第62話 連れ去られた文香と各勢力の異変?


 ハーネイトの不思議な能力で文次郎は娘の文香と再会し、彼女に近づきながら叫ぶようにそう言うが、ハーネイトと大和は文香の様子がおかしいと感じ文次郎の動きを制止しようとする。


「文香!一体どこほっつき歩いておったのだ!まだ体も癒えていないのだぞ」


「なっ、様子がやはりおかしい、文治郎さん下がって!」

 

「がぁあああああ、あうううう!」


「ぐっ、っ……なんと、正気を失っているのか文香はっ」


 その時文香は父である文次郎に襲い掛かり、手にした武器で彼の腕を傷つけた後軽やかに飛び上がり距離を取りながら威嚇していた。


「傷を見せてください」


「この程度……大したことない」


「まずいな、今のでもしかするとあなたも……」


 ハーネイトと大和は、同じことを考えていた。また能力者が増えてしまうということについて、そして文治郎はあれに耐えられるのかということである。


 少なくとも、血徒に傷つけられるよりは遥かにましではあるものの、その後のことを考えると彼らは警戒せずにはいられなかった。


「獲物の横取りをするな……!」


 文次郎の手当てをしていた2人はいきなり不気味な声が聞こえ構える。すると文香と自分たちの間にいきなり死霊騎士が現れたのであった。


「こっち側に直接出てくるとはな!」


「お前か、我らの計画を邪魔する愚か者が」


「そのセリフ、そのまま、いや利子を付けて返してあげるから。貴様は、死霊騎士だな!」


「だとしたらどうする。この人間を連れて行き、計画のための贄とする」


「そうはさせるか!」


 ハーネイトはすかさず創金剣で騎士の体を貫こうとしたが、死霊騎士は巧みに隠していた光る亀裂の近くに瞬時に移動しながら、文香を抱きかかえ姿を消したのであった。


「この少女を返してほしいのならば、我を追いかけてくるがよい!だが、それができるかなハハハ!」


 光る亀裂の先から声が聞こえ、追いかけてくるようにとハーネイトたちにそう告げる。ハーネイトは急いで追撃しようとしたが冷静になり、仲間を呼んで協力してもらうことにした。


「どうしたお前ら!」


「伯爵!死霊騎士が現れてターゲットが連れ去られた!」


「んだとぉ?何してんだ!」


「一瞬のことで対応が少し遅れた。すぐに追いかける」


「ハーネイト、至急皆に連絡をしたほうが」


「勿論だ!大和さんは文治郎さんを見ていてください」


 大和にそういい任せると、ハーネイトと伯爵は速やかにCデパイサーを用いて何があったか全員に伝達する。


「まさかの緊急招集か、すまない先生。状況は分かりましたが、こちらはまだ授業中で抜け出せないっす」


「俺たちもです。あと1時間ほどで終わりますのでそれからならすぐに駆け付けることもできますが、その場所ですと電車で15分はかかります」


「分かった。宗次郎さんに連絡してバスを学園近くに配置しておく」


「わ、わかりました先生。文香さん……早く助けに行くからな」


 時間帯があれなのか響たちは授業中であった。しかしあと少しで終わるため、宗次郎にも連絡し彼らの移動手段について手配したうえで、彼女を救うため突撃準備を行う。


「先に私と伯爵で先行するか。いや、ユミロとリリエット、ミカエルも必要か」


 そう思い、リリエットたちにも連絡を取ったハーネイト。するとすぐに電話に出て、いつでも出られるとリリエットは返す。


「私たちは今から迎えるけど、場所はどこ?それとボガーたちは何でも海の方に行って調査しているみたいだけど……あれ、休憩室にシャックスが寝ているわね」


「叩き起こして連れてきてくれ。さらわれた目標を追跡する。響たちは来るのに時間がかかる」


 状況を簡潔に説明し、彼女たちは了承の連絡を取る。そして位置情報を送信し来てもらうようにしたのであった。


 すると数分後、ミカエルの使い魔である大鳥に乗った4人が近くの5階建てビルの上に到着し、使い魔を格納してからすっと浮遊系の通常魔法を使いビルから飛び降り、ハーネイト達と合流したのであった。


「というわけで来たわよ。確かにこれはまずいわね。彼女が危ないわ」


「ふああ、折角のお昼寝が……しかし、敵が追いかけて来いと言ったのですか。何か1つありそうですね」


「しかし、さらわれた、女の子。助けないといけない。俺、手伝う!」


「できる限りのことをするまでよハーネイト」


 4人はすぐに追跡しようと準備万端であることを告げるが、シャックスはふと文次郎と大和の方を見て気になったことを質問する。


「しかし、そこのご老人をどうするつもりですかハーネイト様」


「一応けがは治った。それにもしもの場合、貴方の声で娘さんの正気を元に戻せる可能性がある」


 シャックスの問いかけに対しハーネイトは、本来手負いの彼を連れて行くのはリスクが高いが、文香の状態について聞く限り、幻霊に苦しめられていると判断し、その場合親族の問いかけが突破口になるケースを何度も彼は見ていた。そう考えたうえでの発言であった。


「そうか、そうじゃな……わしもあれが見えるということは、ああ、そうか。もう5年前の話だな、わしは不思議な何かを見たのじゃが……」


 さらに文治郎はハーネイトが事務所で話したことについて自分も自覚があると言い出す。


それに目を丸くしながらも、ハーネイトはある仮説を立てた。幻霊と向き合ったが、それ以上何も起きない場合が存在するのではという状態。最も霊量士に詳しいリリエットに彼は質問した。


「てことは、そこまで段階が進んだものの、具現霊の出し方がよく分からなかったということか。なあリリエット、そういうことあるのか?」


「ありえなくはないけど……そういや私の父さんはそんな感じっぽかった。だけどまだ刺激が足りないようね」


「もう、この際はっきりしておかないと気がすまん。それに娘を早く……っ」


「ハーネイト、何だかあれだがさっきの死霊騎士だったか、口ぶりがこちらを誘おうとしている感じだ。罠かもしれん」


「罠だろうが何だろうが、助けに行く。それが私のやり方だ。大和さんは、このあたりで待機して響たちと合流してからできれば来てください」


「そうさせてもらうよ。戦闘面ではまだ役に立てそうではない」


 リリエット曰く、たまにそのような人材が出てくるという。しかしまれなうえに、声を聞き続け大体が廃人になりうるとも説明した。


 しかし目の前のアラフィフは至って問題がない。それは、彼が独特かつ強靭な精神性を持っていた証でもあった。文治郎は早く娘を助けに行きたいといい、一方で大和は敵の罠かもしれないと指摘するも、それでも行くしかないんだとハーネイトは言い、大和を除く人たちは全員、死霊騎士が利用した、路地裏に怪しく光る亀裂の中に近づき異界空間に引きずり込まれるのであった。


 その頃、異界空間内にハーネイトたちが入ったのを監視用の飛行生物を利用し確認した、3人の人らしき何かが話をしていた。


「ほう、この男が……最近我らのことを嗅ぎまわっておるのか」


「フフフ、ちょうどいいところにあの娘がいた。利用させてもらうか」


「すでに罠は張っている。逃れるすべはない、覚悟しろ邪魔者がぁ!」


 彼らの外観を見る限り、人のようでありそうではない。中には角を頭から生やしたり、手足が悪魔のような者もいる。


 この人ではない異質な存在こそ、ハーネイトたちが現在追っている「魔界復興同盟」の下級メンバーである。


 彼らは1000年前に起きた大事件で荒廃している魔界を元の豊かな土地に戻そうと考えありとあらゆる手を講じてきたという。


 彼らはヴィダールの神柱が1つ、ソロモティクスと呼ばれる存在を目覚めさせ、その偉大なる力で大地を甦らせようと考えていた。


 しかしこの下級メンバー含め、多くの組織員が今起きている、幹部たちの異変に気付いているものはほとんどおらず、魔界の未来が消滅するほどの大惨劇の準備が秘密裏に行われつつあることを知る者はいなかった。


 彼らはある存在に騙され、気づくことなくいつの間にか手駒と化していたのであった。


「すでに、敵は我らの網の中。さあ、あとは騎士たちに任せましょう」


「しかし、幹部やトップ3は流石だな。神を呼び覚ませるとかスケール凄すぎだ」


「だが、ドミニアス様やエフィス様など幹部たちが何か変だと思うのだよ」


 半獣人と呼ばれる魔界に住む種族の若い男が、あるうわさを聞いたことを2人に話した。


「そうか?そうには見えないぜ」


「その2人は少し前まで、神を呼び覚まし力を利用するといった計画に反対をしていたんだ。風のうわさで聞いた話だがな。だが今はどうだ、何かに取り付かれたかのごとく計画に参加している」


「なんだか怖い話だな、だが気にすることではないだろう」


 だが幹部たちの異変など大したことではなく、今は計画を進めるまでだと言い3人は一旦本部のある魔界に帰ることにしたのであった。


 このエリアには自分たちが精神支配している霊騎士が数体存在している。彼らの手にかかればあの邪魔者を消せるはずだと彼らは楽観していたのであった。


 それでも、半獣人である魔界人だけは不吉な予感をぬぐえず体を震わせていたのであった。


 それは、現在自分たちの種族の間で起きている謎の病気と、幹部たちの性格が変わったり豹変したりしていることと関係があるのではないかと考えていたからであった。




「フフフ、魔界の連中も愚かじゃのう。まあ、我らの存在に気付けるものなど皆無なのじゃがなハハハハ!」


 そんな魔界人たちを遠くから観察する、ある少女がいた。美しく長い髪と幼く元気に満ち溢れた顔が印象的な、赤を基調とした洋服と頭にはフードを被ったまるで赤ずきんのようなそれは、なんと血徒であった。


 魔界復興同盟のメンバーの話を、まるで地獄耳かのように全部聞いていた彼女は笑いながら、自分たちは見えざる脅威であり、あらゆる生命体の中で最強の存在であることを自負していた。 


 ミズルス・ルべオラ、それが彼女の名である。ウイルス系微生界人の中でも貴族級である、影響力をそれなりに持つ微生界人であり、元々血徒の資格となる血を使い勢力を増やす条件は満たしておらず、空気及び接触感染を得意とする微生界人である。


 彼女の引き起こす病気は、あの麻疹である。


 1人の感染者が最大18人にうつすほどの感染力を持ち、後遺症や症状形態もそれなりに多彩な非常に恐ろしい存在である。


 ミズルスはその麻疹の概念体であり、出血症状を引き起こせるという点を強調し、第2級の血徒として組織に加わり、主に裏方の支援で活動を手伝いしていたという。


「あのPの力さえあれば、わしは最強になれるのじゃ。微生界の勢力図を塗り替えるには、こうするしかないのう」


 彼女が血徒に加入した目的は1つ、伝承の存在の力を手に入れ、微生界を実質支配することであった。


「だがあの男、興味があるのう。内包したあの造物主の気運、この前あのエヴィラと会った時に話を聞いたが利用せずにはいられんのう。血徒にいるのも、U=ONEになりたいだけじゃからなあ。正直本音は、感染した時の症状をなくし穏便に行きたいのだけど……なあ」


「ルべオラ様、それは本当ですか?」


 どうもこのルべオラはどこかでハーネイトの仲間となった元血徒の女王ことエヴィラと出会い、話を聞いて疑問に思っていたことがいくつもあるようである。


 微正界の支配よりも、実は人生を謳歌したいために究極の力を手にしたいようであり、自身の能力を忌まわしいとも思っているのであった。


 その点については、ハーネイトと同様であり、過ぎた力だと疎むその考えはいかにも彼とウマが合いそうである。


 そんな彼女の、楽しげに独り言を言っているのを見て聞いていた、1人の微生界人がいた。


 物陰から彼女の話を全て聞いてしまい、思わず真偽を確かめたくなったその男は彼女に質問をしてしまったのであった。


「盗み聞きはよくないぞお?スフティスちゃん」


「は、はあ。すみません。ですが、あのエヴィラ様がU=ONEというのは」


 彼の名前はスフティスと言い、かつて日本で騒動となった重症血小板減少症、つまりSFTSの原因となるウイルス系微生界人にして、血徒17衆の末端である非常に強力な存在である。


 だが彼も、微正界で影響力を持つ彼女を前には思わず下手に出てしまう。そんな彼をルべオラはからかいながら話をしようじゃないかと自身の左隣に来させたのであった。


「恐らく確かじゃろ、あの身に纏う桁違いの力、もはや微生界人の物ではない、ヴィダールの神柱級じゃ。神霊の域に達するというのが、U=ONEという事なのかもしれんのう。彼女はいきいきしておったわ」


 ルべオラはエヴィラに会った時のことをスフティスに丁寧に説明する。まだ血徒の長として君臨していたころの彼女とは雲泥の差、と言えばいいほどに強力になっている。


 それはもう、自身らを生み出した存在であるヴィダールの神柱と十分に渡り合えるとスフティスにそう言い、U=ONEという存在とは神霊化した何かではないとかと個人の見解を述べる。


「えぇ~~あのP以外に、その域に至れる方法があるのならば計画をすべて見直した方がいいかと思うのですが!私もなりたいですね!そうすれば造物主などけちょんけちょんに!」


「そうかそうか、それはわしも同じじゃ!エヴィラの話は確かに一理ある。我ら種族がヴィダールの兵器を管理するために生み出されたというならば、あのPというのは何故封印されておるかという話じゃ」


 スフティスは目を丸くしながら大声でそう叫び、血徒の活動に関して全体的な見直し、根本的な方針転換が必要だと考えていた。


 それを聞いたルべオラは同意した上で、Pと言う存在に関して自身が思っていた疑問点を話す。


「手に負えないから、強引にでも封印したのかと」


「そんな奴、果たして今の我らで制御できる保証はあるのかえ?」


 自分たち微生界人が何のために生まれたか、それを知った時から彼らは強くそれを意識するようになったという。


 その中で様々なヴィダールの試作神造兵器の管理や封印などを自身たちは任せられていたのだと認識し、そこから微生界人の中に様々な組織が誕生することとなった。血徒もその一つである。


 そこで最大の疑問点を彼女は話す。その封印されているそれは、制御できないからそう保管されている。そんな作った当の本人でさえ手を焼く存在を、あくまで手先である自分たちは完全に掌握できるのかと。エヴィラの話を聞いた彼女はその点についてもはや否定的であった。


「ないです」


「即答じゃなあ?じゃったら、神柱級の力を手に入れてから解放すればまだいけると思わないかえ」


 スフティスのやや気の抜けた即答に呆れるルべオラだが、手順をもう一つ増やしてからそのPという存在を手にすればいいのではと提案した。


 制御できない状態で開放すれば、自分たちの命が危ないと考え、確実にじっくり計画を進めればいいと考えを共有する。


「確実にあの造物主を仕留めるなら、そちらの方がいいと思いますが」


「おお、おぬしは本当に話が分かるのう、我も気分が良い!他のマールヴェルグやハンターン一族などにも話だけはしてみたが、聞く耳持たずじゃ」


「ルべオラ様、彼らに話しても無駄です。Pの解放以外興味がないような感じですので。何だか誰かに操られてるっぽいんですよ、困りましたねえ」


 ルべオラは自身の話を理解し同感してくれるスフティスに気分を良くしていた。


 その話を聞き、スフティスはほとんどの血徒17衆は何か妄信的にPの解放に取り付かれているとして話をろくに聞いてくれない状況であることを彼女に説明したのであった。


「残念じゃなあ、悲しいなあ!まあ、まだ我は血徒でいるがスフティスも気を付けるのだぞ」


「は、はい。ルべオラ様。そろそろ、拠点に戻りましょう」


「いーやーじゃーーー!あの男の戦いぶりを見てから帰るぅ!」


「はあ……私は別件のがあるので失礼します。お気をつけてくださいね。あと、今の話は内密で行きましょう」


 ルべオラは既に、この異界空間エリア内に魔界人が配置させた霊騎士が複数存在するのを知っていた。


 本来ならいたずらでもしてやろうかと考えたがよく考えると今の自分では霊的存在を相手にまともに醸せないため、文香を助けるために霊騎士を追いかけるハーネイトたちの戦いを高みの見物としようとその場で待っていたのであった。

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