第30話 高校生たちの危機と血徒の影


 神社での一件を済ませた翌日、通学中の響たちは朝から街を歩いていたハーネイトたちと出会った。


「あ、ハーネイトさん、伯爵さん、おはようございます」


「おはよう、みんな」


「おうよ、おはようさん」


「リリーちゃんは?」


「あいつはまだ事務所で寝てるぜ。昔から朝弱いからな、あいつはよ」


 リリーの姿が見えないことに彩音は気づき、どこにいるかを訪ねる。伯爵がそれを教えると彼女も、自分も朝が弱くて起きられない時があると話す。


「正直、俺も朝は苦手だぜ。兄貴たちは?」


「私は仕事柄慣れている」


「俺はそもそも眠るという概念がねえ」


 響はともかく、翼も朝起きるのにぐずつくらしい。しかしハーネイトは仕事柄何時でも起きて対応しなければならないため、早朝の仕事でもすぐに行けるようにしているという。


 また、伯爵は睡眠という概念がないと自身でそう述べながら、なぜか欠伸をするモーションを取った。


「そ、そうっすか」


「伯爵さんって、不思議ですね」


「さんはいらねえぜ、どういうことだ?彩音」


「色々と、です」


 異世界から来たというだけでも今まであり得ないことだと思っていた彩音たちだったが、この2人は特に異色な存在であった。


 正直今でも頭が追い付いていない部分もあるがそれでも彼らについていくことが答えに繋がると信じわずかにまだある恐怖を抑え、彼らと接していた。


「へっ、まあ、俺自身もそう思う時はあるがよ。何で相棒と一緒にいるんだろうかってなあ」


「そういや、馴れ初めってあるんですか先生、伯爵? 」


「前に言っただろ?初めての出会いは最悪だったと。まあ、その後のことを話すと長くなるからな翼、それは今度ゆっくりとな」


 伯爵は高校生たちにはまだ具体的に、初めてハーネイトと出会った時のこと、リリーと異世界で再会したことについてを詳しくは話していない。話せばいやでも長くなるのでまたなと言いつつ、別の話題に話が移る。


「なに?人斬りがいるとな?」


「んなもんこのご時世にいるのか、ほう。辻斬り的なサムシングか?」


「目的が何なのか不明だ。殺害目的ではなさそうに見える。亡くなった人はいない」


「余計たちが悪いというか、いやな予感がするな」


 ここ最近、突然人が切られる事件が立て続けに4件起きているという。その4件とも被害者の命に別状はないものの、誰に切られたか被害者全員がよく分からなかったという。


 また、傷口は浅くて範囲が広く、まるでなぞるか、削り取るかのような感じであったと響はテレビのニュースで見たという。

  

「でも、おかしいわよ。現場に人のいた痕跡がないって」


「現場にはそれはなし、しかし斬られた傷は刃物のものか……調べるか、伯爵。死霊騎士の仕業だったとかだと洒落にならん」


「いいぜ、勿論だ相棒」


「いいかい、君たちはまだ能力者になって日が浅い。もし怪しい奴を見つけたら、兎も角連絡してくれ。いいな?」


「分かりました先生」


 ハーネイトと伯爵はそちらの調査も合わせてしてみると言う。それと響たち3人に対し、もしも一応犯人を見つけても交戦せず連絡するようにと指示を出す。その後彼らは別行動をとり、調査に向かったのであった。




「さて、今日も疲れたな。ったく、家が近いからってついてくるとはな、間城」


「いいじゃない、例の事件、知っているでしょう?」


「ここ3日で4人が負傷している謎の辻斬り事件の話だろ。ったく、どこぞの時代じゃあるまいし、下らないな」


「被害者が全員軽傷ってのが奇妙だよねえ」


 時間は過ぎ、夜七時過ぎを回っていた。響たちは部活に勤しみ、ハーネイトたちは事務所で読書や食事をしていた中、二人組の男女が九条学園から出て人通りの少ない道を歩いていた。


 それは時枝と間城であった。同じ部活のため、今日は遅くまで学校にいて、やっと帰宅するところであった。


「それとな、俺よりも響か彩音さんを捕まえたほうがいいだろう。あいつら、何か隠しているしな」


「そうよねえ、この前の一件以来、どこかおかしいもの。やはり、あの美形剣士と謎の角男に誑かされてるんじゃ……」


 2人がやや賑やかに話しながら歩いていると、道の先に何かぼんやりとした生き物の姿を二人は捉えた。それは、確かにゆっくりと自分たちの方に向かってきていると分かり足を止める。


「おい、間城、あれが見えるか?」


「ええ、ええ。あれは、包丁を持ったオーク?え、ええ?化け物じゃん!なんで?」


「気づかれた、こっちに来るぞ!走れ間城、追いつかれるぞ!」


 それは身長2mは在ろうかという背丈の、鬼のような魂食獣であった。人の気配を感じ取り、時枝と間城を見るな否や、勢いよく走り突進し迫ってくる。2人は来た道を戻る形であわてて走り出し逃げようとしていた。



「ったく、補習とはついていない。早くハーネイトさんのところに寄ってかないと」


「もう、もう少し勉強しないと。え、待って。間城ちゃん、それに時枝君の声が」


「ああ、これはいやな予感がする、急ごう。もしかすると例の辻切り事件の犯人がうろついてるかもしれないぜ」


 時枝たちがオークらしきものに遭遇したのと同時刻、響と彩音、翼は近くの道を歩いて帰宅の途についていた。しかし3人は何かの声を聴き、その方向に走り出したのであった。


「もう、もたないか、ぐあああああ!」


「時枝君!ってきゃあああ」


 急いで走る時枝は、何か利用できるものがないか探していると近くに落ちていた鉄パイプでオークの攻撃をどうにか受け止め、間城を逃がそうと耐えようとする。実体は確かにあるが、異様な感じを覚え距離を取ろうとした時、オークは素早くジャンプしてから、2人に覆い被さろうとした。


 逃げられないと思い時枝は、間城の盾となりかばいながら守ろうとしたその時、響たちが到着したのであった。


「え、彩音……!」


「響君か……何をしているっ!」


 交戦する前に2人は、ハーネイトに連絡を取り怪しい巨大な怪物がいることと、付近に学生がいることを伝えると彼から指示を受け、救助するように言われ急いで駆け付けたのであった。


 響と彩音は既に霊媒刀を展開し、オークの強烈な一撃を受け止め、大きく吹き飛ばした。


「グっ……!」


「これ以上、やらせるかああ!」


「もう、あのような思いはごめんよ。お願い、力を貸して!」


 吹き飛ばした隙に、響と彩音はそれぞれ具現霊を背後に召喚し、攻撃に備える。


「こいつは、一体……お前らどこでそんなものを!」


「見えるわ、これは、守護霊……?私の後ろにいる何かと、すごく似ているけれど」


「行くぞ彩音!言之葉っ、あいつを切り刻め!」


 響はすかさず言之葉に命令を出し、敵である通り魔の犯人、グリガーに攻撃を仕掛ける。しかしグリガーは手にした武器を振り回し、衝撃波を幾つも飛ばす。それが彩音たちのいる方向に向かって飛んでいき、響が叫ぶも彼女は既に具現霊が放つ技を発動していた。


「音障壁!これならどうかしら!」


「あ、危なかったわ、彩音、これってどんな原理で技を出しているの?」


「事情はあとで説明するわ璃里ちゃん!私たちもまだ、この力を完全に使いこなせていないのよ、早く逃げて!でないとっ!」

 

 彩音は音波を障壁として、衝撃波を相殺する。その光景を見た間城は唖然とするが、今は逃げるのが先だと後ずさる。

 

 すると突然、熱く燃える火の玉がどこからか飛んできてオークの顔面にクリーンヒットした。それは翼の放った一撃であった。


「大丈夫かお前ら!」


「どうにかな翼!しかし思ったより硬いっ!まだ、俺の腕じゃこの言之葉は、っ」


「一撃一撃が鋭く重いわ、2人を連れて一旦引きましょう」


「ああ、今先生がこちらに向かっているが、連絡しないと」


 言之葉は手にした風車のような連結した日本刀で何度も切りつけるが、思ったようにグリガーを切れない。手ごたえはあるのに、刃が深く通らない。それを見た彩音は響に一旦引いて体勢を立て直すように指示する。そして響は一旦引きながら時枝たちを守りハーネイトに連絡を取る。


「そちらの状況はこちらで確認している、今そちらに移動中だ」


「早く来てくださいよっ!例の人斬りの犯人に追っかけられてるんすよ。場所は坂野商店街の近くっす」


 響は既にデパイサーをうまく使いこなしており、素早く居場所を地図に入力し彼らに伝える。その後通信を切り、犯人を近づけさせないため具現霊・言乃葉の戦技で妨害を仕掛ける。


「急ごう、しかし探知をすり抜けた?妙な気を感じてはいたが……。何の前兆もなく出てきたということは、異界化現象の影響か?いや、急ごう」


 ハーネイトは霊量創甲で姿を消しながら空を飛び目的の場所へ急ぐ。その間に、別の場所で調査していた伯爵とリリーにも駆けつけるよう指示を出した。


 そんな中響は、翼と共にグリガーを足止めしようと襲い掛かる。グリガーが持つ武器を言乃葉で受け止め響はつばぜり合い、翼はグリガーの首元を蹴ろうとするも、力の強さに一撃を決められずにいた。


「っ!ぬおおおおおおお!」


「ぐぬぬぬ!ロナウっ……!」


「何という化け物だ、こちらが押されるとはな」


「ふへへへ、若い人間の肉を切るのは、ぞくぞくするよおおふへへへへぇ!魂も、刈り取っちゃうんだぜ!」


「なんて邪気、これはっ」


 いきなりグリガーの霊気が上昇したのを彩音たちは感じ取り、2人に逃げるように伝える。その時だった。


「ぶちまけろ、貴様らの、すべてを!グルゥアアアアアア! 」


 先ほどの衝撃波よりもすさまじい威力の斬撃波が地面に沿いながら彼女らに迫る。彩音は一歩前に出て再度防ごうとするも、勢いが止まらず弾かれ間城たちに残りの衝撃波が襲い掛かる。


「はや、いっ! 」


「間城っ! 」


 その刹那、時枝と間城は心の中である声を聴いていた。どこか時間の流れがおかしい、そう感じながらも耳を傾けて声を聴こうとする。


「この声は、隼人?いや、他に混ざっている」


「我が名は、ミチザネ」


「ミチザネ?菅原道真公……?」


「そう呼ばれるときも、ある。貴様に迫る危機を退けたいのならば、呼べ、我が名を。結べ、我が縁をっ!」


 声そのものは年をそれなりに取った男の声だったが、端々で弟の話し方、そして声が混ざっているように聞こえた。そして名前を聞いた時枝は、驚きを隠せずにいたがそれどころではない。今は声を信じよう。それしかないと考え、その名前を叫んだ。


「聞こえるか、おい」

「だ、誰なのよ」


 そして間城は、ここ最近聞こえていた声の主とようやく心の中で対面した。その姿はまだ黒い靄(もや)に包まれていたが、徐々に形が見えてくる。何より気になったのが、幼い時に病で命を落とした弟、明日汰の声である。声の高さは低いが、確かに弟の話し方だ、そう間城は感じ影に対し声をかけた。


「相変わらずだな……トロ臭いところは」


「口が悪いわね、本当に……で何の用なの!」


「俺も、姉貴を守れるような男になりたかった。だけどあいつらに俺は殺された。……姉貴、今度こそ俺が守る……!姉貴の力、俺に注いでくれよ。そうすりゃ、縁を結んで守れるんだ」


 間城はその言葉を聞いて、昔のことを思い出していた。親が海外出張でいない間、弟がよく口にしていた言葉。それを聞いた彼女は親がどこか自分たちのことを見ていない孤独感に苦しめられていた。誰かに守ってほしい、そんな素敵な騎士がいればいいのにと思いながらも、自分が弟を守らなければと彼女は懸命に弟を守ってきた。しかし弟は10歳という若さで命を落とした。それを両親に責められ彼女は相当参っていた。璃里は今でも、弟を助けられなかったことを後悔していた。


「今から俺は、お前のアイアスだ!そう、アイアスと叫べ!想いが、俺を現に立たせる鍵となるんだ!早く!」


 目の前の影はそう言い、昔のことを思い出し震えていた彼女を奮い立たせる。


「アイアス……そう、明日汰……ええ、お願い、私に前に進む勇気を!そして私も、みんなを守りたい!明日汰や、矢田神村の被害者たち、いや、全てを私は!」

「俺もだよ、姉貴。まずは、あの化け物を倒すぜ!」


 そうして、決心しそれぞれが同時に、現霊に対する契約の言葉を混濁した意識の中で叫ぶのであった。


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はアイアス。七盾と剣にて汝を護る者なり!」


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はミチザネ。雷轟と言呪にて汝を護る者なり!」


 すると2人の体から強烈な光、つまり霊量子が急に増幅しあふれ出す。それはグリガーの強力な斬撃を全て受け止め打ち消すと、次の瞬間彼らの背後には具現霊が姿を現していた。


 時枝のはいかにも平安時代の貴族の衣装に見える、雅なものであり紫を基調にしたものを纏い烏帽子と藤色の勺を手にした、年にして30前後の男がすっと現れた。体からは時折電撃が流れており、勺の先端を左手で数回叩き、それを天に掲げる。

 

 一方で間城は、白銀の鎧を纏いし、勇ましい、巨大な剣と盾を持った騎士の現霊を呼び出した。美しく光る鎧、その騎士の背丈ほどもある刀身の剣、何よりも目を引くのは左腕に装着された7枚の、色彩が常に変化するレドームのような盾を身に着けている点である。彼は盾を突き出し、力をそれに籠めると衝撃波を放ちグリガーの武器を吹き飛ばした。


 間城たちの攻撃に合わせ、今度は時枝の具現霊・ミチザネが空からまるで雷で作られた龍を落とし、グリガーの脳天に直撃させる。そして盛大に感電し動きを封じたところに、上空からアイアスが奇襲を仕掛け、大剣で叩き切る。その一撃でグリガーはほぼ戦闘不能の状態まで追い込まれた。


「グォオオオオ、そんな馬鹿、なあ。この俺、を」


「雷を、落としやがった!」


「あの騎士、何て盾をもってやがる」


「はあ、はあ、めまいがして、来た……っ」


「私も、よ。うっ、すごく疲れた感じがするわ」


 響たちは時枝と間城の力に驚くも、彼らの様子がおかしいことに気づく。一方で大ダメージを負い、肉体がボロボロになったグリガーも正気を失い、力を振り絞り全速力で襲い掛かる。既に絶命しているはずの傷だが、それでも向かってくることに時枝たちは恐怖を覚える。


「危ない、逃げろ2人とも!」


「待たせたな!大魔法26式・鎖天牢座!」


 その時、空から声が聞こえるな否や、グリガーの足元と頭上から無数の鎖が現れ、それらがすべて絡みつき完全に動きを封じる。そう、ハーネイトがこの区域に到着したのであった。


「今だ響、彩音、とどめを刺せ!」


「了解です、……はあああっ!言呪・砕!最後にこれだ、疾風斬!!!」


「ええ、これでとどめよ!音破斬!!!これで終わりよ」


 響は精神を集中し、言之葉に戦技を使わせる。その言葉の呪いがグリガーの心と体を砕き、そして彩音が弁天に技を使わせ、音叉薙刀から音の斬撃を放った。その刹那、風をまとった言乃葉の刀も合わせすべて命中し、グリガーは断末魔を上げながら赤い液体となり肉体が崩壊し絶命したのであった。


「……なっ!今のは、血徒に感染した者の肉体崩壊のものだ、まさかっ!いや、それよりも先にあの2人を」


 ハーネイトは全員の状態を確認し、手早く回復魔法を発動しけがを修復した。幸い深手を負った者はおらず、時枝と間城もグリガーに軽く傷を負わされたがそれも治療してもらった。


 その間、彼は考え事をしていた。それはグリガーと呼ばれる怪物の倒れ方についてであった。


 肉体が全て血液となったかのように肉体が崩壊したそれは、かつて彼が戦った最悪の脅威によるものと同じ現象であり、既に奴らはこの世界で活動している。そう確信せざるを得ないと彼は考えて憎悪を燃やしていた。


 その後ハーネイトを見た時枝と間城は、少し間をおいてから彼に話しかける。


「あの、貴方はあの時の」


「……済まないが急いでいるんでな。響たちは後で連絡を。伯爵たちももうすぐ来るから、合流した後は任せたぞ」


 そう言うとハーネイトは事後処理を彼らに頼むと、すっとその場から姿を消した。まるでそれは、顔をこれ以上知られるのをどこか恐れる様な素振りであった。


「おい、待ってくれ!って、もういないのか。なんて速さだ」


「傷の方は、もう大丈夫そうね」


 彩音たちは後を任され、間城たちの様子を見て無事を確認した。ハーネイトのおかげで治療は済んでいるが、彼らの動揺を感じ取り、しばらく声をかけることが憚られる感じであったという。

 

「ねえ、彩音。あの人とはどういう関係なのかしら?」


「え?」


「白状しなさいよ。貴方たち一体何やっているのよ。私たちに隠れて!探偵ごっことか、そういうの?」


「璃里、少し落ち着いてって。話を一から聞いて欲しいの」


 間城は形相を恐ろしいものに変え、語気を荒くして彩音に迫った。


「お前もだ響。その鎧武者、それはなんだ。それと翼もだ」


「何だと言われてもな、しかし見えるのかよ2人とも」


 間城だけでなく時枝も、静かに響と翼にあれは何だったのだと質問をする。そんな中、ハーネイトの報告を受けた伯爵がようやく響たちの元へ到着した。彼らも別の場所で交戦していたという。異界化現象の罠に引っかかっては暴れて敵を撃破し、追撃していた矢先に連絡を受けたのであった。


「よう、無事だったか坊主ども」


「は、伯爵さん、どうにか無事ですが……」


「そうかい、ならよかったが。しかし面妖な奴と出会ったな。魂食人か憑鬼の類……っ、違うなこいつはっ!!!」


「……あの、貴方は一体何なのですか」


 ハーネイトの代わりに現れた、もう1人の怪しい青髪の男。しかも2本の角が頭から生えている。どう見ても人間ではないように見えるが、彼にも色々話を聞きたかった2人は立ち上がり怪訝な顔をしている彼に詰め寄る。


「おうおう、あの時仮面騎士に捕らえられていた学生か。……けがはねえか?」


「それは、緑髪の剣士さんが治してくれましたが……一体、彼らと貴方はどういう関係なのです」


「ああ?生半可に深入りすると、後悔しかねえぜ。それとも、俺たちが今起きている事件と関係があるっていうつもりか?」


 時枝はクラスメイトである響や彩音と今関係を持っている2人に対し、こいつらが事件に何か関わっているのではないかと思っていた。そのため言葉が挑発気味になる。彼らがどういった経緯で、あの怪物を倒す力を得たのかが気になってしかなかったのであった。


「ああ、そうだ。話によっては貴方たちを警察まで連れて行くまでだ」


「やれやれ、あのなあ。俺らは遠路はるばるここまで来てよ、あらゆる世界の存亡に関わる事件を未然に防ぐために動いているだけだ。はあ、ここから先、俺たちを知ろうっていうなら命を捨てるつもりで来い。少し前に助けたこいつらはな、さっきてめえらに傷を負わせた化け物たちを倒せる力持ってんだ」


 伯爵は時枝の疑念に対し、角の生えた頭を掻きながら面倒だと言わんばかりのモーションを取ってから、響たちが特別な素質を持っていることを伝える。その上で、今この世界に起ころうとしていることについて話をした。


 行方不明事件の原因が、特定の条件を満たした人を異界に引きずり込んでしまうことと、裏でその原因を創り出している奴らを探していることを教えたうえで、相手は厄介な存在だと強調する。


「んでだ、いくら俺たちがいても危険とは隣り合わせになっちまう。……知れば、後には引けねえんだぜ」


「それでも、俺は死んだ弟の声を、あの時何があったのかを知りたい。ミチザネという存在が何なのか。教えてほしい。事件のこともだ。俺も被害者だ、巻き込まれた時のことは覚えているし他に役に立つ情報を提供できるかもしれない」


「私もよ。幼い時に死んだ弟が、私に力を貸してくれたの。貴方たちはそれが何か知っているのでしょう?それと、そんな怖い事件が起きているなら協力したいわ。友人が立ち向かっているのに、何もしないとかできないし、ハッキングとか得意だから情報収集は任せて?」


 その話を聞いた伯爵の顔は少し青ざめていた。そう、彼らも響たちと同じく霊的存在、またはその類の者と関わり刺激を受け、霊覚孔が開いた人間なのだなと理解したからである。


 やはり今回の行方不明事件の被害者は、少なからず影響を受けていることを実感しつつできるだけケアをしたいと彼は考えていた。


「……ちっ、完全に力に目覚めてしまったようだな。どんだけこいつら過去に何があったんだ。俺もだがな。……しばらく頭を冷やして、その上で考えな。相棒には一応話はつけといてやる。だから今日は帰って休め」


「……あんたの、名前は?」


「俺か、俺はサルモネラ伯爵だ。伯爵って呼んでくれ。こいつを渡すぜ。事務所の場所が書いてある」


「ありがとうございます、サルモネラ、伯爵さん?」


「さんはいらねえ、伯爵と呼びなお前ら。じゃあな」


 そうして、伯爵も遠くから見ていたリリーを回収しその場を後にしたのであった。空を飛びながらリリーが心配そうに伯爵に声をかける。


「……もしかすると、いや。まだ証拠が足りねえかも」


「どうしたの、らしくない顔してるわ」


「血徒の影、匂いを感じた、あの現場からな。相棒が倒したんだろうが、あいつも気づいているだろう」


 伯爵のぼやき、独り言に反応し何があったのか聞くリリーに対し彼は、深刻そうな顔で悲しそうにそう言い彼女を驚かせた。


「……!本当にそうなの?」


「感染して操り人形と化した、つまりあれのしもべ、子か。響たちが戦った相手は、霊的な存在ではない別世界の住民かもしれん」


 ハーネイトとは別に伯爵は、自身と同じ種族でありながら暴走し本来の役目を果たさず不穏な活動をしている「血徒(ブラディエイター)」の追跡も積極的に行っていた。親と子の概念があり、親である血徒が子である感染者を支配し人形のように操り暗躍しているというが、彼らの目的などについて不明な点が非常に多いためハーネイトの承諾を得て、手伝いもしつつ独自の情報網で探っているという。


 伯爵にとってはリリーの件も含め、血徒とは因縁深い相手でもあった。自分たちの住む場所を滅茶苦茶にし、リリーの命まで奪おうとした。しかも感染体がやられても呪血とよばれる残滓が新たな感染者を呼び、気づかぬうちに多くの生物の命を奪い屍人にする。そんな奴らを好きにはさせねえ、伯爵は歯を食いしばりながら空を見て、血徒を絶対に倒すと決意を示す。


「証拠集め、していかないとね伯爵」


「そうだリリー、正直死霊騎士団など可愛いものだ、血徒の方がよっぽど怖いぜ。どれだけ離反者が出ているか、組織の規模も全く分かっていないんでね」


「そうだね、ねえ、早く帰ろう」


「そうだな」


 伯爵とリリーはそう話しながら、夜の街を駆け抜けて事務所まで戻っていったのであった。

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