第20話 さらわれた令嬢
「あの事件、あれだけ被害者がいたのになぜ騒ぎにならないのかしら。やはり、今までの怪事件と同様、裏で情報工作をしている存在がいると見ていいわ」
春花の町はずれにある他の街と街を繋ぐ大橋「三館橋」 かなり前に造られたが、今でも多くの人や物を運ぶための道として利用されている。
そこにいた一人の女性。凛々しい顔の中に幼さが垣間見える、美しい緑色の扇子を持った学生服の女子高生。時刻はすでに日が完全に落ち、辺り一面暗く、見通しもよくない状況であるにもかかわらず、彼女は一人でこの場所に立っていた。
この女子高生こそ、ハーネイトたちが響と彩音を助けた際にそれを見ていた本人である。名前を刈谷亜里沙という。が実は別の名前があるという。
「前に見た2人の男。彼らが何らかの手掛かりを掴んでいるかもしれない」
彼女がそう思い、景色を観察していた時、背後から不気味な男の声が聞こえすぐに振り返る。そこにいたのは、青い馬に乗った、存在が少しあいまいな西洋騎士風の男であった。
「何者かしら」
「貴様か、我らのことを嗅ぎまわっているのは」
「ふふふ、だったら、どうするというのかしら?」
「ほう、おもしれえな小娘。だがその口、二度と聞けないようにしてやる!」
「それはこちらの台詞よ。この化け物め!」
彼女は手にしたセンスを素早く広げ、それを仰ぎながら幾つも退魔の札を男に投げつけた。しかしそれは何の意味もなく、鎧に触れた瞬間蒸発した。
「はっ!」
「なんだその紙切れは。少し鎧が欠けたが、別に何ともないぜ、クハハハハハ!」
「なんてこと、退魔札が効果をなさないなんて。明らかに霊的な存在のはずなのにどういう事なの」
「ははは、どうやら策が尽きたみてえだな。ならばこれでしまいだぜ、霊貫嵐槍!」
「きゃあああああ!がは、うっ、くっ、な、なんて、力なの……っ」
馬上からその男は、手にした槍を突き出し強烈な霊気の風を嵐のように打ち出す。その一撃をまともに食らった彼女は、その場で崩れ倒れこんだのであった。
「気を失ったか。とりあえず兄貴たちのところに連れていくか。ソロン様のいい生贄になりそうだぜハハハハ!」
青白い光を暗闇の中で放ちながら、霊馬に乗った厳つい鎧の騎士は、その女を抱きかかえるとその場からすぐに姿を消したのであった。
しかし彼女の放った札は全く効果がないわけではなかった。そう、鎧の一部が少し剥げ、それが地面に落ちていたのであった。けれど、それに気づく人は誰もいなかった。
「ふああ、おはよう彩音」
「おはよう響。ねえ、あの話聞いた?」
「話だ?」
翌朝、2人はいつも通り登校していた。しかし街中はどこか気が張り詰めたような空気で満たされていた。そして彩音の話を聞いた響は驚きを隠せなかった。
「苅谷自動車の社長の娘が行方不明だと?」
「苅谷さん、一体どこにいるのかしら」
「おはよう、2人ともって、どうしたよ。神妙な顔をしてるが」
体育コースの翼が教室の前を通った次いでに響たちに話しかけた。翼もどうやら父である大和からその話を聞いていた。
「また行方不明事件か。仮面騎士の仕業かねえ」
「やはり、本格的に調査せねばいけないな」
「しかしよ、まだ俺たちは力を使いこなせてないぜ。足手まといになりそうだ」
どうにか俺たちだけで事件を解決しないとと思う響き、しかし翼は自身の力がまだ未熟であることから、下手に動けば敵につかまるのではないかと考えていた。
「だから、学校終わったらハーネイトさんの事務所に行くのよ」
「それと並行して、何かいい拠点ないか。はあ」
「そういや、苅谷自動車がこの街の土地を買って何かしているようだと親父から聞いたがな。ホテルを他社から買い取って改装中って話も聞いてるぜ。駅近くの立派なホテル、分かるだろ?」
響たちの話を聞いた翼は、大和から聞いた話を彼らにも教える。
「あの自動車の会社がか。それで、何をするつもりなんだろうな翼」
「よく分かんねえけどよ、でも巨大な施設を造る予定らしいぜ」
「へえ、そうなんだ。でも、あの人たちの拠点にはどうなのかな」
「そうだな彩音。地道に探すしかないぜしばらくは」
そうして放課後は部活の後、自分たちでも街中を周り少し調査をしようと彼らは考えていた。
「さあ、今日も取材終えたし、追加で調べるか」
その頃大和は、取材を終え会社に戻り、報告を済ませ帰宅の途についていた。少しでもハーネイトたちによい情報を流し、事件の早期決着を願うため彼は寝る間も惜しんで、過去にあった不審な事件について情報をまとめ、帰ってから再度目を通そうと考えていた。その矢先、彼の携帯から着信が入りそれに出た。
「って早速ハーネイトから連絡か」
「鬼塚さん、お疲れ様です。いくつか話がありますが時間はありますか?」
「今からなら別に問題ない。あのカフェで待ち合わせるとするか」
「了解しました」
そうして会社を出て、前に話をしたカフェに足を運ぶ。そしてちょうどハーネイトと店先で落ち合い、中に入り互いにコーヒーを注文する。
「どうすか、調子の方は」
「事件について、ある集団が関与していることが分かりました。今回の行方不明事件を起こした犯人から聞き出しましてね」
ハーネイトは、ゼノンとアストレアから聞いた話をまとめ彼に伝えた。
「霊のいる世界の住民、か。いまさらという話だが、ハーネイトと言い、そいつらと言い、俺の理解の範疇を超えた物ばかりがこの世界にいるとはね」
「それならば、遥か昔からそんなものですよ。気づかないだけで」
実際、彼の言うようにそう言った目に見えないが、確かにそこに在るものなど神代とでも呼ぶべき頃から普通に存在しているという。けれど大多数の人はそれに気づかず、それが災いの元凶になることも知る由がなかったという。
しかしまれに、それを感知できるものがおり、それが時代をけん引してきた人たちではないのだろうか、そう鬼塚に説明する。
ハーネイトが戦う理由を改めて聞いた鬼塚は、少しうつむいてから再度顔を見て話す。
「自身らの世界とは別の世界で、人類も、それ以外もすべてなくなる可能性があったとはな。どこか知らないところで、誰かが世界のために戦っているのか」
「私も、その1人です。そして私の旗のもとに集った人や悪魔たちもです」
「そ、そうなのか。……しかし、ずっと戦ってばかりなんだろう?辛くはないのか?」
鬼塚は彼が、ずっと戦いに身を投じてきたことについて嫌気がさしたことはないのだろうかと気になっていた。
「それは、全くないとは言えませんね。私は、元々様々な思惑と陰謀が渦巻く中で生まれたそんざいですし、生まれてすぐに親と引き離され、1人の人間としてずっと育ってきました。……戦うよりも本当は、落ち着いた生活をしたいという願いもあります。戦うより治す方が得意ですし」
「だったら、部下や仲間に全て任せればいいんじゃないのか?」
「うーん、だけど、自分から戦うことを取ってしまえば、今までの苦労は何だったのだろうかと。それと大切なものくらい、自分の手で守りたい。それがたとえ生みの親を敵に回しても、ですね」
ハーネイトは穏やかな表情と真剣なまなざしを同時に鬼塚に見せそう言いながら、自身はこの世界が好きだから全力で戦うこと、そして真の脅威に対抗できるのは自分と伯爵しかいないことも彼に告げた。
「だからこそ、やれる奴が、できることに全力で挑むしかないって」
「それが、答えなのか」
「はい。そして新たな脅威が訪れています。それを打ち倒さなければ、人の世界にまた危機が訪れるかもしれません。いや、人だけでなく、他の世界もその在り方が崩壊し消滅するでしょう。以前の戦いも、それを防ぐために戦ったものですから」
「……分かった。俺はまだ全てを知ったわけじゃないし、力がどこまで使えるか分からない。だができることは、全力で協力したい」
大和は死んだ妻のことを思い出しながら、自身も子供たちを守るため、そして平和な生活を守るために協力を惜しまないことを彼に告げた。
「しかし、戦いに身を投じることになるんですよ?」
「何を今更。知ってしまった以上、何も見て見ぬふりなんかできない」
「……それも、そうですね。まだ拠点の確保ができていないため、指導の準備ができないのですが、できたらその時はよろしくお願いします」
「その時は、よろしく頼む。もう、あんな思いしたくないからな」
そうして大和はハーネイトに握手を求め、それに彼も答えた。しかし大和の手は震えていた。恐らく昔のつらいことを思い出していたのだろう、ハーネイトはそう察し秘かに落ち着けるような優しい波動を発して大和の揺れる心を癒してあげたのであった。
「ああ、そういえば今日のニュースを聞いたか?」
「ニュース?」
「ああ、この京都には苅谷自動車という大企業がある」
席に座りなおすと、大和はある話を彼に切り出した。それは朝方響たちが話をしていたのと同じ内容であった。その企業が何をしているかをしばらく説明したのち、ついに本題に入る。
「それで、そこの社長のお嬢さんが行方不明らしい」
「それで、その人を探せと?」
「ああ。だが悪い話じゃない。そのお嬢さんを探し助けることで、うまく取り入れば何か利益も生ま
れるはずだ。各界へかなり顔が利く社長さんでね。情報収集の面でも彼に取り入るのは重要だと俺は思う。貴方たちがここに来て日が浅いと言うなら尚の事だ」
大和はハーネイトに依頼を受けるメリットを説明した。確かにこの辺りで影響力のある人ならば関係を持つのも悪くないかもしれない、そう考えた彼は少し間をおいて答えを返した。
「……そういうことか。それでは、急いで調査してみます。時間はあまり残されていなさそうですが」
「それと、その行方不明になったと思われる場所の付近で、不審な人物を目撃した人がいると。先ほど会ってきたが、よかったら話を聞いてみるのもいいかもしれない。その人には君たちのことを教えているから、話は早いはずだ。待ち合わせ場所と連絡先を教えよう」
「分かりました。では後で行ってみましょう」
その後ハーネイトは大和と店を出てから分かれ、令嬢の捜索をするために店を後にしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます