そうなのか、うん。確かにどこか……ああ、あれ?3人とも起きていたの?」


「ああ。ったくおもしれえことあるなら起こしてくれよ」


「そうよそうよ。妙な事件だって?」


「弟君?詳細を聞かせて?」


 ハーネイトはリリーたちが起きていたことに今気づき声をかけた。伯爵とリリーは起こしてでも連れて行ってと文句を言い、ミカエルは何があったのか聞きたがっていたため彼は一連の経緯を再度説明しなおした。


「放置できないわね。やはりそれ、魔薬か何かじゃないの?」


「症状自体に共通項もあるが、そもそも材質が違う。そもそもあれは用途が……」


「魔薬?薬物の一種か?」


「ええ、とても危険です」


 ミカエルが言ったその魔薬とは、基本的には魔導師が作ったクスリ全般という意味合いになるが、これにはもう一つ裏の意味が同業者内で存在した。

 

 それは、ライバルとなる魔導師を抹殺する意味での毒薬という代物を指す隠語でもあった。

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