第26話 声が聞こえる事件の被害者
「……そういうことで、連絡がつき次第交渉しますので、待っていてください」
「頼みますよ、彩音さん」
こうして連絡を終えた亜里沙は、外の景色をぼんやりと見ていた。そこに父である宗次郎が見舞いに訪れた。
「どうだ、亜里沙よ。具合はどうだ」
「彼らが私を治療してくれたのか、調子はいいです」
「そうか、検査が終わるまで少しの辛抱だ亜里沙」
「ええ、そうですね……」
亜里沙は件の男らの件について話が進んでいることを父に告げた。そして彼はその男たちの顔を早く見たがっていた。無事に娘を救出したその手腕を宗次郎は高く評価していたのであった。
そんな中、手狭なハーネイトの事務所では彼がソファーで寝込んでおり、それを伯爵とリリー、大和が心配していた。伯爵は昨日遅くまで事件の資料や情報を整理していたため頭を吹いたんじゃないかと大和に説明する。
「……伯爵さん、でいいか。ハーネイトの具合がよくないようだが、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、たまにこうなるんだよな」
「確か、完全なる兵器としてどうのこうのと聞いたが、病気とかとても無縁そうに見える彼でもああなるのか」
「ハーネイトはね、人として成長してきたのよ。でも自分の中の力と葛藤し続けてきたの。能力のせいで昨日まで友達だったのに、次の日から誰も口をきいてくれないってこともよくあったらしくて、自分のことを好きじゃないって感じに見えるときがあるの」
そうリリーが言った矢先、ハーネイトが目を覚まし、彼らのほうに話しかける。
「……済まない、心配を掛けさせたな」
「別に大丈夫だぜ、まあそれより、前に大和が撮った写真あっただろ?そこの神社付近で怪しいものがうろついているらしいぜ。翼が見つけたと言っていた」
「……何か被害が出ていないといいが、気になるな。っ、証拠をまとめてみたけど思っていた以上に事件背景が複雑な感じだ。一筋縄ではいかないな」
「作業を見ていたが、そんな感じだったな。俺様が代わりに見てきてやるよ。ゼノンとアストレアも別で調査しているっていうが……」
どう見てもあまり調子がよくなさそうだ、まだ顔色が良くないハーネイトを見た伯爵らは考え、自分たちだけで調査をしようと考えた。
「面目ない、明日にはよくなるようにするから」
「まあ、体が第一だからな、ゆっくりしておいてくれ」
そうして、伯爵たちを見送った後、けだるそうにソファーに横たわり、デパイサーを確認していた。
「……本当に、不思議な奴らだな。怖く、ないんだろうか。って、何か連絡が来ていたみたいだな。って彩音か、どうしたのだろう」
何やら緊急の連絡のように思えたハーネイトは、静かに彼女に連絡をする。
「ハーネイトさん、やっと出てくれましたね、どうかなさったのですか?」
「あ、ああ。少し寝ていた」
「そ、そうですか。声も少し……疲れていませんか?」
「それは、問題ない。大丈夫だ」
「だったら良いのですが」
彩音も、電話越しに伝わる彼の体調の悪さに気を尖らせていた。どこか弱弱しい、いつもの彼と違う低く、静かな声が彼女を不安にさせる。
「それで、何か伝えたいことがあるのか?」
「あの亜里沙さんから、近いうちに屋敷に来ていただきたいというお誘いが来ている話です。直接連絡したがっていましたが、手段がなかったため私が代理で話を聞いてきました」
「そ、そうか。ご苦労だった。……罠、ではない、といいのだが」
「ですが、行ってみるといいと私は思います。不安なのは分かりますが」
彩音は、亜里沙の言った彼らの望むものがもしかすると活動拠点かもしれないと考えていた。あの鬼塚大和と、あの一族が繋がっていたと分かった以上、もしかすると情報が流れているかもしれないこと、それを利用すればいいのではないかと考えていた。
「……向こうさんに、3日以内に会おうと伝えてくれ、向こうが都合のつく日時と場所を教えてほしいと伝えておいてくれ。しかし、鬼塚さんが彼女らと知り合いだったとはな、それにオカルトライター、そして元刑事。少し気を付けた方がいいな」
「確かに不思議ですよね。でも、悪い人ではないですよ。奥さんを事件で亡くして、息子である翼君を必死で守ろうと今まで動いてきましたし、これも何かの縁だと思います」
鬼塚の人脈の広さに不信感を抱きつつも、まだ不慣れなこの地でうまく立ち回るには仕方ないかと思いつつ、助けた少女と面会する旨を彩音に告げた。
「そう、だな。分かった。では、その件はよろしく頼むよ彩音」
「はい、お任せくださいな、先生」
「それと、伯爵たちが調査をしているのだが時間があればでいい、力を貸してやってほしい。今日は大事を取って休むから」
「分かりました、お体の方、大事になさってください」
「ああ、ではまたな」
そういい、ハーネイトは通信を切った。異世界の空気にまだなじめない時があり、そう言うときはこうして寝ていた彼だが、内心故郷に戻りたいという気持ちも状態に影響していた。
幾ら仕事をほかの人たちに任せられるようになっても、一大事の時に駆け付けづらいのは心配でしょうがなかったのである。
一方彩音は響に連絡をし、先に帰ることと、令嬢についての件を話した。それを聞いてからふうっと息を吐いて、響は翼に伝言を伝えた。
「……彩音は先に帰るみたいだな、仕方ない、翼、久しぶりにどこか飯に行かねえか」
「悪くねえな、男同士でしか話せないこともあっからな」
「やれやれ、少しは早めに帰って勉強した方がいいのでは?」
「なんだ時枝か、おめえこそ遅くまでいて何してんだ」
「部活帰りだよ。間城は一体どこに行ったんだ、まったく」
話し込んでいた2人に声をかけたのは、同じクラスで成績優秀の時枝真司であった。何やら間城に用があってきたようであるが、既に間城は彩音と別れ教室に戻っていた。
「彼女なら、彩音と一緒にどこか行ったぞ」
「ったく、仕方がない、明日にするか」
時枝は間城の行動について深くため息をついてから、2人にある話をしようと声をかける。
「それで、1つ聞きたいことがある」
「なんだ、かしこまってさ」
「この前の行方不明事件、なんであの場所にお前らがいたんだ」
「あ、その話か。というか俺も被害者だったんだがな」
「翼君は置いといてだ、響。昔から霊感とか、強かったほうか?」
実は彼も翼と同じく事件の被害者であった。そしてそれ以降、身の回りで違和感を感じて気になったので、あの時いた響に話を聞いたのであった。
「あ、まあな。それなりに」
「……今まで、僕も幽霊の存在なんて信じてこなかった、非科学的だからな。しかし、その考えを改めなくてはならないかもしれない」
時枝は深刻な表情で彼らにそう告げた。元から何時も澄ましてクールで、高飛車なところもあった彼だが、いつもと違う様子に2人は戸惑っていた。
「そ、そうなのか。まさか、幽霊が見えるようになったんじゃ…ねえよな」
「そのまさかだ。ただ、姿はぼんやりとしているんだ、しかしな、声がするんだ。それが、死んだ弟のでな……」
「お、弟?」
二人とも時枝とは付き合いはそれなりにあるが、彼が福岡の出身であること、そしてそこにいた際に弟を交通事故で無くしたことは知らなかったのである。
「そうだ、なぜ今になって……」
「これはハーネイトさんに相談した方がいいな」
「ああ、兄貴なら」
「2人とも一体何を話しているんだ」
時枝は彼らの少し不審な態度に怪しんで、何かあるのかと尋ねる。
「その現象について詳しい人がいるんだ、近いうちに会ってみないか?」
「どういう人なんだ」
「背が高くて、濃い緑の髪を後ろに長く伸ばした若い男の人だ」
「それって、あの時響の近くにいたあの男か……侍、なのか?」
時枝は朧気な記憶の中から、あの時響たちの近くに、見慣れない長身の男らがいたことをどうにか思い出していた。その中でも緑髪の男、つまりハーネイトについてははっきりと姿を覚えていた。
「……確かに、こうもやもやしていては勉学にも悪い影響が出るな。分かった、その件は頼む」
「ああ、任せてくれ」
そうして、彼らも帰宅することにしたのであった。
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