第24話 具現霊を持てないハーネイトと伯爵



「悪い、事務所まで案内してくれてな」


「いえいえ。しかしそろそろ手狭になってきた。拠点をどうにかしたいな」


「亜里沙さん、大丈夫かしら」


「治療はした。ただ精神的なものはあの処置では治すのが難しいからね彩音さん」


「しっかし、ずいぶん面倒なことに巻き込まれてんな、俺たち」


大和の運転する車の中で3人は話をしていた。全員疲れてはいたものの、普通に話せるくらいには頭は回っていた。


「知ってしまった以上仕方ねえだろ、翼」


「まあそうだけどさ。つい先日まで、何も知らなくて、こんな状態だなんて思ってもなかったしさ」


「しかも、私たちの村で起きた事件と関係があるかもしれないって、それが怖いわ」


 少しずつ何が起きているのか判明しつつある状況。彩音は昔の事件と何か関係があるのだろうかと考えていた。


「その事件の謎も、この街で起きていることも私が解決して見せよう。伊達に探偵をやってきたわけではない」


「俺たちがいるんだ、どんな怪異だろうとぶっ飛ばすまでだぜ」


「そうだな。確かにあの一撃、あの騎士の野郎に確実に致命傷が入っていたな。だが気になることがあるぜ兄貴」


 ハーネイトが任せろと静かに、しかし力強い語気でそう彼らに言った。そして伯爵も同じような言葉を吐く。それに翼が先ほどの戦いを見た感想を述べつつ疑問点をぶつける。


「どうした?あの戦いで気になることでも?」


「ああ。兄貴は俺たちの力とは何か違った、しかし似たようなもので戦っているんじゃないかってな」


 翼の指摘はまさにそうで、ハーネイトも一瞬驚きつつも至って冷静に話を進める。


「なかなか鋭いな。私や伯爵も霊量子の力を行使し運用できる存在だが、具現霊を持つ条件を満たしていないのだ。その代わりの切り札として、先ほどの戦形変化(フォームアウト)などがあるけどね」


「相棒は別名、箱舟って呼ばれていてな。体の中に悪魔や天使、魔人などのデータを持っているのさ」


「それは私が直接……、はあ、それでそのデータ、つまり設計図を基に創金術で生み出して利用しているわけだ。右腕だけ形が変わったのはそれによるものだ」


 響たちが会得した具現霊を用いて戦うスタイルは霊量士、現霊士のものであり、ハーネイトの腕が悪魔の腕になったり、姿形が変わったのは創金術によるものである。これらの技も、対霊特攻の力を持っておりあの死霊騎士にもしっかりダメージを与えていることから、とても強力な力であることが見て取れる。


「と、とにかく特殊な存在ってことで、いいのよね?それって、先ほどのあの恐ろしい殺気を放っていた腕って、悪魔の腕?」


「ご名答、あの腕は霊界とは違う次元にある業魔界。その中でも最強と言われた悪魔、フォレガノ・スティレン・ルクスアインという悪魔の腕なのだ」


 先ほどの戦いで見せた、悪魔の腕による一撃。それは彼の中に囚われていた魂の一つにして、最強の悪魔。そして業魔界の魔王であったフォレガノと言う悪魔の腕であった。


「フォレガノ……」


「あ、悪魔の腕だったのか、あの巨大な腕は」


「そうだ。悪魔と言っても、彼らはある実験の犠牲者なのだ」


 なぜそのような魂が封印されて、またそうして使用できるのか丁寧に説明したハーネイト。「箱舟計画」と呼ばれるその非人道的な計画の被検体でもあり、そのほかにも数々の研究成果が彼に施されていた。


 響たちはその話の内容をすべて理解することはできずとも、その過程で起きた悲劇は話を聞いた彼らの表情を重たいものに変えていった。


「そんな実験が、別の世界で行われていたとは、恐ろしい話だな」


「ひどすぎる、ひどすぎるわ」


「だから私は、彼らと向き合うことにした。そして、彼らと共鳴することで力を貸してもらえるようになった」


 旅の途中で薄々とその存在に気づいても、怖くてどこか目をそらし向き合うことができなかったと告げたハーネイト。しかしある戦いで窮地に陥り、その中で今まで運命から逃げていたこと、そして罪を反省し全ての魂と心を重ねて自身の力として行使できるようになったのであった。


 ただし、この能力も現在制限が大きくかけられている。つまり呪いをかけられ本当の力を引き出すことができない状態である。そのため、この魔本変身(ファイナライザード)よりも戦形変化(フォームアウト)を使う場合の方が多いという。


「俺も相棒も、戦うための兵器だからな。結局のところは」


「……それでも、私は人として、大切なものを守りたい。たとえ出生がどうであろうと、ね」


「そんな秘密があったなんて」


 所詮は世界のために戦う道具でしかない、それでも芽生えた人としての心。誰かを守りたいという思いは2人とも人一倍以上であり、彼らの言葉が響たちの胸を震わせていた。


「俺たち、2人の力になれるのか?あまりに桁が違い過ぎて、霞んでしまいそうだぜ」


「私はね……君たちのような、天性の才能を持つ人たちに出会えてとても心強い。それと私はまだこの世界に疎いところがある。……全ての脅威を退けるため、色々と力を貸してほしい」


 圧倒的な力の差に気押された翼は、自身らが足手まといになるかどうか心配であった。しかしそうではないと告げられ、少しでも協力して事件を解決しないとなと思い、それは具現霊のロナウも同じ意見であった。


「なぜ、ハーネイトさんはそこまで世界を守ることに執着と言いますか、固執していると言いますか……それが気になります」


「……私は元は、世界を滅ぼす存在、兵器として生み出される予定だったのだ。けれども運命のいたずら、神葬者として、そして世界を救うために本来の予定とは違う生き方を半ば強制的にさせられてきた。その中で、私は大切なことを学んだ。自分ができることを、全力でやることの大切さを。そして、守りたいものはこの世界なんだと、答えを見つけたのだ」


 淡々と話す彼は、世界の成り立ちと、バランスが乱れることによる影響について簡潔に話をした。

 

 中には信じがたい話もあったものの、車内の全員が真剣に聞き入っていた。これはこの世界だけの問題だけではない、そう考えると響と彩音は、事務所にあった2人の戦いの記録がいかに恐ろしいものであり、あらゆる世界の住民は彼らに生かされていたのではないかと思うほどであった。

 

 自分にしかできないことがあるのなら、ベストを尽くして当たれ。その言葉に誰もが自身を振り返りながらそうだなと思っていた。


「何を守りたい、のですか?」


「みんなが笑って楽しく、毎日生きていける世界、だ」


「ハーネイトさん、らしいですね」


「楽しく、毎日か。……いいなそれは」

 

 彼の願いを聞いて、全員が彼らならそう言った世界を導いていけるのかもしれないと心の中でどこか思っていた。


「さあ、今日は遅いからここでお開きだ。後日報酬を払うから少し待っていてくれ」


「俺も、力があれば……」


「大和さん、焦りは禁物ですよ。拠点さえできれば、あなたも本格的に修行に参加していただきます。もしかすると、予想より強力な具現霊の獲得が見込めると私は思っている」


「……そうですか。そうだな、彼らのために拠点、か。そういや例のホテルの話を聞きましたかい?」

 

 ハーネイトはその話は知らないといい、彼に説明を求めた。


「ホテル?」


「もしかしてあの新しいホテル?」


「なんでもオーナーとか募集しているらしいが、そこのホテルを建てた会社、分かるよな翼」


「刈谷自動車だろ?ったく、親父はどこから情報を」


「それは秘密だ、ハハハ」


 大和曰く、この春花で新たに巨大な宿泊施設ができるという。そしてオーナーを募集していたと彼に話す。そしてそれに少し興味を抱いたハーネイトは、彼が手にしていた募集の広告を一枚渡してもらったのであった。


 その後この事件については解決したということで、後日ここにまた集まるように告げ、ハーネイトは響たちに帰宅するように促した。


「じゃあ、みんな帰ろうか。ハーネイト、私が彼らを送る」


「頼みましたよ、大和さん」


「了解」


 そうして、何事もなかったかのように彼らは事務所を後にし、大和は息子を含め全員を家まで送ったのであった。


 ハーネイトはその後、事務所の机でA3サイズの紙を机に広げ、ひたすら今起きている事件や集めた証言、証拠などの相関図を作っていた。

 

 あの死霊騎士たちは、ある存在を召還、あるいは黄泉がえらせるために事件を起こしたり異界空間に迷い込んだ人達を誘拐しようとしていること。更に異界化浸蝕現象を死霊騎士や仮面の騎士たちは利用しているが起こした元凶でない可能性が考えられることなどを真夜中まで丁寧に書き続けてまとめていたのであった。

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