第69話 新型移動装置と厄介で最悪な来訪者
「そこで、以前より構築していた瞬時移動システムを開発したいのですが、いくつか装置が必要です」
「ほう、それはどんなものだ」
宗次郎の質問にハーネイトは、亜里沙などの力を持つ者だけが特定の地点に設置した機械を用いて移動できるシステムについて説明した。
「能力者限定か、しかしお主及び任意のポイントに地図管理システムと併用し瞬時な移動を可能にする……恐ろしいな。うまくいくのか?」
「故郷では一般的に利用されていますので問題はないでしょう。あるとすれば場所、さらにいうと……」
ハーネイトは実現にかかる課題について2,3つ提示したが、そのうち場所と研究部屋については宗次郎が手伝えると言いハーネイトは喜んでいた。
「それでいろいろやりやすいならば協力しよう。儂らも一々車を出さずに済みそうだ」
「その件についてはいつも申し訳ありません」
「それは構わん。この世界での免許がない2人に運転させるのは色々後処理が面倒だからな。そもそもハーネイト君は運転全般が酔うから駄目じゃろう。出来る限りのあれだが、足の方は緊急の場合はわしや大和などを頼るがよい」
宗次郎は改めて、そのシステムがうまく機能するようにある程度助力したいと申し出た。そして自分も使ってみたいと言ったのであった。
しかし、霊量子を扱える能力者以外が使うとどうなるかまで検証したことは故郷でもなかったため、その点をハーネイトは宗次郎に伝えたのであった。
「では、開発頑張ってくれよハーネイト君。というか儂も霊量子とやらを運用出来ればそれを使いたいのう、アハハハハ」
「娘さんである亜里沙さんが能力者ならば、貴方もどこかで才が開花します。それだけは言えます」
「そうかそうか、いい話をしてくれるのう。では、根をあまり詰めぬようにな」
「はい、宗次郎さん」
宗次郎が笑いながら事務所を後にして工場の方に向かう。今日も役員会議などがあり忙しそうにしていたのを見てハーネイトも、腹を括って新装置の開発に勤しむことにしようと決めたのであった。
「さあて、やるかなハハハハ……」
宗次郎を見送ったハーネイトは、苦笑いしつつ研究開発を進めるかと考え研究室にこもり只管計算や装置の開発などを行っていたのであった。
「ははは、やっとできた。これならばどこからでも彼らは移動できるし、家への帰還も容易だ。Cデパイサーに専用プログラムを組み込む必要と、追加装備が必要になるのが欠点だがな。そもそもあの空間私の中みたいなものだし、最初からこうしていれば……」
ハーネイトはその日の夜も徹夜で夜遅くまで何かを作っていた。
最初の事務所と違い、宗次郎の支援で様々な装置の提供、貸出を行える良い環境が後押しし、それをもとに創金術、霊量工学と合わせ、自身が持つ能力、次元管理を用いて瞬間的な移動を可能にしたのであった。
本来自分たちだけならばこれを作る必要はなく、響たちが亀裂に入ったためどうにか作ろうと設計はしていたものの、場所と設備不足で導入が遅れたのであった。
やっとのことで作り上げ、ハーネイトはいつになくうれしそうにつぶやいていたが、部屋に入った伯爵に指摘された。
「相棒、ぶつぶつ独り言かよ。でもまあ、いいもの出来たみたいだな」
少し怖いといった感じでそう言うも、伯爵はハーネイトがすごく子供のようににこにこしていたのを見て自分もうれしくなりそれ以上言わず、彼をねぎらった。
ここ数日、血徒に属しながらU=ONEの力を与えてしまったルべオラの件で思い詰めているような感じに見え不安であったが、それがなくなったようで安心し、彼のためにとてつもなく甘い紅茶を入れ差し出した。それをありがとうと言ってハーネイトは飲み、一つだけ懸念していることがあることも伝えた。
「ただ、副作用で時間の流れが微妙におかしい。正確には、2時間ほどいたはずなのに30分程度、いやもしかすると10分程度しか現実では時間が進んでいない、かも」
「そりゃ単純にこちらとあちら側の時間が違うだけだろう。逆じゃないんだったら、少しでも空いた時間は彼らの時間になるわけだ」
「先生……徹夜してまでそんなすごいものを……」
2人のやり取りを、事務所のドアを挟んで廊下側から響たちが見ていた。
最初響と彩音が新たな亀裂を見つけ、その報告に行く道中で時枝、間城、九龍、五丈厳と出会い、亜里沙と文香ともホテルで合流し事務所を全員で訪れたのであった。
「なっ、お前らなんでこの時間に」
「今日は土曜日だし、全員急いだ用事なかったから遊びに来たの先生」
「ったく、俺は家で寝てえっての。まあ、動かしてから寝るのもあれか」
その中で五丈厳だけ面倒臭そうにぼやきながらも、結局彼らに乗って共に行動していた。
「そういえば先生、先生の持ってきた本をいくつか読んでみたいのですが」
「あの辺に置いてあるのはいいけど」
「ありがとうございます。少しでも勉強せねば」
時枝は何が何でも、彼らの秘密に迫り何が起きているのか全てを頭に入れておかずにいられなかったのであった。
「やっほー!わしじゃよ!イェイイェイ!」
ハーネイトが高校生たちとやり取りしていた中、彼らに緊張が走る。威勢のいい挨拶の声、それは明らかにあの恐るべき怪物、血徒ルべオラのものであった。
「ちょ、お前はルべオラ!」
「ルべオラ!貴様何をしに来たんや!」
「この前のお礼参りじゃ!」
「殴り込み?」
「ちゃうわ、ハーネイトに改めて礼をしに来たのじゃ」
するとひょこっとハーネイトと高校生たちの間に彼女が現れたのであった。前に見た時と同じ格好だが、左腕に土産物が入った紙袋をなぜか持っており、その場にいる人たちに袋からお菓子などを取り出し分け与える。
「何も手ぶらで来るわけないじゃろ?ほれ、桃京土産じゃ」
「もう、俺は考えるのをやめたいぜ翼」
「しっかりしろ響!」
「な、何だか受け取るのを躊躇したくなるわ」
「毒とか仕込んでねえよな」
敵である血徒、一応彼女はこちら側への協力をしたいと申し出てはいるものの、迂闊にこの土産を受け取っていいのか全員絶句していた。
すると彩音がボソッと伯爵の方を見ながら、こういいだしたのであった。
「伯爵さん主催の、バーべキュー大会と同じくらいこのお菓子、抵抗感が」
「なんとぉ?そのような無粋なマネはせん!失礼じゃのう!」
「待ってぇ!そりゃ酷いんじゃないの彩音ちゃんよ!それとさんはいらねえって!」
「だ、だって伯爵って、サルモネラ、何でしょ?食中毒が……」
「おいぃいいい!俺、実はサルモネラ家の者じゃな……ありぃ?ッ、何だか、思い出したかもしんねえ、俺は、そうだ、拾われているから、ああ……」
彩音の辛辣な一言が、伯爵の心に突き刺さる。しかしそれが引き金となり、伯爵は奇妙なことを口走ると頭を抱え、昔の記憶について辿っていたのであった。
「えぇ……ああっと。あれから、どうです?」
「もう調子が常にMAXなのじゃ、今から血徒十七衆を潰しにいけそうじゃ」
「じゃあそうしてきてください、もう私も、ずっと寝ていたい」
「何だか扱いが酷いのう!」
「そりゃそうだ、お前は自身の立場分かってねえ。仮にも貴様は血徒であり、ウイルス界の貴族院の長じゃねえか」
ルべオラにU=ONEの力はどうだと質問し、彼女の異常なまでのやる気を見てからどこか投げやりなハーネイトはふざけた感じの口調で冷たく彼女を突き放す。
「むぅう、まあそう言わずにのう、どうもお主等のことを十七衆が探ろうとしておったのでな、嘘の情報を伝えとった」
不貞腐れるルべオラだったが、大事なことを伝えてきたと言いハーネイトたちを見つけ出し抹殺しようとしている連中の情報と、そいつらの活動を徹底的に妨害してきたことを話したのであった。
話を聞いたハーネイトは、彼女が伯爵よりも有能かと思うほどであり驚いていた。更にルべオラは、一枚の紙を伯爵に見せる。
「ほれ、こいつを見てくれ伯爵、どう思う?」
「えっ……何だこれは」
「ノリが悪いのうS一族の末裔は!」
「分かるか!Pって何なのだ」
伯爵は傷心し、更にルべオラのハイテンションさに完全にいつもの飄々としたペースを破壊されていた。
紙を見ると、そこには巨大な建造物らしきものがありその中央にある何かをはめる鍵の部分を見ると伯爵はそのまましばらく固まってしまったのであった。
「先ほどの発言、気になるのう。しかし、そうだとしてもある程度家の役割などは教わるはずじゃが、こりゃ重症じゃな。ああ、それとエヴィラにまた会ったのだがわしの新たな姿を見てひっくり返っておったぞ?アハハハ!」
「……もう用事がないなら帰って、ください」
「先生も彼女のテンションについていけてない状態だ、恐ろしい……この幼女」
「手前、妙なマネするならぶっ潰すぞ」
ルべオラは、サルモネラ家を現在継いでいるこの男が、実は血を継いでなく一族に関する教育を施されていないからPという存在を知らないのではと思っていた。
だが正確にはこれは間違いがあり、それは後にハーネイトたちもこの伯爵という微生界人の真の出生の経緯を知ることになるのであった。
そんな中ハーネイトは、ルべオラの元気の良さに圧倒され大分疲れていた。そんな彼を見かねて五丈厳は、ルべオラに対しまさかの喧嘩を仕掛けようとする。
だが、彼女は理由があれな上、ハーネイトたちと敵対する理由が壊滅的にないと説明すると五丈厳の背中におんぶする形で移動し、頭を撫でながらまるで実の子であるかのように接するのであった。
「大丈夫じゃ、もはやわしらも被害者じゃけのう!我をだました罪は億死、いや兆死に値する!なのでよろしく頼むぞ、強面の少年!よしよし!」
「……わりぃ、俺もう先に帰るわ。頭痛てえ」
「おい勝也、待ってくれーっ!」
普段ならもっと強気に出る、気性の激しい彼もこの陽気な血徒の前には毒気を抜かれ、力なくその場から立ち去ろうとし、それを九龍が追いかけたのであった。
「さてと、ハーネイトよ」
「何ですか」
「あの時に、恩師を殺されたと言っていたがどういう事なのじゃ」
「……話す気になれない。1つ言っておくけど、俺は血徒に全てを奪われた復讐者だ」
「そう、か。……奴らの活動に、間接的に支援したのは確かにわしたち貴族院じゃ。わしらがもっと奴らのことを調べておれば、お主のような被害者を、出さずに済んだのかと思うとな」
「……俺は、初めて恋をした人を血徒に殺され、乗っ取られた体を止めるために、血徒に操られた彼女に刃を突き立てた。2度も助けられなかったその辛い思いが、貴様に分かるかっ!」
ルべオラの質問に対しハーネイトは、少年時代に初めて好きになった年上の女性が血徒のせいで命を落とし、その亡骸を改造され村が破壊されたこと、止めるために泣きながら戦い、すでに魂無きはずの体に刀を突きさしたことを静かに話したのであった。
最後に聞こえた、恩師の言葉と事件で唯一の生き残りという事実が、彼の人生を大きく壊し傷つけていったのである。
「先生……そんな過去が」
「だから、あの時から調子がおかしい感じがしたわけ、ね」
「……そうか。やはり、わしらも責任重大じゃな。お主のような存在まで苦しめた以上は、責任を取らねばならん」
「血徒が活動し続けるなら、俺はすべて倒す。仇は、絶対に……っ!」
「なら、何故敵であるはずのわしに、あの力を授けたのだ」
「それは……分からない。いや……少しだけ、ルべオラの姿が亡き恩師と似ていた、からかもしれない」
響や彩音は、ハーネイトの様子が最近おかしいことを知っていたものの、原因が過去の事件と関係があることに驚いていた。
一体、彼は今までどのような人生を歩いてきたのか、その一片を知り自分たちも胸が痛くなった。
ハーネイトも伯爵も、血徒という存在に全てを奪われ絶望した存在。それが分かり話を聞いた人たちは2人に対し辛さを共感していた。
「お主は、心底その恩師という女性を愛しているのじゃな。……分かった。倒したいときは、何時でも斬るといい。しかしだ、わしも今回の一件であやつらがとんでもないことをしでかしていることに気付いた。それを止めるには、協力するほかあるまい」
「……ああ。だが私が血徒を恨んでいることを忘れないでくれ」
「それとな、今血徒のトップは、エヴィラの親族というか、妹だそうだ」
ルべオラは恨む気持ちはよくわかると言った上でそう言い、しかし協力せねば真の目的を果たせないと言う。また、彼女は今の血徒のトップについて情報を渡すが、それを聞いた途端ハーネイトの表情が一気に険しくなった。
「っ!」
「まさか、そ奴がハーネイトの恩師をやった犯人か」
「ああ、そうだ。エヴィラが教えてくれたんだ」
ルべオラはそれから、自分たちが血徒の活動を止めていればそのような悲劇は起きなかったのではないかと思いせめて罪を償いたいと言った上で、自身も血徒を倒す側に回りたい、それとハーネイトの恩師の命を奪った存在を倒す手伝いをしたいと申し出たのであった。
ハーネイトはすごく感情を揺さぶられ、胸が苦しくなるがそれを我慢し、共闘することを選んだのであった。
彼女なら、情報を手に入れるのは簡単でありそれを利用すれば血徒を早く倒すことができる。何よりも、恩師である仇であるエヴィラの妹を倒すには、それが一番の近道だと、そうハーネイトは考えたのであった。
「うむ、ではこちらも探りを色々入れてくるぞ。では、また会おう諸君!さらばじゃ」
そうしてルべオラは姿を消したのであった。それからしばらく、ハーネイトと伯爵は無言でその場に立っていた。
すると今度はリシェルが事務室を訪れる。
「師匠、あ、悪い。大丈夫っすか」
「昔のことを、思い出しただけだ」
「……そうですか。あの、そんな中これを言うのもあれなんですが。部屋の水道関連がおかしくなりやがりましてね」
「ったく、変に扱ったな?まあいい、食事のついでに直すか」
リシェルはつらそうな彼らの顔を見て戸惑うも、すぐに部屋に関してのトラブルをハーネイトに言う。
その後ハーネイトはレストランに向かう途中でリシェルの部屋の水道をすべて治した上でエレベーターに乗りレストランで食事を取ることにしたのであった。すると宗次郎が食事しており、ハーネイトたちは彼と一緒に食事を取ることにしたのであった。
「しかし、いい食事を出すレストランだ。遅くまでやっているし、この周辺に住む人たちも食事を楽しんでいる」
「ハハハ、そういうようにしたからな。ハーネイト」
ハーネイトの感想に宗次郎は喜んでいた。異世界から来たということで口に会うか心配していたが、彼の故郷の事情で異世界から様々な食材や料理のレシピなどが流れていたため、それで育った彼には兆度いい塩梅であったという。
「って、ああ、ええええ?じっちゃん……?」
「先生、何かありました?」
ハーネイトは異様な気を感じ周囲を警戒する。すると窓際にどう見ても、今いてはならない人物を見つけ思わず叫んでしまったのであった。
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