第23話 令嬢の正体
磔に拘束されていた亜里沙を、響と彩音は霊量武器を用いて、その拘束している部分を破壊して、翼が落ちてきた彼女を抱きしめ受け止めたあと、ハーネイトに彼女を見せ大丈夫かを確認する。
「だ、大丈夫すか兄貴?亜里沙さんの具合はどうなっているんですか」
「意識を失ってはいるが、命に別状はない。間に合ってよかったよ」
「早く手当てをお願いします先生」
「ああ、医神と呼ばれた私に治せないものはない」
するとハーネイトは少し祈ってから、医令癒風(リペアヒアラー)を発動し亜里沙の体全体を緑の涼やかな風で包み込む。すると少しの間の後、彼女は目を覚ましたのであった。
「う、うっ、……こ、ここは一体」
「目が覚めたか」
「あなたは、あの、男……まさかあなたが事件、犯人……?」
「悪いがそうではない。原因は、貴女が最後に見た、馬に乗った幽霊騎士だ」
ハーネイトの顔を見て、犯人かと疑う彼女だが、助けてくれたのだからそうではないと感じ、何があったかぼんやりとだが思い出しつつあった。
「そ、そう、だったわね。あれからのことをうまく思い出せなくて……」
「取り合えずここから出よう」
「ぅおおおお!間に合った」
ハーネイトを探しに少し工場内で迷い、異界化エリアを抜けたユミロが合流した。
彼をそのまま外に出しておくとあまりに目立つが、亜里沙たちを乗せて先に行けと命令し、ユミロを初めとした各員はそれに従う。
「ユミロ、お疲れさま。みんなを担いでここから出るの手伝ってくれるか?」
「任せろ」
「それでは、ここから撤退する。……ユミロ、先に行っていてくれ」
「り、了解」
そしてユミロが響たちに肩に乗るように言い、その指示に彼らは従う。しかしなぜハーネイトはこの場に残るのか、それが気になった響が声をかける。
「ハーネイトさん!一体何を?」
「他に情報を手に入れたい。すぐに戻る」
「りょ、了解しました」
とりあえず響たちは彼の命令に従い、ユミロたちとともに工場を後にするため走り出したのであった。
一方で死霊騎士と戦う前に伯爵に場所を教えておいたハーネイトは、その場で少し待機していた。
すると静かに伯爵とリリーが現れた。少し予定より遅れたようで、おかしい物体についての記録をしたと報告したが、敵の襲撃に会い合流が遅れた旨を話した。
「伯爵、そちらの方はどうだい?」
「あー、調べてみたんだけどなあ。光る亀裂付近から妨害しているっぽい何かが出ている感じだな。引きずり込まれるのは、恐らく何か仕掛けがあるはずや。その仕掛けが、仮面騎士たちのやり取りする方法に干渉し連絡を困難にしているかもしれへん」
「そうなると、その辺の調査を強化しないといけない」
「それの位置は記録したか?」
「ああ、どうにかな。ただ途中霊獣の群れに遭遇して少し予定が狂った」
「しつこかったわねもう、あれはうるさかった」
「2人ともお疲れさま。そしてこちらの方も片が付いた。早速騎士団の一人を倒した」
「おうおう、早えな仕事が。あとで勝ち話についてじっくり話を聞かせてくれや」
そう言いながら、俺も戦いに参加したかったといわんばかりの表情を見せる伯爵だが、すぐに表情を整えた。
「みんな待っているのでしょ?急ぎましょ」
「そうだな。それにしても、ってこれは」
「んだ?これはアミュレット……か?」
「綺麗な装飾だな。しかも霊気をしっかりと感じる。これは持っておこう」
「ねえねえ、それとこれを見て。密教邪神教会って書いてあるんだけど」
伯爵が手に取ったものは、銀色のアミュレットであった。そしてその装飾の美しさと、かすかに感じる気からもしかするとあの令嬢のものかもしれないと思い回収した。
それからさらに屋内を歩いていると、工場の床に一枚の紙が落ちていた。それをハーネイトは手に取り何が書いてあるのかを確認していた。
「これは勧誘のチラシか何かか?」
「これも持っていこう。問題はここで何が行われていたかだが、先に令嬢の治療をしないといけない」
「そうだな」
そうして彼らも廃工場から脱出し、外で待っていた響たちと合流する。
「済まない、遅くなった」
「それはいいっすけど」
「それで、何か見つかりましたか?」
「ああ、だが先にお嬢さんの治療をせねばな。さっきのは応急処置もいい所なので。伯爵、例の術を使って見てくれ」
「しゃあねえなあ、まあ見てな」
するとハーネイトは伯爵に指示を出し、彼の能力でもある菌を用いた再生術を使用してもらい、彼女の体力を回復させた。
伯爵は元々破壊及び醸して滅ぼすのが得意なのだが、ハーネイトの影響か、それともU=ONEになった影響か再生術についてもかなり高いレベルで運用することができるようになっていた。
微生物の生み出す代謝物を、細胞活性化をもたらす物質にしそれを与えることで、衰弱していた彼女の体は徐々に回復していく。
「ふう、これで体は問題ないはずだ」
「……は、っ……あなた方は一体、何者なの?それと彩音さん……貴女も」
「詳しくはあとで話します。今はここから離れた方がいいかと」
彩音がそう言った時、暗い森の中に光が走り、それと同時に車の音が近づいてきた。そして一台の大型車が彼らのもとに駆け付けた。
「おーい、お前ら!連絡受けてきたぞ」
「大和さん、来てくれたのですね」
「ああ、連絡を受けて何事かと思えば、もう事件解決か。ヒューっ!さすがだな探偵さん」
「相棒は昔から優秀だからな」
その車の持ち主は大和であった。翼が連絡を入れ、迎えに来てもらったのであったらしく、すぐに大和は令嬢を抱きかかえ後部座席に寝かせた。
「私はここに残るわ。あとでまた会いましょう。アストレアが近くで何か見つけたみたいなの」
「……気をつけろよゼノン。敵は一体だけではないのだろう?」
「ええ」
そうしてゼノンは一旦彼らと別れた。彼女を見送ってからハーネイトたちも車に乗り込む。
「さあ大和さん、街中の病院までこの子を連れて行ってくれ」
「ああ、任せておけ」
それからハーネイトたちは大和の車に乗り、助け出した令嬢こと亜里沙を街内の大病院、あのハーネイトが行方不明者を運んだ春花記念病院まで連れて行った。
幸い大和がこの令嬢の父と面識があるようで、隠密に彼女を用意してもらった病室まで運んだのであった。すると急いで駆け付けた亜里沙の父が大和たちに声をかけた。
「大和君から連絡を聞いて驚いたが、娘を無事見つけ出してくれて済まなかったな」
「それならあの男たちに礼を、っていつの間に消えたんだ」
「ああ、あの3人組の若者と少女か。何か知っているのか?」
「え、ええ。今度時間を取ってお話しますので、これで失礼いたします、宗次郎さん」
「また酒でも飲み交そうではないかね」
「ええ、その時はよろしくですね」
そうして大和は部屋から出ると病院を出て車に戻った。するとそこにハーネイトたちがおり少し呆れたものの、二人の素性が迂闊にばれるのも危ないと考え、ハーネイトの案内で事務所まで車を進めた。
響たちをどうしようかと大和は思ったが、彼らも事務所に行きたいと言ったので彼らも同行することになった。
「お、と、お父様……私は」
「おお、亜里沙、無事だったのか」
「え、ええ。私を助けてくれた、勇気ある人たちのおかげ、ですわ」
「そう、か。いや、今は亜里沙が戻ってきてくれただけでほっとしたぞ」
亜里沙の父は胸をなでおろし娘が無事に帰ってきてくれたことを喜んでいた。
「そうか、このことは組織が裏を回して情報を捜査しておる。しかしその男たち、気になる存在だな」
「以前話した、2人組の少し怪しい若い男が、私をなぜか見つけ出し私をさらった犯人を倒して救い出してくれて」
「ほう……。先ほどのか。1人はよく撮れていなかったが、写真からも、彼の力量の高さは窺えるな。恐らくかなりの修羅場を潜っておる。全く、ここに来てそのような存在を知ることになるとはなあ」
初めて彼らを見た時の写真をポケットから取り出し、父に渡すと亜里沙は何が起きたか、ゆっくりと彼に伝えた。
その写真には、素早く道を駆けるハーネイトの姿があった。隣には伯爵も映っていたが体を構成する眷属、つまり微生物の結合率を下げ見えづらくしていたため良く映っていなかった。
「はい。おぼろげな意識の中、彼は異形の存在に変身して、私が追っていた悪霊の胸を貫きました。あれは人としてはあまりにも違和感を、感じました」
「それは、なんと面妖な。しかし、こちらの敵であるというわけではなさそうだな、亜里沙」
「そうです、ね。彼らは何か困っているようなそぶりを僅かでしたが見せていました。弱みを握って、こちら側に引き込めば……」
亜里沙は少し怪しい笑みを浮かべつつ、彼らをどうにかして引き込みたいと思っていた。
「相変わらず亜里沙は怖いな、母親譲りな面は相変わらずだ」
「お父様こそ、彼らを利用しようと躍起になって、もう」
「まあ、出方次第ではあれだが、娘を助けてくれた礼もしたいのは確かだ。正体が何なのか不明なのがあれだが」
娘を助けた男たちにますます興味を示す男であったが、どうやって近づくか方法を考えるもののいまいちよい手段が出てこなかったのであった。
「それで、その者たちとは連絡はとれるのか?」
「その場にいた同じクラスの女学生と連絡をすれば、会うことはたやすいかと。響君と、彩音さん。2人にも色々聞きたいことがありますわね」
「有無、分かった。体が治ったら彼らを屋敷に招待しようではないか」
「あの力、間違いなく人間ではないわ。だけど……」
「とりあえず、しばらく体を休めるのだ亜里沙よ。明日また来るからな」
男はその後部屋を去り、亜里沙は手元にある明かりを消した。
「兄さん、私はまだまだ未熟です。だけどきっと、貴方に追いついて立派な退魔師になってみせます」
亜里沙はそう決意して、今は眠りにつくことにした。
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